猫ブームが止まらない。国内の飼育数は1000万匹に迫り、右肩下がりが続く犬を追い越しそうな勢いで、「ネコノミクス」と称される経済効果は2兆円を超えるという試算もある。賃貸市場では「猫とともに暮らしたい」というニーズの高まりを受け、「猫専用」を標榜する物件が増えてきた。全国的に空室率が上昇傾向にある中で、差別化による家賃アップで利回り向上を実現するオーナーも。一方で、十分な知識がないまま表面的なリフォームをした結果、「猫リテラシー」の高い飼い主に敬遠され、逆に状況を悪化させるケースも出てきた。

巨大な猫小屋で暮らす

「さすがにここまで反響があるとは予想していませんでした」

今月、東京・葛飾区の江戸川沿いに完成した猫専用アパート「Maison Neko」。オーナーの男性(50)は「自分は猫を飼ったことがないので…」と笑った。JR常磐線金町駅から徒歩15分という立地で、家賃も周辺相場に比べて2割ほど高い。それでも先日開かれた内覧会には約70人が参加するなど、注目度の高さをうかがわせた。

真っ白な外壁が印象的な「Maison Neko」

物件は杉並区で人気の猫専用アパート「Gatos Apartment」を運営する木津イチロウさん(46)が監修した。最大の特徴は、2棟全7室が「3階建て」であること。10平米ほどのスペースが1階から3階まで並び、3階のロフト部分も含めると「4層メゾネット構造」だ。「猫は三次元の動物なので、上下左右に動き回れることは大事なポイントです」と木津さん。建物全体が大きな「キャットタワー」の役割を果たす構造で、「巨大な猫小屋に人間がお邪魔するようなイメージ」という。

2階にキッチンとトイレ、3階に寝室とバスルームという構造

3階のロフトから。外を眺めるのが好きな猫のために開放的な出窓が多い

各部屋の入り口には、猫が外の空気を味わえるよう専用のテラスを用意。脱出を防ぐ高さ2メートルの塀は入居者のプライバシー対策も兼ね、駅との距離を考えて自転車も置ける仕様になっている。人間と猫双方のプライベート空間を確保していることも特徴で、3階のロフトは可動式の梯子を外せば猫は上ってくることができず、逆に猫の「エスケープゾーン」として、キャットウォークは人間の手が届かないところにも設置。木津さんは「人間も猫も24時間べったりではなくて、ほっといてほしいときはある。お互いに距離を置ける工夫も必要です」と語る。

洗面所内には猫トイレを2個置ける広いスペースを確保し、猫砂を隣の人間用トイレにそのまま流すことができる。洗面所のドアには猫1匹が通り抜けられる「猫扉」が設置してあり、猫は自分で勝手に入って用を足すため、人間が扉を開けてあげる必要もない。「猫は夜行性ですが、これなら夜中に起こされる心配がなくなる。開閉式なので、朝までにおいを閉じ込めておくこともできます」(木津さん)

奥の専用テラスには脱出防止対策として高さ2メートルの塀が設置されている

3階の窓辺に設置されたキャットウォークは猫の「安息の地」

差別化にコストをかける

オーナーの男性が土地を取得したのは昨年1月。「いい場所だなと思って購入したんですが、駅から歩いてみたら思ったより遠いし、家賃相場も高くはないエリア。収益性を考えると『何か差別化しないといけない』と危機感を覚えました」。希少性の高い猫専用のペット可物件に狙いを定め、楽待新聞のコラムで存在を知った木津さんに相談した。

木津さんのアドバイスで、テラスの設置や猫用トイレのスペース確保、猫扉、キャットウォークなど、「猫仕様」にするための設計変更・追加工事に約500万円を費やした。家賃は7万9000円~8万4000円と相場の2割ほど高めに設定し、利回りは約8%。「立地を考えればかなり優秀な数字。反響の大きさを見ると、お金をかけて猫仕様にするだけの価値はあったと思います」

波及効果が続く「ネコノミクス」

一般社団法人ペットフード協会の調査では、2016年の猫の飼育数は984万7000匹に上り、減少傾向にある犬の987万8000匹を数年後には上回りそうな勢いだ。関連市場も拡大を続け、関西大の宮本勝浩名誉教授は「ネコノミクス」の経済効果について、2015年の1年間で餌代や病院費、関連グッズの売上などを含め総額約2兆3162億円と試算した。

