石渡さん法人売却_dzono-Fotolia

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不動産投資で規模拡大を目指すためには欠かせない「法人設立」。今やすっかりメジャーとなり、サラリーマン投資家でも法人設立を行う人も少なくない。そんな中、今年の4月、上場企業グループに4億9200万円でM&Aのひとつである株式譲渡を行った石渡浩さん。

法人売却のきっかけから、株式譲渡を決めたその理由、物件売却との違い、法人売却の条件などを伺った。

法人売却の理由は「利益確定」と「会社の存続」

不動産投資家の石渡浩さんは、2016年3月時点で、法人名義を含めて、アパート・マンション21棟200戸、区分所有マンション35戸、一戸建て16戸、計251戸を所有し、年間家賃収入は2億円超。その後、2016年4月に46棟の物件を所有する資産保有法人の株式譲渡を行った。

「昨年から市況が良いということで、所有不動産の売却を考えていました。安いタイミングで購入して、高いタイミングで売却する……投資とはそういうものです」

売却を考えたときに、石渡さんには選択肢があった。石渡さんの所有不動産といっても、実際には石渡さんが経営する法人が所有する不動産。つまり、一口に売却といっても、「不動産現物の売却」「不動産を所有する法人の株式を売却」の選択がある

それを踏まえて、どうして現物不動産の売却ではなくて、法人株式を売却したのだろうか?

「数年前、交通事故にあいまして、その後の体調が思わしくありませんでした。この先、仕事をどう続けていくのか不安もありました。そんなときに取引先のみずほ銀行から『事業承継どうするのか?』という話があったのです。

私の場合は、事業を承継したいという身内がいません。もしも万が一のことがあったとき、相続人に連帯保証債務が残ってしまうのも困ります」

事業承継については思案中と返答したところ、みずほ銀行からM&Aを担当する部署を紹介されたそうだ。

「M&A専門の方と昨年11月にはじめてお会いしました。そして、不動産を現物で売った場合、法人の株式を売った場合の説明をしてもらいました。結局、買主の意向によるところが多いようです。そこで、現物を希望する買主、株式を購入して会社ごと取得する買主の両方を探してもらうことになりました」

12月にはほかの銀行や証券会社にも相談を行い、複数の金融機関から買主を紹介されることになった。そして、今年の1月に複数の会社から購入の意向を受けることに。その結果、以下の理由から株式譲渡を選んだそうだ。

○株式譲渡を行った理由

・会社の存続を前提に考えた
・不動産投資の利益確定として、多くの収益を得たいと考えた

「3月まで様々な買主さんとお話して考えた結果、株式譲渡を選びました。現物を買いたいという買主さんもいましたし、株式を買いたい買主さんもいました。

そうしたなかで株式譲渡を選択した理由は、先述の通り、会社の存続と利益を優先した結果です」

というのも、不動産を全て売却して資産を現金化し、負債を返して会社の清算を行った場合、会社の純資産の配当の約5割が税金となる。

その理由として、配当所得は総合課税で、累進課税となるからですいくら売却額が大きくても、半分が税金となり、手元にはさほどお金が残らない。一方、株式譲渡所得税は約2割となる。

「わかりやすい数字で例えれば、もともと資本金1000万円の会社を、1億1000万円で売ると、1億円の譲渡所得となり、約2000万円の税金で済みます。」

「皆さん方が上場株式売買されるときをイメージしていただければ、理解できると思いますが、株式譲渡所得分は分離課税でほかの収入と通算されることはありません。

サラリーマンであれば給与収入が高くても低くても税率は同じということです。私が不動産現物の買主ではなく株式の買主を選択したのは、経済的な理由でどっちがより手元に現金が残るのか考えた結果でもあります」

つまり、全不動産を売却して会社を清算することに比べて、株式譲渡をしたほうが手元にお金が残りやすいということだ。

「私は株式譲渡を選択した結果、多くの利益を残すことができました。また、法人売却の理由のもうひとつ、『会社の存続』というのは、従業員の雇用、取引先の金融機関、管理会社やリフォーム業者など諸々の契約関係にある外注先について考えたからです」

長らく神奈川県に住んで、地元で不動産賃貸業というビジネスを行ってきた石渡さん。健康上の理由があるとはいえ、自分の都合だけで会社を畳んでしまうのは、従業員に対する責任はもちろん、各取引先に迷惑がかかると考えたのだとか。

そもそも会社は継続することが前提

株主の観点でいえば、高い配当や株式譲渡で利益を出すことが重要となるが、会社という観点から見れば、会社の事業は継続する前提がある。

「たとえ私が辞めても、亡くなっても、会社は継続していく……だからこそ、銀行も融資をしてくれるわけです。

私自身、今後も神奈川の地で生活していきますし、他の事業をする可能性もあります。そうなると、売っておしまいではなく、『会社を存続させて取引先を大事にしていきたい』という思いがありました」

