買付証明最終_10072015

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こんにちは。銀座第一法律事務所、弁護士の鷲尾です。今回は、買付証明書を不動産業者に提出してしまったが、その後に思い直して、買付けを取り止めることができるか、というご相談です。

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不動産業者から、「この物件、今すぐ買付けを出さないとすぐに売れちゃうよ」と言われ、買付証明書を提出しました。しかし、あとあと考えると不安になり、買付けを解除したいと思っています。

そのことを不動産業者に伝えると、「もう売主にも伝えちゃってるし、今更そんなこと言われても困る」と言われてしまいました。一度書類にサインをしてしまったら、解除できないのでしょうか?

買付証明書や売渡承諾書に法的な拘束力はない

不動産の売買にあたって、買付証明書の提出を要請されることは少なくありません。買付証明書に記載する事項に決まりがあるわけではありませんが、一般的には、ある物件を購入するという意思の表明、購入予定金額、有効期限などが記載されます。

また、売主側から売渡承諾書という書面が提出されることもあります。これには、物件を売却しますという意思の表明、売却予定金額、有効期限などが記載されることが一般的です。

それでは、このような買付証明書や売渡承諾書が法的にどのような効力があるかというと、判例上は、これらの文書は、不動産を買い受け、または売り渡す希望があることを表明したものにすぎず、売買の申込みまたは承諾の確定的な意思表示とは認められない、とされています。

また、不動産取引の実務上も、一般にこれらの文書は正式な契約の前段階で交わされる文書として扱われています。つまり、買付証明書や売渡承諾書には法的な拘束力はなく、したがって、撤回も可能なものと理解されているのです。

売買契約は、民法の原則からいえば、ある物を一定の金額で「売ります」「買います」という合意があれば成立するはずです(民法555条)。買付証明書と売渡承諾書が取り交わされていれば、「売りたい」「買いたい」という意思が表明されているようにも見えるのに、なぜこれらには法的な拘束力がなく、双方がそろったとしても契約の成立が認められないのでしょうか

それは、不動産のような重要な財産に関する売買契約においては、確定的・最終的な合意がされるまでは売買契約は成立しないと考えられているからです。実際の売買契約は、交渉を経たうえで行われます。売渡承諾書や買付証明書は、交渉段階において、不動産を将来売り渡し、あるいは買い受ける希望があることを表明するもので、その後に条件を詰めて正式な売買契約を取り交わすことが予定されています。

そのために、売渡承諾書や買付証明書には不動産売買についての確定的な申込みや承諾の意思表示とは認められないのです。


一定の損害賠償責任が認められる場合も

ただし、買付証明書自体には法的な拘束力が認めらないからといって、合理的な理由もなく勝手に交渉を打ち切ってもいいというわけではありません。買付証明書を出してからさらに交渉を進め、不動産を買ってもらえるという期待を相手に抱かせた後に、正当な理由もなく一方的に契約の売買契約の締結を拒んだことによって相手に損害を与えた場合には、その損害を賠償する責任が生じる場合があります。これを契約締結上の過失責任といいます。

取引を開始して契約の準備段階に入った場合には、その当事者は互いに相手方に損害を被らせないようにすべき義務があり、これに違反して損害を与えた場合には、信頼を裏切ったことによる損害(信頼利益といいます)を賠償すべきとされているのです。

こうした考え方は判決でも認められています。たとえば、東京地裁平成20年11月10日判決は、不動産の購入予定者が売主に買付証明書を交付して交渉を進めていたが、不動産市況の悪化を理由に契約の締結を拒否したというケースで、拒否に正当な理由はなく誠実に契約の成立に努める義務を免れないとして、契約締結上の過失による責任が認められています(判例時報2055号79ページ)。

もちろん、買付証明書には法的拘束力がありませんから、これを撤回すれば常に契約締結上の過失による責任が認められるというわけではありません。この裁判例のケースでも、買付証明書を交付しただけでなく、次のような事情がありました。

・約3カ月の間に7通の契約書案を交換して売買契約の成立に向けて交渉を進めたこと。
・排水管の処理や土地の引渡し時期などに関して調整がなされ、話合いがほぼまとまっていたこと。
・売主は購入希望者の求めに応じて、排水管工事を実施し、駐車場賃貸借契約を解除したこと。

裁判所はこうした事情を考慮して、売主には売買契約が確実に締結されると期待したことには合理的な理由があり、その期待は保護されるべきであるとして、購入希望者に対する損害賠償請求を認めたのです。

このように、買付証明書を出したにとどまらず、相手方に契約が締結されると期待するだけの合理的な理由がある程度にまで、契約に向けての準備行為や交渉が進められていた場合には、買付証明書を撤回するなどして契約交渉を一方的に打ち切ると損害賠償責任が生じるのです。

ただし、この場合に負うべきこととなる損害賠償義務は、契約成立後の解除による損害賠償義務と同等のものではなく、契約が締結されるはずという信頼を裏切ったことによる損害の賠償(信頼利益といいます)にとどまります。具体的には、相手方が信頼して支出した(無駄になった)費用が対象となります。

ちなみに、上記の東京地裁の裁判例では、認められる損害は信頼利益に限られるとして、売買契約書に定められた違約金7900万円の請求は認めず、売主が購入希望者の求めに応じて行った水道工事の代金等約500万円の請求を認めています。


買付証明書の安易な撤回は損

仮に契約締結上の過失による責任も認められず、買付証明書を撤回しても法的な責任は問われないようなケースであったとしても、だからといって、合理的な理由もなく安易に買付証明書を撤回することはやめるべきです。

それは、購入希望者としての信用にかかわってくるからです。不動産業者は、買付証明書を出してもらったらこれを売主に伝えて、資料を準備してもらったり、買主の希望条件を伝えてこれに沿うよう配慮してもらったり、さらには他の人への売却を待ってもらったりなど、売買契約の成立に向けた活動をしていきます。それなのに、とくに理由もなく一方的に買付証明を撤回して交渉を打ち切られると、売主に対する信頼も失いかねません。

物件を購入しようとするときには、色々な物件を吟味して購入をするかどうかを決めると思います。買付証明書を出した後に、物件の内容を精査した結果、希望の条件と合わないことが判明したり、売主との間で条件が折り合わなかったりした結果、やむを得ず売買契約の交渉を打ち切ることも当然起きます。そのような場合なら、交渉打ち切りについて売主や仲介業者も納得してくれるでしょう。

しかし、一旦買付証明書を出しておきながら、とくに合理的な理由を示すこともなく後になって安易にこれを撤回すれば、仲介に入った不動産業者の信用を失ってしまい、今後、いい物件を紹介してもらえなくなるかもしれません。買付証明を撤回するにあたっては、きちんと理由を告げて不動産業者との信頼関係を壊さないようにし、ご自分の希望に合う物件に出会えるチャンスを逃すことのないように注意してください。

結論

○買付証明を撤回できる成功率:ほぼ100%

ご相談のケースでは、単に買付証明書を出しただけということのようですから、これを撤回したとしても損害賠償など法的な責任を問われる可能性は0に近いといえます。ただし、安易な撤回は不動産業者の信用を失うので、注意が必要です。