孫正義から学ぶ_beeboys-Fotolia

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ソフトバンクグループは7月18日、イギリスの半導体コア設計会社ARMホールディングスを約240億ポンド(約3兆3000億円)で買収したと発表した。

ARM社は、半導体メーカーや電子機器メーカーに対して、自社で設計したコアのライセンスを販売し利益を上げている企業で、製品の仕様によりコアのロイヤリティが決まるシステムになっている。

そのためARM社は半導体チップの開発動向や市場動向、シェア動向等を把握できる立場にある。ARMの資料によると、スマートフォンやタブレット、ノートPC等モバイル向けのアプリケーションプロセッサにおけるシェアは85%超、音声のみの携帯電話とフィーチャーフォン向け半導体チップのシェアは95%となる。

すでにモバイル向けチップではかなりのシェアを占める上に、ライバルのインテルが開発をやめる方針ということもあり、今後さらにモバイルにおけるARMのシェアは拡大すると思われる。

しかし、一人当たりのモバイル所有台数はせいぜい2~3台。ARM社を買収した孫氏の狙いはモバイル市場ではなく、今後拡大するIoT(Internet of Things)市場だ。ARMのチップセットはすでに自動車や家電製品等にも使われており、出荷数は148億個。

2020年には500億個のデバイスがネットにつながるとの予測もある。孫氏は7月21日の基調講演において「今後20年の間に1兆個のチップを地球上にばらまく」と語っている。ライセンス1つあたりの単価が10円としても4年後には5000億、1兆個なら10兆円。回収は時間の問題という計算である。

貧しかった少年時代から夢を着実に実現する実業家へ

孫氏は在日韓国人の二男として生まれ、幼少期は差別や貧困も経験したが、高校時代に渡米し大学在学中に起業。帰国後に日本ソフトバンクを設立。一時病気のため社長職を退いたがその後復帰し90年に日本に帰化した。

その後は90年にソフトバンクの株を店頭公開。96年ヤフー株式会社設立。98年スカパーの放送開始。2000年ナスダックジャパン市場開始等、実業家として数々の実績を上げてきた。

ソフトバンクグループの2016年3月期決算によると、営業利益は前年比8.8%増となる9994億円8800万円。そのうち国内通信事業は同7.5%増の6883億8900万円。孫氏自身は毎年長者番付の上位に名を連ねる。2016年は1兆6837億円でファーストリテイリングの柳井正氏に次ぐ第二位だ。

孫氏は、20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低でも1000億円貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐという「人生50年計画」を立て、正に一歩一歩それを実現してきた。

来年還暦を迎える孫氏は事業の完成形の重要な1ピースとしてARMを買収したのであろう。そしてすでに後継者育成の「ソフトバンクアカデミア」を設立。50年計画の最終章への準備も万端である。


孫氏の投資から学ぶべきこと

ソフトバンクは国内シェア25%を占める情報通信会社としての基盤がある一方で、投資会社的な側面も持ち合わせている。その投資において孫氏の「嗅覚」が大きな要素を占めているのは言うまでもない。

2000年に行った中国の電子商取引最大手アリババへの20億円の投資は、わずか5分で決めたというから驚きだ。その理由が「(創業者)ジャックマーの目つきに動物的なにおいがした」こと。

ちなみに今回、ARMの買収もわずか2週間で決定したという。孫氏の嗅覚が遺憾なく発揮された形だ。

一方で、「決して短期的なスパンで物事を判断せず、常に10年先、20年先を見越している」というのも大きな特徴だ。

今回の買収においても、ARMの現経営体制を高く評価しており、経営のテコ入れは行わないこと、本社をイギリスに残すこと、雇用を2倍に増やすこと等を約束している。

ソフトバンクグループの事業は多角経営ではあるが、投資スタイルの根底にあるのは「選択と集中」そのものだ。基盤となるモバイル通信事業を中心に、未来のIoT時代を見据え、そこに必要なもの、あるべきもの、足りないものを補っていく。

傍目にはインスピレーションによる博打に見えても、孫氏の中ではそれが一本の道筋となって、グローバル社会を築く明確な未来図を描いている。決して短期的な利益だけを求めての投資ではないことは今までの例を見ても明らかだ。

我々も投資をする前に考えてみたい。その投資は10年先、20年先を描けるか。長いスパンで利益を生み出すシステムになっているか。直観的によいと思える投資か。そしてそれは人々の生活に役立つであろうか。

希代の投資家、孫氏の投資スタイルは、ロールモデルとして役立つに違いない。