地元で商売する人間として長期的に考えた場合、無責任なことはできない……そこで、会社の存続を考えたときに、優秀な後任の社長を選んで、経営をバトンタッチする必要がある

株式をどこに売るのかという問題は、「利益」だけでなく、会社の経営を誰に引き継ぐのかという側面もあるのだ。

「複数の会社が買主として名乗りを上げましたが、どこに売ろうか決める際には、その点をよく考えました。『会社の経営者交代』とはいえ、それが自分自身にかえってくるものと考えます。

次のステージとして、経営陣が変わった会社と私との間で、取引関係が生まれる可能性もあります。こうして、長い目で経営を見た場合は、株式譲渡が自分のためになると思いました。これが、不動産を現物で売ってしまえば、そういった取引はできません」

株式譲渡に関しては、銀行にまかせていたという石渡さん。大手メガバンクの仲介ということで、買主もみずほ銀行と深い取引があり、しかも過去にもその銀行の紹介で企業買収経験もあり、その点は安心できる買い先だった。

「譲渡の条件以外にも、その会社のビジネスモデルに対して共感できたのも理由です。M&Aにはいくつかのやり方がありますが、買主が経営している会社とグループ化して、グループ全体でもっと利益を上げて行こうという姿勢がありました。

いってみれば、1プラス1は2だけじゃなくて、2以上の価値を生み出すということです」

買主の会社からは、シナジー効果が見いだせる事業計画が提示されたそうだ。

「買主さんによっては、従業員は全員辞めてもらう、もしくは関連会社に転籍してもらうといった形で、今までの雇用契約を引き継ぐとは限りません。融資も全て借り換えるといった買主もいました。

むしろ、そういった買主の方が売買価格も高かったのですが、それは事業の承継とはいえないと感じたのです。金額が多少低くても、この会社を選んだのは既存の取引を維持するという約束だったからです」

というのも、買主にとっても、石渡さんの会社をそのまま維持することに意味があった。これまで東京にしか事業所がなく取引先の金融機関も東京が多く、長期の融資を受けて事業展開している会社ではなかった。

また、不動産賃貸業専門の従業員もいなかった。そのため、買主の会社にとっても、石渡さんの会社のシステムごと引き継ぐことにメリットがあったのだという。

「私は個人投資の延長で会社経営をしており、経営に関しては素人です。自分の法人を立ち上げるまで人の雇用の経験はなく、自分自身も雇われた経験もないのです。新社長は事業買収を手掛けてきた有能な人物です。従業員にとってもプロの経営者の下にいるほうがいいのではないかと思いました

こうして様々な角度から検討を重ね株式譲渡を決めたという。

売却秘話、M&Aは順調に行われたのか?

基本的にM&Aには仲介会社やアドバイザリー会社が入るもの。今回のケースでは、みずほ銀行が石渡さん側に立ち、買主探しから契約・譲渡譲渡までの全てを取り仕切った。

「買主は上場会社の子会社で買収に慣れていますし、大手銀行がアドバイザーに入っていることから、銀行と買主のペースにおまかせしていました。不動産取引でもしっかりした仲介業者が入れば、信頼しておまかせできます。

私にとって株式譲渡ははじめてでしたが、私の方では用心しないで、いわれるままにやっていた結果として、買主・売主の間で打合せが不十分なところがありました」

そのひとつに引き継ぎの問題がある。M&Aの契約は4月11日に行われ、28日が株式譲渡日となった。買主の選定や株式譲渡契約締結の手続きまでは順調に進んだが、ギリギリになって想定外のことも起こった。

「引き継ぎ業務については契約時まで特段の打ち合わせがなく、契約締結後株式譲渡する直前に、『5月中は引き継ぎのため仕事して欲しい』と後任社長から要請されて、報酬額を決めないままに業務を受託してしまいました。

株式譲渡契約書には、その点は盛り込まれていません。4月29日から5月31日まで働いたのですが、これは後からトラブルになりかねません。そこは反省点です」

商法上、金額決めないで相手の依頼があって仕事を受けた場合は正当な報酬がもらえるとされているが、報酬額の取り決めのない中、なし崩し的に仕事を行ったため、これからその金額を協議しなくてはいけない。アドバイザーの銀行も株式譲渡後のことについては関与しない。

トラブルではないものの株式譲渡の契約を結んだあとに、契約にない事態が発生したのは想定外でした。不動産取引では生じえないM&Aならではの問題だと思いました」

不動産投資家へ向けて……株式譲渡のアドバイス

見事、M&Aで利益を確定して巨万の富を得た石渡さんに、読者へのアドバイスをお伺いした。

「2000年のITバブルのころは法人を上場させることが流行っていましたが、この10年は会社をつくって売却して利益を得るというやり方が流行っています

上場を目指すのではなく、上場する前に売却するのです。不動産業界では現物の方が売りやすいため、浸透していないのですが、今回のような株式譲渡はビジネスの世界ではスタンダードです」

