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「マイナス金利って何だ?」多くの日本人がその言葉に戸惑いを隠せなかった。借金が棒引きになるという徳政令は歴史の教科書で習ったことがあるが、マイナス金利という言葉は我々にとってはまるで別世界の言葉だ。
すでに、欧州ではマイナス金利政策は実行されているとはいえ、それが何を意味するのか誰にも分からなかった。
1月29日、日銀は金融政策決定会合で、日銀が銀行から預かる当座預金の金利の一部をマイナスにする新たな追加金融緩和策を決めた。マーケットも新たな金融政策をどう評価すべきか分からず、いまだに株、為替、債権ともに乱高下が続いている。
誰が得をして誰が損をするのか
マイナス金利政策の発表を受けて真っ先に反応したのは、マーケットだった。とりわけ株式市場のこの日の値動きは実に興味深いものだった。
日銀の新たな経済政策の発表でとりあえず日経平均株価は急騰したものの、すぐさまマイナス金利の効果を疑問視する投資家の売りが優勢となり前日比マイナスにまで沈む。結局は大幅高で引けたものの、目が回るような激しい値動きだった。
黒田バズーカと言われた一昨年の日銀の追加金融緩和発表時と比較するとマーケットの反応は明らかに異なっていた。この時は投資家がポジティブに日銀発表を受け止めたが、今回は投資家が疑心暗鬼になっていることが読み取れる。
「誰が得をして、誰が損をするのか」投資家が考えるのはいつも同じだ。マイナス金利がプラスの影響を与える業種は買われ、マイナスの影響を与える業種は売られる。
1月29日の業種別騰落率を見ると、値上がり率のトップは不動産業。前日比9.52%の上昇。反対にこの日唯一下落したのは銀行業。前日比1.99%の下落となった。
マイナス金利政策は金利の低下をもたらす。金利の低下は不動産業にとって追い風となるはずである。不動産開発には巨額の資金を要する。より低いコストで資金調達が可能になれば、不動産業にとっては確実にメリットとなる。
住宅販売にとっても金利の低下は追い風となる。税制面でも住宅取得を促すさまざまな政策が取られている。住宅ローン減税を利用すれば、借入金の年末残高の1.0%にあたる所得税が控除される。
こうした税制上の優遇措置を利用すれば、名実ともにマイナス金利となるケースが現実にあり得る。「お金を借りる側が得をする」というのは、感覚として受け容れがたいのだが、いまやそれが現実だ。マイナス金利は不動産業に追い風となる。多くの投資家がそう考えた。
それとは反対に、マイナス金利は銀行の収益を圧迫する。銀行は日銀に当座預金口座を開設し、資金を預けている。現在200兆円をはるかに上回る巨額の資金が日銀の当座預金に積み上がっている。
日銀の当座預金には法定準備金とそれを上回る部分とに分類される。企業や個人の資金需要が旺盛であれば、銀行は法定準備金を上回る当座預金を日銀に預けることはない。融資やローンにこの資金を充当した方が、利ざやを稼ぐことができるからだ。
この有効に活用されていない資金は皮肉を込め、「ブタ積み」と呼ばれる。花札用語で「ブタ」は価値がないことを意味する。これが「ブタ積み」という言葉の由来である。日銀はこの「ブタ積み」にわざわざ0.1%の金利を付けているのだ。
景気低迷で資金需要が低迷する現在、日銀の当座預金は銀行にとって最も有望な運用先のひとつとなっていたのだ。「ブタ積み」に金利が付かない、さらに金利を支払わねばならないとなれば、銀行の収益は圧迫される。つまり投資家は、「お金を貸す側が損をする」と考えて銀行株を売ったのだ。
日銀の政策は的外れ?
なぜ、日銀は「マイナス金利」という前代未聞の金融政策の導入に踏み切ったのか。
銀行が日銀に預けている「ブタ積み」を中小企業などへの融資にまわすことで、企業の設備投資や賃金が増えて、経済の好循環と物価の上昇が達成できるという効果を見込んでいたからだ。あわせて、マーケットを円安と株高へと誘導したいという意図があったことに間違いない。
しかし、必ずしも日銀が意図した通りに物事は進んでいない。むしろマーケットは円高、株安へと反応した。では、金利の低下が設備投資の増加をもたらすのかというと、これも難しい。
2016年1月、今年も新年独特の華やかなムードのなか、企業経営者らがあいさつをかわす賀詞交歓会が相次いで開かれた。企業や団体のトップが年頭の挨拶を行い1年の景気の見通しなどについて語るのが恒例となっている。そのなかで印象的な発言があった。
トヨタ自動車<7203>の豊田章男社長の発言だ。「需要が伸びない以上、生産能力の増強を目的とした投資は難しい。研究開発への投資の方が即効性がある」日本のもの造りの象徴であるトヨタ自動車のトップが設備投資を否定したのだ。
もはや、どれほど金利を下げようとも、設備投資は増えそうに無い。日銀が描く経済の好循環は実現しそうに無い。
マイナス金利は不動産市況に追い風となる
一旦は円安、株高が進んだもののその効果は長続きしなかった。財務省は3月に発行予定だった個人や自治体を対象とした10年物の新型窓口販売国債の募集を中止し、MMFの受付は停止された。生命保険各社も一部の一時払い終身保険の販売を中止するなど、運用の現場では大きな混乱が生じている。
しかし、投資家から小口の資金を集めオフィスビルや商業施設などの物件で運用する不動産投資信託(REIT)への資金流入が加速し、活況を呈している。
他の金融商品と比較して投資妙味が大きいことが大きな要因だ。上場REITの平均的な予想分配金利回りは年3%強と言われる。投資家にとって運用対象が限られるなかにあって、REITに資金が流入しているのもうなずける。
不動産投資は長期的に安定的な収益を得ることができる。REITに対する関心の高さは不動産市況全体へも影響が及ぶだろう。折しも銀行の融資獲得競争は激しさを増しており、これまでには無い低金利での資金調達が可能だ。不動産市況に追い風が吹いていることは間違いない。
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