中古住宅の早期売却や価格アップを目的に、家具や小物類などで部屋を演出して価値を高める「ホームステージング」。欧米では数十年前から広がりを見せているが、日本でもここ数年で徐々に普及してきた。「早く、高く売却する」という目的だけでなく、賃貸物件の家賃アップや空室対策に効果を発揮する例も多く、競争力を高めようと積極的に取り入れるオーナーが増えている。コストと時間をかけてステージングをするメリットはあるのか、2回にわたって考える。

成約率を高めるために

「最寄り駅から徒歩45分の立地ですが、8年間満室続き。今のところ内見者の入居希望率は100%です」

横浜市青葉区、田園都市線青葉台駅から北に約3キロ。2LDK6室の木造賃貸物件「Wilshire five seasons」のオーナー林浩一さんは、アンティークのインテリアなどを活用したステージングで立地の不利を解消している。もともとは父親のオーナー業を引き継いだのが始まりで、同じエリア内に既存の築古物件9棟を所有。Wilshire five seasons は月極駐車場だった土地を父親から譲り受け、2011年に完成させた初の新築物件だ。

駅徒歩45分の「Wilshire five seasons」

完成当時は賃料11万5000円(駐車場代込み)で募集し、約1カ月で満室となった。ホームステージングを本格的に始めたのは、2014年に退去が発生してから。当時は郊外でも新築アパートの供給が増えつつあり、競争力を高めるために差別化の必要性を感じていた。「駅徒歩45分では賃貸サイトで検索にかかることはほぼないので、限られた内見の数で成約率をできるだけ100%に近づけていく必要がありました。ステージングで見た目が向上すればデザイナーズ賃貸を扱うサイトに掲載されて、間口が広がることにもつながりますから」

コストをかけずに価値を高める

ステージングが盛んなアメリカへの留学経験が背中を押した。まず、リビングに面したキッチンの壁とトイレの1面の計2面を計3万円で輸入壁紙に張り替え。リビングでは国内のアンティークショップで購入した1個2万5000円のスクールチェアを二つ並べてテーブルにし、学生時代に使っていたイタリア製のタイプライターなど、所有していたアンティークの小物を配置した。

ステージングにかける費用は賃料1カ月分までと決めている。この時も、全てアンティーク品でそろえるとコストがかかりすぎるため、椅子や照明は数千円の「アンティーク風」の商品をネットで購入。全体の雰囲気に合わせるようコーディネートを工夫した。全ての荷物は軽トラ1台だけで搬入し、壁紙の張り替えを除く作業は1人だけで終わらせた。

アンティークのテーブルの上に小物類を配置

家賃を上げても入居希望が殺到

異国情緒を感じさせるステージングで室内の印象は大きく変わり、内見初日に訪れた新婚夫婦が入居を即決した。妻は出産を控えて青葉台を新生活の地に選び、都内勤務の夫のため駅近の物件を20件以上チェックしていたが、気に入った物件がなく、仲介会社から「たまたま空いた物件があって、バス便エリアですけど一応見てみますか」と提案されて内見に訪れたという。

林さんは家具や小物だけでなく、五感に訴えかける演出を重視している。内見の時間が決まっている場合は、数十分前に玄関で芳香剤スプレーを吹きかける。「ずっと芳香剤を置いておくと、においがきつすぎて敬遠されるケースがある。物件に入った時のにおいは内見者にとって最初の印象になるし、コストをかけずにできる魅力アップの工夫です」。この時内見に訪れた妻も「20件内見したけど、こんなに良いにおいがした物件は初めて」と感心していたという。

内見者の目を引く印象的な小物を随所に配置することも意識している。トイレには黄色のトイレットペーパーを用意し、ペーパーホルダーも個性的なタイプに変更。「カップルや夫婦は女性が主導権を握っているので、全体的に女性が好む色を意識します。『これは何ですか』と話題になるような小物を置いておけば、会話のきっかけになる。女性の滞在時間が長くなれば成約率が上がるんです」。内見にはできるだけ立ち会い、安心感を与えるようにしている。この夫婦も内見時の滞在時間は1時間近くに及んだ。

黄色いトイレットペーパーが目を引く

差別化のポイントは

これ以降は3年間満室が続いていたが、今年1月に久々の退去が発生し、再びステージングを実施。リビングに置くテーブルは、以前4万円ほどで購入した約100年前のフランス製のアンティークドアに、自ら脚を付けて完成させた。椅子や照明器具は安価なアンティーク風の商品で演出し、壁紙はテーブルに合わせてシンプルな廃材柄をセレクト。子ども部屋にはインディアンテントを置き、家族の滞在時間を延ばすよう工夫した。

全体的には白を基調としつつ、アクセントに赤を取り入れたデザイン

全体のコストはほぼ賃料1カ月分の12万円程度に収まった。賃料も見直し、11万3000円(駐車場代込み)から11万8000円にアップして募集。2週間で3組の内見があり、すべて申し込みが入って1組の夫婦が入居を決めた。

演出は全て自分の感性で行っている。以前はインテリアの専門家に相談したこともあったが、「やはり自分の物件のことは自分が一番良く分かっています。他人が『仕事の一環』で考えた無難なステージングより、オーナー自ら遊び心を持ったステージングの方が差別化につながり、人に選ばれるんです」

今回もトイレットペーパーの色を変更

カラフルなスリッパも用意した

「失敗するステージング」とは?

