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東京は文京区・小石川。2016年2月、東京ドームが近い閑静な一等地に、「ル・サンク小石川後楽園」なる高級分譲マンションが誕生する予定だった。
2015年12月に竣工、つまり工事完了まで予定していたが、東京都建築確認審査会が前月の11月2日に建築許可を取り下げ。
住戸は全て完売となっていたにも関わらず、購入者は販売主(三菱地所レジデンス・野村不動産アーバンネット)側から一方的に契約解除を申し渡された。購入価格の2割の違約金は補償されたようだが……。一体、なぜこのような異例の事態が起こったのだろうか。
完成直前のマンションに住めなくなった理由とは?
事態の経緯はこうだ。まず富士銀行の社員寮の跡地を2003年10月に建築主(NIPPO・神鋼不動産)側が買い上げ、「ル・サンク小石川後楽園」の建築計画が持ち上がる。これに対し、日照権や環境の保全、建物自体の危険性などを主張する近隣住民側が反対。何年にも渡り建築確認・取り下げ合戦が続いていた。
しかし、近隣住民が指摘した建物自体の危険性が問題視され、ついに住民側が提示する建築許可の取り下げ請求が通る。地下2階に地上8階、総戸数107戸の大規模住宅は、入居開始を間近にして一転、人が住めない建物に変わってしまった。
どの部分が安全基準を満たしていないとされたのか?
近隣住民が指摘した建物自体の安全性の問題とは、どのような部分なのだろうか。「ル・サンク小石川後楽園」を建設していた土地は、岳陵(きゅうりょう)地だった。つまり、坂に面した土地のため、安全性や建築基準もその点を加味しつつ設計する必要があったのだ。
文京区では2014年3月17日、22mを超える建物は建ててはいけないという高さ制限を設ける条例を施行している。建築主側はこの高さ制限を地上1階から換算していたのだが、実際は地下2階も地上に面しているため、地下2階から換算する必要があったと判断されたのだ。
通常、建築確認の審査請求は長くても1年ほどで終わるため、建築主側は条例が施行されるまでに27mの高さで完成させ、販売しようと考えていた。
しかし、審査請求に関わる処分庁が「ル・サンク小石川後楽園」の建築図面を提出しなかったことや、住民側が高さ制限の条例が施行されるまで審査請求を長期化させたことが大きく影響した。
また、避難経路の問題も争点となった。「ル・サンク小石川後楽園」は傾斜路に沿って建っているため、坂に面する地下2階から地上2階までの4フロアは、各階が地上に面し、避難階が必要になる。避難階とは、火災などの災害時に直接地上へ出られる階のことで、脱出経路となる階段を設置する義務があるのだ。
しかし、この4フロアのうち地上1階の駐車場の出口はスロープとなっており、階段ではなかった。また、階段でなくても、車いすやハンディを持った方が安全に移動できれば問題なかったのだが、車両の出入り用に作っていたため手すりの設置もなかった。このような点も総合的な判断に影響を与えたようだ。
住民側からすると問題点は他にも複数あったそうだが、取り下げの大きなポイントはやはり建物の安全面だ。しかしこの問題を建築主側で解消するにも、完成間近まで施行が進んでは難しい。
仮に地下部分を埋め立てたり建て直したりするにしても、一旦建物自体を取り壊してからとなるため、さらに莫大な費用と時間がかかる。また、建築確認取り下げを覆す裁判を起こしたとしても、さらに数年の歳月を要するうえ、中古マンションの価値に下がってしまう。
建築主のうち神鋼不動産は、建築基準の確認作業は複数の検査機関を通じて慎重に行ってきたという認識だったようだ。それもそのはず、建築確認が取れていたからこそ完成目前まで進んだのだ。建築許可を出しておきながら、土壇場で覆す行政の判断にはとても納得できないだろう。
しかし高さ制限などの安全性に関して慎重さを欠いていたのは明らかであり、強引に計画を推し進めた結果ともいえる。対する近隣住民側は完全勝訴となったわけだが、このような請求を起こした住民の住む土地に新たに建築計画を立てる事業社や、住みたいという人たちは減ることだろう。
先を見据えた場合、文化は残るが人は残らない土地になる可能性は否めない。そして今回の件で、一番納得いかないのは購入者であることはいうまでもない。
建物を新築する際、気をつけるべき点は?
このように、建築確認が取れていても計画が破綻してしまうことが有り得る。個人が新築するアパートやマンション程度の規模であれば、ここまで事が大きくなることはないかもしれないが、注意しておくに越したことはない。
新築を依頼する業者が、建築基準法やその街の条例に詳しいことはもちろん、投資家や周りの住民に対し、真摯に対応してくれるかどうかが肝となる。信頼できる業者を見付けることが、トラブル防止策となるだろう。
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