しかし、ペット関連通販「ペットビジョン」の調査によると、賃貸物件で飼われている猫はわずか14%にすぎない。ペット飼育の阻害要因として、4割近くが「集合住宅に住んでいて禁止されているから」と回答しており、猫好きな人たちが「飼いたくても飼えない」という現状がある。

猫専用アパートが誕生するまで

木津さんが2011年にGatos Apartmentをオープンしたのも、猫の住まい探しに苦労した自らの経験が基になっている。かつて夫婦で高井戸の2階建てテラスハウスに住み、引っ越し直後から遊びに来ていた野良猫に餌を与えていた木津さん。ある日、その野良猫が目の見えていない子猫を連れてきたため一時的に保護したところ、親猫が3匹の子猫を産み、計5匹の猫をかくまうことになった。

ペット不可物件だったため「これでは大家さんや近隣の人たちに迷惑がかかる」と引っ越しを決意したが、「実際に探してみると、人間と猫が快適に暮らせる物件はなく、『ペット可』というのは『犬可』だという事実に気づきました」。そこで「住むところがないなら自分たちで建てよう」と一念発起。1年半ほど土地探しを続けた末、偶然にも自宅の隣でぴったりの場所を見つけ、すぐに購入を決めた。

「自分たちと同じように困っている人もいるはず」と、賃貸併用住宅として1階の1LDKを2部屋貸し出して家賃収入をローンの返済に充てることにした。「人間と猫が快適に暮らせるよう、収益性は度外視してお金をかけた」といい、収支はほぼプラスマイナスゼロだが、「家族や猫たちとマイホームにタダで住めているのでありがたい話」。家賃は周辺相場より3、4割程度高めに設定しているが、オープンから約5年半にわたって満室続きで、現在も20人待ちの人気物件になっている。

2011年に誕生した猫専用アパート「Gatos Apartment」

この物件を手掛けて以降、全国のオーナーから猫専用賃貸に関する相談を受けるようになった木津さん。初めて監修したのが、横浜市営地下鉄ブルーライン・吉野町駅から徒歩3分に位置する「Seilan Apartment」だ。

理想の暮らしを求めて

「猫たちも過ごしやすそうにしているし、ずっとここに住み続けたいなと思っています」

昨年6月からこのアパートで猫3匹と暮らすTさんは、物心ついた時から筋金入りの猫好きで、「小さい頃は自分でたくさん野良猫を拾ってきて、家族が大変だったみたいです」。これまでに飼った猫は10匹以上に上り、現在は4カ所の猫カフェで店長を務めている。当然、猫と暮らす住まい選びにはシビアになる。

以前は都内のペット可物件に住んでいたが、約16平米で猫と暮らすには狭く、設備面でも不便さを感じていた。そこで猫専用の物件を探したが、ほとんどの物件で「猫1匹まで」という制限に阻まれて断念。多頭飼いできる物件を探してSeilan Apartmentにたどり着き、入居待ちの末、念願の住まいを手に入れた。

約34平米の1DKロフト付きで、家賃は前の物件と同じ9万8000円(管理費込み)。室内にはロフトに直接移動できるキャットウォークがあり、入居特典としてオーナーからプレゼントされたキャットタワーも猫たちに人気だ。

クリップボード

愛猫たちと遊ぶTさん。ロフトやキャットウォークなど、思う存分動き回れる仕掛けが施されている

「猫たちも前の家より快適そう」とTさん。野性的で運動好きなベンガルのチュチュ(メス3歳)は、リビングとロフトを縦横無尽に走り回る。ソマリのリリア(メス2歳)はシンクのついたての上がお気に入りで、雑種のニャ助(オス1歳)はキャットウォークで遊ぶのが大好き。「猫の習性を理解して、爪とぎなど必要なものを用意すればストレスも軽減できる。壁紙や床などに大きな傷はつきません」

