自殺した部屋_polkadot-Fotolia

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こんにちは。銀座第一法律事務所弁護士、鷲尾です。

今回は、所有物件で入居者が自殺してしまった場合に、原状回復費用や物件価値が下がることについての補償を請求できるか、また隣の入居者からの賠償金請求に応じる義務があるか、というご質問です。

所有物件で入居者が自殺してしまいました。ご家族のことを思うと心は痛むのですが、何をいくらまで請求できるかが知りたいです。

原状回復費用は全額請求できるのでしょうか? また、物件価値が下がる(家賃収入や売買価格を下げなければいけないので)ことについて、どの程度請求できるものでしょうか?

また、その部屋の隣の入居者から、「今まで気持ちよく暮らしていたのに怖い。怯えて暮らすことに賠償金を支払ってほしい」と無茶なことを言われています。これに対応する義務はあるのでしょうか?

入居者が死亡しても賃貸借契約は当然には終了しない

ここでは、入居者=賃借人として話を進めます。

ご相談にお答えする前に一つご注意いただきたいことがあります。それは、賃借人が死亡しても賃貸借契約は当然に終了するわけではなく、借主の地位は相続人に引き継がれるということです。

ですから、賃借人が亡くなった後で新たな賃借人を募集するためには、その前に相続人と交渉して契約関係を解消しなければなりません。また、契約期間が続いている間は賃料が発生しますので、その清算についても相続人と交渉することになります。

自殺があった物件の価値は下がる

室内で入居者が自殺した物件ということになると、通常、その部屋を借りることは避けたいものです。

その結果、少なくとも自殺の直後はその部屋を新たに貸すことは相当困難で、貸すことができたとしても通常の賃料ではなく賃料を減額するなどの対応を迫られることが多いはずです。

裁判例でも、貸室内で入居者の自殺といった事故があった場合、通常の人であればその物件の使用について心理的な嫌悪感や忌避感を抱くことから、その物件については、一定の期間、新たに賃貸することができず、できたとしても通常の賃料額よりもかなり減額して賃貸せざるを得ないという事情は一般的に認められています。

損害賠償の請求は一定の範囲で可能

債務不履行により損害賠償を請求するためには、賃貸人に損害を発生させたことについて、入居者に義務違反があることが前提となります。

この点については、賃借人には、物件の価値を減少させないようにすべき善管注意義務(「善良な管理者の注意義務」の略で、賃借人としての役割から考えて通常期待される注意義務のこと)があり、自殺によって物件に心理的な嫌悪感を与えてその価値を損なうことはこの義務に違反するため、債務不履行にあたると考えられています

したがって、賃貸人は自殺事故によって生じた損害の賠償を請求することができます。入居者本人は亡くなってしまっていますから、請求の相手方は連帯保証人や入居者の相続人ということになります。

では、賠償を請求できる損害とはどのようなものかというと、自殺があったことによってその物件を一定期間貸すことができなくなったことによる損害や、貸し出すにあたって賃料を減額せざるを得なかったことによる損失などです。

また、賃貸人が費用負担して行った現場供養の費用約5万円の損害賠償請求が認められた裁判例もあります。

もっとも、自殺による心理的嫌悪感は、時間が経過することによって薄れていくものですし、また、新たな入居者が一定期間入居した後であればそうした嫌悪感は相当程度に薄れると考えられます。

また、その自殺事故に対する社会的関心の程度、自殺の態様、その物件が都市部にあるか近所付き合いの濃厚な場所にあるかなどによっても左右されると考えられます。

そのため請求できる損害の範囲については一概に言えませんが、裁判例では、概ね3年前後の賃料減収分(その減収分も1年間は賃料全額、その後の2年間は賃料の半額とするものなどがあります)の損害賠償請求が認められています。


売買価格の減少分の賠償請求は困難

建物内で自殺事故があった物件は事故物件などと呼ばれ、物件の価格は下がります。

裁判例でも売買価格が下がることは認められていますが、その程度については、10%から20%程度の減価が認められることが多いようです。

もっとも、売買価値の減少分については、物件の売主と過去に自殺があったことを知らずに購入した買主との間で瑕疵担保責任の問題として争われることが多く、賃貸人が賃借人の相続人に対して物件の売買価値の減少分まで請求するケースは少ないようです。

評価額がどの程度下がるかは実際に売買するまでは分からず、年月の経過により自殺による価値減少分も解消される可能性もあることや、自殺による善管注意義務違反が認められるとはいっても、物件価値自体の損害についてまで相続人らにその賠償義務まで求めることは酷にすぎるという配慮も働くのでしょう。

原状回復費用の請求も認められる

建物の通常の使用方法に伴って生じる自然損耗による室内の傷みなどについては、特約等のない限り原状回復請求は認められません。

しかし、自殺によって壊れたり汚れたりした部分の修繕費用(原状回復費用)の請求は可能です。

また、クリーニング等によって一見した程度では分からない自殺による汚損等についても、自殺と直接関係する部分については、一見して分からないということだけで心理的な嫌悪感を拭い去ることはできません。

そこで、自殺により壊れたり汚れたりした部分の補修費やクリーニング費用だけでなく、自殺に関係する設備の取り換え費用などについても、原状回復費用の請求ができる場合があります。

裁判例でも、浴槽内で自殺したという事案で、賃借人側の、浴槽は洗浄したから損害はないという主張をしりぞけて、洗浄によっては社会的嫌悪感をぬぐうことは困難としてユニットバスの交換費用の請求が認められたものがあります。

これに対して、自殺が行われた浴室以外の部屋に係る補修費用やエアコンの交換に係る費用は自殺事故とは無関係で、クロスの貼替費用などは通常損耗によるものと考えられるから損害と認めることはできないとして、これらの補修費等については請求を認めなかった裁判例もあります。

このように、原状回復請求は可能ですが、その範囲は自殺の態様等によりケースバイケースといえます。

隣の部屋の入居者からの損害賠償には応じる必要はない

ご相談のケースでは、自殺事故が起きた部屋の隣の入居者から、怯えて暮らさなければならないとしてオーナーが損害賠償の請求を受けてしまっているようです。

たしかに隣の部屋で自殺事故が起きたとなれば、隣室の入居者にも心理的な負担が生じるであろうことは理解できます。

しかし賃貸人には、入居者が自殺をしないよう管理するまでの義務はありませんし、現実問題として、賃貸借契約の当事者という関係にすぎない賃貸人がそのような管理を行うことは不可能です。

自殺事故による負担に加えて隣室の入居者からも損害賠償の請求を受けてしまい、オーナーにとっては災難というほかありませんが、もちろん、そうした請求に応じる義務はありません。

統計によれば、日本は高所得者の中では自殺の発生件数の多い国だそうです。つまり、所有する物件で自殺事故が発生する可能性は否定できないということです。

いまでは、自殺など死亡事故が発生したことによる空室期間や家賃減額分を一定期間保証するような保険商品もあるようですので、そうした保険への加入も検討されるとよいかもしれません。

結論

・原状回復費用の請求……自殺によって壊れたり汚れたりした部分の原状回復費用の請求は可能

・物件価値が下がる分の請求……評価額がどの程度下がるかは実際に売買するまでは分からないことから困難

・隣の入居者からの損害賠償請求……支払う必要なし