不動産賃貸業界でいえば、現物不動産の売買取引が一般的でM&Aは一般的ではないが、今後こういったケースも増えていくのではないかという。

「不動産を購入した後について、先々は資産保有会社を子供に継がせようと考えている人も、物件そのものを売却しようと思っている人もいるでしょう。それと同じで、法人なら株式譲渡という選択肢もあるということです。

事業承継というのは意外に難しく、自分が子供に継がせたくても、子供に継ぐ気があるのかも問題です。はっきりしない場合には、法人売却も視野にいれておいてもいいのではないでしょうか」

ただし、最近増えているような1物件1法人のような資産保有法人では、M&Aのメリットがないという。というのも、一般的に法人売却よりは不動産の売買の方が行いやすい。買主から見れば登録免許税・取得税がかからないメリットがあるが、それ以上に手続きが大変でリスクを抱えるという側面もあるのだ。

「売主からすれば、税率の面から見ても株を売った方が、メリットがあります。

しかし、買主からすると、不動産購入であれば不動産だけを調査すればいいところを、株式譲渡となると不動産以外に買収監査(デューデリジェンス)といって企業価値の算定やリスクの分析など、買収先企業についての細かな分析や調査を行わなくてはいけません」

リスクには決算書にはない簿外債務や、法人がかつて売却した物件に対して瑕疵担保責任を追求される恐れもある。また、M&Aに際して仲介業者や専門業者に業務を委託すると、不動産の仲介手数料同様に手数料が発生する。

「もし、数千万円の不動産を所有する法人であれば、特殊な事情がない限り、買主は株ではなくて現物を望むでしょう。そこまでしても購入したい法人となると、法人売却を行う目安は、総資産で5億円以上ではないでしょうか。

私のケースでは、みずほ銀行がアドバイザリー業務を行いましたが、この手数料も必要です。やはり、5億規模の法人を購入できる買主となれば、限られてきます。買い先を見つけられるのか、という観点は重要です」

最後に、売却しやすい不動産保有法人とは、どんな条件を満たすべきなのか伺った。

「買主にとって法人で買うメリットは、売主ほど多くありません。買主から見て『この会社を買うことに意味がある』と思ってもらわないといけないのです。そのため、売りやすい会社にするというのが重要だと思います。

小さな会社をいくつも所有していたら合併して、資産規模を増やしていきます。また、社長がいないとその経営が成り立たないといった、社長との関連性が強い会社は、株式譲渡の対象になじまないので、その体質を変える必要があります」

では、社長と会社の関連性を薄くするには具体的に何をしたらよいのだろうか。

「私の場合は徐々に融資の経営者保証を外していきました。また当然ながら、買主が購入してすぐに利益が上がるような体質をつくっていくべきでしょう。

不動産だけではなく会社の仕組みをまとめて買いたいという株式買主候補の意向に沿うためには、従業員を雇うなどして自分がいなくても、運営に関わらなくても円滑に事業が進むのがひとつの条件です。もっとも、従業員はいらないという買主もいますが。

また、買主は極力シンプルな会社であることを望みます。資産は不動産と現預金だけというような会社は取引しやすいですね。賃貸事業以外の別な事業をやっている会社を好まない買主もいます」

不動産投資を行っていく上で、「その先」を考えるのは重要なこと。出口の選択肢としてのM&A(株式譲渡)の可能性を切り開いた石渡さん、今後は自らの不動産投資ではなく投資家のサポートを行っていく展開という。

「大金を得て安心はしたけれど、それ以上の満足や幸せはお金では得られませんでした。今後は満足や幸せを感じる人生を模索していきたいと考えています。また、これまでは自分の投資が優先でしたが、不動産投資家の方々への手伝いを積極的にして賃貸経営を支援する仕事を行いたいと考えています」

とのことで、新たなるステージでの活躍を期待したい。

不動産投資家 石渡浩さんのプロフィール

ishiwatari_pf神奈川県生まれ。2007年慶應義塾大学大学院経済学研究科修了。在学中の2005年12月から不動産投資をスタートし、大学院修了後は不動産投資会社を設立して賃貸業に専念する。

2016年3月時点で、法人名義を含めて、アパート・マンション21棟200戸、区分所有マンション35戸、一戸建て16戸、計251戸を所有し、年間家賃収入は2億円超。

その後、2016年4月に資産保有法人の株式譲渡を行う。現在は、アパート・マンション・戸建などの収益物件を約50戸所有。今後は、不動産投資家の賃貸経営を支援する仕事をやっていきたいと考えている。

◎公式ブログ http://blog.fudosan-toshi.org

◎著書『たった4年! 学生大家から純資産6億円を築いた私の投資法―借りて増やす技術―』(ソフトバンククリエイティブ)