爪とぎ用の麻縄が付いたキャットタワー

猫好きのポイントを押さえた設備がそろっていることはもちろんだが、Tさんは「一番の決め手になったのは、猫に理解のあるオーナーさんの存在でした」と語る。「以前住んでいた物件では旅行などに行く際、シッターの方に来てもらっていたんですが、けっこう費用がかかるんです。ここはオーナーの方が猫好きなので、無料で面倒を見てくれて本当に助かっています」

年月を経るごとに価値が高まる物件を目指して

物件はもともと築40年を超すアパートで、オーナーの女性(60)が建て替えを決めた2015年ごろは周辺で新築のマンションやアパートが乱立し、急激に空室が増えていた。長く猫を飼っていた女性は「普通の物件では勝てない」と、猫専用アパートにすることをハウスメーカーに提案。しかし、「物件が傷むし、必ず苦情が来ます。ここは駅にも近いし、普通の設計で大丈夫でしょう」と反対された。

それでも「やっぱり猫好きな人たちに住んでほしい」と思った女性は木津さんに相談し、猫専用アパートの建築を決断した。猫が外の空気を味わえるように、1階にバルコニー、2階にはベランダを設置。木津さんのアドバイスを受け、洗面所に猫用トイレを2個置けるスペースを用意し、猫扉を設置した。

トイレには猫扉から自由に出入りできる

脱出を防止する1.7メートルほどの塀に約400万円を要するなど、最終的な建築費は当初の見積もりを上回ったが、入居を決めた飼い主たちからは「こんな部屋を探していた」と喜びの声が上がった。家賃は周辺の相場より高い設定だが、昨年4月の完成以来満室が続いている。中には勤務する都内で条件に合う猫専用物件が見つからず、通勤時間の長さと引き換えにこの物件を選んだ入居者も多いという。

女性は「私自身猫が大好きなので、入居者の方が長期旅行に行くときは部屋まで出張して面倒を見ています」。入居者同士もFacebookのグループで猫の写真を共有するなど、猫を介した自然なつながりが生まれている。「普通の物件は年月を経るたびに価値が下がっていきますが、ここはコミュニケーションや支え合いのシステムが形成されていくにつれて、逆に価値が高まっていくと思っています」

安易な参入で痛い目を見る

近年増加している「猫専用アパート」は、このように飼い主と猫のことを最大限考えた物件ばかりではない。空室に悩むオーナーが古い物件を単純に「猫可」として募集したり、飼い主のニーズを度外視して見た目優先の新築を建てたりした結果、期待に反して客付けに苦戦するケースも目立っている。

「部屋を猫仕様にして家賃設定を高くしたんですが、全然埋まりません。一体どうしたらいいんでしょう」

木津さんは昨年、北海道の区分マンションで3部屋を猫用にリフォームしたというオーナーの男性から連絡を受けた。話を聞くと、キャットウォークやキャットドアなど表面的な部分のみを重視したリフォームだった。男性は「今まで猫を飼ったことはない」と語った。

木津さんが「猫のウンチって臭いですよ? トイレは洗面所に置けるようにした方がいいです」と伝えると、オーナーは「そうなんですか。でも、洗面所を広げるのは不可能です」と答えた。費用をかけてリフォームしたにもかかわらず、3部屋ともいまだに空室が続いている。

東京・国立競技場から徒歩3分という好立地の新築マンションのオーナーの男性からは「競争力向上のため猫仕様にしようと思いますが、まず何をすればいいですか」と相談があった。募集開始から半年たっても12部屋中2部屋しか埋まらないという状況だった。

その男性も猫を飼った経験がなく、「とりあえずキャットウォークを付ければいいと思っていたようです」(木津さん)。男性は必要なリフォームについて木津さんから説明を受けると、「無理そうなのであきらめます」と返答した。このほかにも、相談者の中にはリフォームにかかる費用の大きさを知って断念するオーナーが多いという。

「人間ファースト」のリフォームが必要

木津さんは「猫専用賃貸を考える人はキャットウォークなど見た目が派手なところに意識が向かいがちですが、それは別になくてもいい」と強調する。「『お猫様』という考え方ではなくて、まずは『人間ファースト』。猫が快適に暮らせるようにするためには、まず人間が楽に世話できるような環境を作ることが必要です」

