加藤隆さん10月_beeboys-Fotolia

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サラリーマン大家「加藤隆」と申します。宜しく御願い致します。

現在は、東京・博多・札幌・名古屋・京都・小樽と全国展開で、区分所有マンション・1棟物アパート・1棟物マンション・戸建てと、100戸運営しています。

資産6億円-負債4億円=自己資本2億円、家賃年収は4000万円-ローン返済3000万円=手残り1000万円です。

このコラムでは、サラリーマンとして働きながら規模を拡大してきたコツや、投資対象となるエリアの見極め方など、30年という長い投資歴から得たノウハウをお伝えしていきます。

今回は、不動産投資を始めた経緯や、バブル時代をどう乗り越えたかについてです。

小学生で切手を転売して売却益を獲得!?

私は、1958年生まれの58歳。昔『花の中三トリオ』(はや熟年となってしまいましたが)と呼ばれていた桜田淳子さん・森昌子さん・山口百恵さんと同い年です。因みに、「東京タワー」、「チキンラーメン」も同い年です。

保育園の頃から、切手・葉書・紙幣・コイン等収集癖が出始め、小学生の頃は、学校内で一大ブローカーシンジケートを形成。小学校内で、売買・仲介をして儲けたものですが、やり過ぎて先生から切手売買禁止令が下されました。

今でも細々と続けていますが、特に、貴金属(金・白金・銀)の記念コイン・地金型コイン・バー、定額購入をしております。

1982年にサラリーマンになりましたが、早くも新人のうちから、24時間365日勤務といったサラリーマン生活に疑問を抱き始めました。しかし、勤め先の給料のみが収入であり、言いたいことも言えない状況です。(それでも私は言っていた方だと思います)

特に、1990年平成バブル崩壊後は、不景気に転換し、年功序列・終身雇用も崩壊。減給・リストラ・倒産母さんは当たり前。給料・賞与・退職金・企業年金もあてにはならない時代になりました。

国も財政破綻し、年金もあてにはならなくなりました。勤め先も国もあてにはならない以上、自分でなんとかするしかありません。

最初は、資格を取ればなんとかなるのではと勘違いし、色々な資格を取ってきたものです。しかし、ある程度は役には立つけど、所詮は、「足の裏に付いた御飯粒」。「取っても食えない」です。


いよいよ不動産投資に進出! きっかけは?

そこで、資産運用に目を向けることとしました。まずは、種銭作り。2年間で社内預金200万円を貯めました。それを種銭にして、株に進出。平成バブルの時で、4倍の800万円になりました。その後、少しずつ売却しては、頭金にして、不動産投資に進出し始めました。1986年、28歳の時です。

昔は、不動産経営と言っても、先祖代々の地主が片手間にやるもので、サラリーマンが区分所有マンション(ワンルームマンション・リースマンション)を購入して、賃貸に出すというシステムが出始めたばかりの頃です。

その頃の物件は、15平方メートル程度で、3点ユニット式(バス・トイレ・洗面所一体型)です。今でこそ、贅沢になって25平方メートル程度、バス・トイレ別等となっていますが、当時は、大家さんの家の一部屋に間借り、トイレ・洗面所共同、風呂は銭湯というのが当たり前の時代です。

当時のワンルームマンションは、ホテル風味で、画期的なものだったのです。

景気が右肩上がりで良かったせいもあり、調達金利も高く、年6%程度です。従って、家賃だけでローンを返すことはできず、持ち出しとなります。

借入金が減る分貯金だと思ってやり、将来ローンが終わった暁には、家賃がほとんど手残りになり、年金替わりになるといった発想です。保険機能、節税機能もあり、更には家賃も物件価格も上がっていました。

バブルで新宿の1Rマンションが1億円!?

最初の物件は、池袋駅近辺の女性専用・楽器対応の新築ワンルームマンションです。まだ、平成バブルの兆しもなく価格は1210万円でした。そのあとは、新築から築浅、中古に、東京から地方にと、徐々に投資対象を拡大し、リスク分散を図っていきました。

しかし、家賃よりもローン返済が多くなり、持ち出しが1万円、3万円、4万円、8万円と上昇し、さすがに資金繰りが苦しくなってきました。また販売されている物件価格が、1200万円から2000万円、2500万円と値上がりし、異常と感じられる為、私はここで物件購入を一旦止めました。

その後も、世間では、持ち出しは10万円、15万円、物件価格は、3000万円、4000万円、5000万円と上がっていきました。新宿のワンルームマンションが1億円になったほどです。

私が保有していた物件にも4000万円等と、買取希望はたくさん来ましたが、売却はしませんでした。そもそも、節税機能・保険機能をも活用しながらの、長期の資産形成・年金替わり等が目的で、短期の転売益狙いではなかったからです。


遂にバブル崩壊……債務超過で融資受けは不可能に

しかし、1990年、不動産融資禁止令が出てバブル崩壊!! ワンルームマンションは、一気に1000万円程度に大暴落しました。転売目的等の不動産会社の多くは、倒産母さん・自己破産等で消えていきました。

私はと言えば、資金繰りが何とかなるレベルで抑えていましたので、首の皮1枚で生き延びれたといったところでした。しかし、債務超過で暫くの間は、融資受け不可能となってしまいました。

1990年バブル崩壊し、1992年になってやっと、比較的高金利ではありますが、ノンバンクから融資が受けられるようになりました。その後、1994年外資系金融機関・都市銀行、2010年地方銀行から融資を受けられるようになったのです。

平成バブル崩壊後は、家賃はさほど下がらない割には、物件価格は大暴落しましたので、利回りが良くなりました。任意売却(任売)物件・競売物件等も溢れ、バーゲンセールです。

また、調達金利も下がっていきました。家賃でローンが返せるような時代になっていきました。キャピタルゲイン(値上がり益)狙いから、インカムゲイン(家賃)狙いへの転換です。この頃、不動産経営を始めた方々は、最も恵まれていたことと思います。

私は、ノンバンク、カード会社からの融資を活用して年利5~7%程度で資金を調達、もしくは現金購入で札幌・東京の区分所有マンションを購入していきました。年利5~7%程度での資金調達でも利回りが20~25%で回れば、イールドギャップを取れるので活用をしていました。

そして、その後、博多・名古屋で、土地を購入、一棟物アパートを新築しました。サラリーマンでも、土地を購入、1棟物アパートを新築するというシステムが出始めたのです。

更に、2012年末アベノミクスになってからは、中古で、名古屋・永福町で一棟物アパート、京都で1棟物マンション、小樽で戸建てを購入していきました。

30年間100戸にわたって、バブル崩壊、耐震偽装事件、孤独死・首吊り自殺・練炭自殺、融資ドタキャン・違約金・仲介手数料トラブル等、様々な失敗も(たまには成功も)経験してきた私ですが、今後、皆さまにとって、多少なりとも、御役に立てれば、幸甚です。

宜しく御願い致します。