近年はステージングに関する相談を受けることも多い林さん。「ステージングは具体的な生活をイメージさせることが重要ですが、生活感を出しすぎることで失敗している人も少なくありません」と強調する。ファッション性のないシャンプーを置いたり、無造作にタオルをかけたりといったケースだ。「ステージングは飾りつけではなく『演出』なので、『普段よりワンランク上の生活をイメージさせる』ことなんです。こんな生活ができるんだ、と夢を抱いてもらうためには、入居者が自分の感性を入り込ませる余地を残すことが大切です」

さらに「ファミリー物件なのに『小さなローテーブルにクッション』など、単身者用のステージングがされているケースも目立ちますが、まずはターゲットを明確にすることが重要」と指摘。「オーナーが自分の物件を一番良く知っていなければなりません。これだけ空室率が上がっている中で、物件のグレードや価格帯、ターゲットの属性などを理解しないステージングでは振り向いてもらえません」と語る。

ステージングで多くのオーナーが悩むのが、使った家具などの保管や処分だが、「安い物であればプレゼントしてあげればいいし、何万円もするものを『使いたい』と言われれば売却してもいい」と林さん。「ストックしておくのは大変なので、退去までセットで貸し出しておく方法もあります。私がステージングをする場合は、小物やテーブル類も含め軽トラ1台で収まる量にしています」

ワンランク上の生活をイメージさせる

家具や小物類は軽トラ1台に収まる量

アメリカでは「ステージングなしでは売れない」

ホームステージングは1970年代にアメリカで始まり、中古住宅流通の活性化に伴って90年代後半から本格的に普及した。日本ではまだ中古住宅に対する評価が低いことに加え、実際に取り入れるには時間とコストがかかることもあり、まだ採用しているオーナーは多くない。

「日本でも今後3~5年の間に普及し、欧米のように当たり前になる可能性が高いと思います。まだ取り入れている人が少ない今こそチャンスでしょう」

不動産コンサルタントの長嶋修氏はそう分析する。「すでにアメリカでは『ステージングをすれば高く売れる』というより、『しなければ売れない』という方が近いかもしれません。日本は今が黎明期ですが、今後は法改正などで中古住宅の価値評価基準が変化していく見通しなので、競合の少ない今はステージングによって競争力を大きく高められるチャンスがあります」

築古もよみがえる

長嶋氏によると、アメリカでは居住中でも空き家でも、当たり前のようにホームステージングが行われている。不動産会社や不動産エージェントがサービスで実施することも多く、相場は10万~50万程度。「それで50万円や100万円高く売れれば取り入れる意味は大きいですよね。築30年以上の物件でも、ステージングで新築のモデルルームとそれほど変わらなくなる。築年数が意味を持たず、新築と中古の境目がなくなっていきます」

アメリカの築30年超の居住中物件。ベッドはそのままでカバーやクッション、照明などをアレンジ

大きなサイズの絵は部屋の印象を変える

アメリカではステージング用の家具や絵、植栽などを大きな倉庫で管理する会社があり、それを「ホームステージャー」がレンタルしてステージングを行うのが一般的。「何でもお金をかければいいというわけではないので、極力コストを抑えて良い印象を持ってもらえるようにすることが重要です。例えばベッドカバーやソファカバー、カーテン、大きな絵などは目に入る範囲が広いので、コストパフォーマンスがよく多用されています」(長嶋氏)

築80年ほどの物件。紫の椅子や小さな絵などがアクセントになっている

テーブルに置く食器類や造花などで印象は大きく左右される(いずれもさくら事務所提供)

国内でも徐々に普及の兆しを見せているホームステージング。長嶋氏が会長を務める株式会社さくら事務所でも、サービスで仲介物件のステージングを実施している。今年の春に売却用のステージングを行った千葉県の中古マンションでは、テーブルや椅子、照明器具に加えておしゃれなクッションや造花などを配置。アクセントクロスの張り替えや水回りの清掃なども行った結果、相場の2600万円を上回る2850万円で売却できたという。

長嶋氏は「周りの物件がステージングをしていないので、良い印象だけが残っていきます。人間は『なぜ良いと思ったか』という理由が、物件そのものなのか、飾りつけなのかを論理的に分解できないんです」と語る。「結局、買う人も借りる人もその家で『こんな生活がしたい』と夢を見るわけです。何もないがらんどうの空間であれば、ゼロから自分で描かないといけないので、ストーリーを意識したステージングが実現できれば大きなアピールになります」

2013年には「日本ホームステージング協会」が発足するなど、国内でも注目度が高まりつつあるホームステージング。数年後には欧米のように一般的な手法になっている可能性があるが、国内の賃貸市場ではまだ取り入れているオーナーの数は限られている。そんな中、数年前から独自の手法でステージングを行い、築古物件の家賃アップに成功しているオーナーもいる。(後編へ続く)

(楽待新聞編集部 金澤徹)