木津さんが猫専用賃貸で最も重要視しているのが猫用トイレだ。猫は綺麗好きで汚れた場所での排泄を嫌がるため、トイレは「飼育数+1個」が必要とされている。しかし猫用トイレはサイズが大きいため、一般の部屋ではリビングなどに置かざるを得ない。肉食動物である猫の排泄物のにおいは強烈で、住人にとっては大きな悩みの種となる。「水回りに猫トイレを2つ置けるスペースを確保したいので、少しでも居住面積を広くしたい施主とは言い合いになるのが常です」(木津さん)

飼い主のニーズに応える

昨年、新築した1LDKアパートの6部屋中2部屋を猫仕様にした鹿児島県の男性(51)も、「トイレはリビングに置けばいいと思っていたので、飼い主にとってのにおいの問題というのは新たな発見でした」と振り返る。ペットを飼った経験はなく、当初は猫用の床や壁材、猫型のドアノブなどに意識が向かっていたが、木津さんに相談すると「まずは猫用トイレの置き場所を」というアドバイスを受けた。

男性は設計について考え直し、洗面所に猫用トイレを2つ置けるスペースを設けた。キャットウォークは外が見える窓の近くに設置し、脱出防止対策として網戸にストッパーをつけるなど、入居者目線でのリフォームを施して募集の日を迎えた。

家賃は他の部屋より8000円~1万円高い5万5000円~6万円に設定。「エリア内の1LDKで最高額レベル」だが、2部屋ともすぐ満室になった。1人は獣医の女性で、室内を見てすぐに入居を決めたという。男性は「猫専用物件として本当に求められている設備を用意し、それをしっかり伝えることができれば、猫好きな人たちに選んでもらえることが分かりました」と語る。

参入前に綿密なシミュレーションを

猫専用物件へのリフォームを検討するオーナーは増えているが、木津さんは「本当に猫専用にすれば客付けができるようになるのか、十分に検討する必要があると思います」と呼びかける。「リフォームは自費で行う方が多いですが、融資を受けるのであれば綿密なプランニングが必要で、猫専用にしたことによる具体的な収支計画こそがローンを組む際の説得材料になります」

リフォームの方法は「どんなリフォームを、どこまでするのか」によって変わってくる。「壁紙と床の張り替えだけならどこの工務店やリフォーム業者でもできるでしょうし、間取りを大幅に変更するのであれば、それなりに経験のある会社に頼むべきです。猫用リフォームを得意にしている会社もあるので、ネットで探すのも一つの手ですが、しっかりと『猫と人のために何をするべきか?』が考えられていれば、特殊なスキルが必要というわけではありません」

猫専用物件に関してオーナーが不安に思う点の一つが「爪とぎなどによる壁紙や床へのダメージ」だが、木津さんは「敷金で相殺できないほどの状態になることはほとんどありません」と語る。Gatos Apartmentは敷金2カ月、礼金1か月の設定で、敷金の半分ぐらいを還元できるケースが多いという。「猫の爪とぎは習性なので止められません。結局は飼い主側のモラルの問題で、定期的に爪を切ったり、それでも壁をガリガリするのであれば部分的に保護シートを貼ったりと、適切な対策としつけができる入居者かどうかを見極めることが重要です」

「選ばれる」ために

全国的に賃貸物件の供給過剰で空室率が上昇し、特色がなければ競争に勝てない時代に入った。しかし、猫用トイレのスペースや猫扉の設置、脱出防止対策など、人間と猫が快適に暮らすためのリフォームには費用がかかる。「『猫専用賃貸にするから家賃が上がる』のではなく、『かかったコストを家賃に反映する』という発想が必要です」と木津さんは力を込める。

いわゆる「猫リテラシー」の高い飼い主は、愛猫とともに暮らす住まいをシビアに見ている。必要な設備は整っているか、オーナーの理解はあるか、周辺の住人への配慮は…。小手先のテクニックで外面だけ「猫仕様」に変えたとしても、たちまち見透かされてしまう。「選ばれる」物件になるためには、飼い主と猫のニーズを的確に把握し、真に必要な部分にしっかりと費用と労力をかけ、誰もが安心して暮らせるコミュニティの形成に向けた地道な努力を続けていくことが必要になる。

(楽待新聞編集部 金澤徹)