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「2年で100室まで規模を拡大した」――。

不動産投資家のIさんはある懇親会で、そんなオーナーと知り合う機会があった。「自身の投資規模についてしきりに自慢していたんですが、具体的な投資手法の話になると、とたんに言葉を濁す感じでした。おそらく『1法人1物件スキーム』を使っているので、後ろめたさのようなものがあったのではないでしょうか」

投資規模の拡大を志向する不動産投資家たちの間で、「1法人1物件スキーム」「複数法人スキーム」という言葉が広く知られるようになった。文字通り、法人A社を設立して物件Aを買い、物件Bを買うために新設の法人B社を設立するといったように、物件と法人を一対一で対応させる手法だ。

たとえ法人の連帯保証人となって借入をしたとしても、個人の信用情報には記載されない場合が多い。そのため、既存法人の借入額が銀行から見えにくく、新設法人で融資を受ければ、個人での借入と比較してはるかに多くの融資を獲得できる公算が高いとされている。

実際に、各銀行の融資の特性を熟知し、建物価格の8%を還付金として受け取る「消費税還付スキーム」を組み合わせるなどして、短期間に効率よく規模の拡大を図る投資家も存在する。一方で、債務を隠すような行為にリスクの高さを指摘する声も多い。「禁断の果実」とも言うべき「1法人1物件スキーム」の実態を探った。

規模を拡大する「唯一の方法」か

「当社で提案することはありませんが、早期リタイアを目指す人にとって非常に魅力的なスキームであることは否定できません。実際に買えている人が存在しますし、一気に規模を拡大するのであれば、これが『唯一の方法』といえるでしょう」

1法人1物件スキームについてこう語るのは、不動産会社2社の代表を務める新川義忠氏だ。

富士企画のオフィスでインタビューに応じる新川氏

「このスキームが注目を集めるようになったのは5年ほど前。いわゆる『メガ大家さん』『ギガ大家さん』と呼ばれるような不動産投資家が現れ、彼らに憧れる新規参入者が増えた結果、広まったという認識です。同時期に資産管理法人への融資に積極的な金融機関が増えたのも一因といえます」

新川氏は「金融機関によっては『当行は9割融資まで、資産背景の確認は原本でなくコピーで行っています』と『教えてくれる』ところもある。察しの良い業者であれば、投資家の希望条件に近い融資付けが実現できるように、いろいろと工夫をするケースは多いです」と指摘する。

「業者の立場からすると1法人1物件スキームというのは非常に好都合で、手を出せば売上は確実に伸びると思います」と新川氏。「かつて同じ釜の飯を食っていた仲間が手がけているという話も聞きますし、それを頭から否定するつもりもありません。しかし、売るのが目的である業者の都合に合わせて、買うのが目的になっている投資家もいる。やはり、しっかりと時間をかけて、そこそこの規模を目指すのが堅実な方法ではないでしょうか」

「利益が薄く、メリットは皆無」という見方も

不動産のほか、事業投資の分野にも精通する投資家の中島健一氏。彼のもとにも1法人1物件スキームに関する質問が多くの投資家から寄せられるという。

「年収1000万円以上、自己資金2000万円以上といった比較的属性が高い人から、『1法人1物件スキームってどうですか』と聞かれることが多いです」

中島氏は1法人1物件スキームのデメリットのひとつとして、コスト高の運営体質を指摘する。「仮に物件価格が1億円で、年間家賃が1000万円の物件を5棟、5つの法人で保有するとします。まず、税理士への月額報酬と決算料が年間20万円として、それが5社分かかることになるので、この費用が馬鹿にできません。たとえうまく利益を調整してゼロにできたとしても、均等割で最低7万円の法人税がかかります」

このほか、法人口座の維持管理手数料や法人クレジットカードの年会費なども、積み重なると軽視できない費用になると中島氏は指摘する。

「結局、5法人に分散すれば1法人の場合と比べて5倍の法人維持コストがかかることになります。これは、たかだか1社の年間売上1000万円に対する経費として考えると割高感は否めません。もともと薄い利益をさらに薄める結果につながります」

一括返済の可能性も

各法人に蓄積した利益を再投資に回すべく、個人あるいは1法人へ集約させる場合の手法にも課題があるという。「一部のコンサルタントは、メイン法人と業務提携させて、分散している法人のお金を集約させるようですが、これは利益供与にあたる可能性が高いです。法人の代表者向けの保険を活用して節税する方法もありますが、保険の解約返戻金が100%ではないケースが多く、薄い利益がさらに目減りする結果になります」

そして、中島氏が1法人1物件スキームで特に問題として挙げるのが、金融機関との関係性だ。「相続や節税を念頭に置いた戦略であれば何ら問題はありません。しかし、1法人・1物件・1金融機関のケースは、負債を隠して金融機関を欺く意図があったと判断される可能性があります。銀行が知るところとなれば、厳しいペナルティがあるでしょう」

九州地方の地銀の元行員は「最近は確かに、このスキームを使うサラリーマンが増えています」と語る。「例えば『売却も視野に入れているので、所有権移転費用などを抑えるために法人化している』『将来的に家族に分けるために別々の法人にしている』など、何らかの意図があってしっかり説明できるケースであれば別です。そういうこともなく、ただ別法人での借り入れを隠した方が借りやすいという考えは問題がありますし、悪質と判断すれば一括返済を求めるケースもあります」とリスクの高さを指摘する。

「融資は信用で成り立っているので、一度このようなことが発覚したら、その後の取引は絶対しないでしょう。個人的にはそこまでのリスクを負ってまですることもないと思っています」

「期限の利益喪失」にあたるという指摘

なぜ一括返済のような厳しい対応を銀行が取る可能性があるのか。元メガバンク支店長で不動産投資家の菅井敏之氏は、1法人1物件スキームは「期限の利益喪失」に該当する行為だと警鐘を鳴らす。

期限の利益とは、期限の到来までは債務の履行を請求されないという債務者の利益のこと。菅井氏は「融資を受ける際、投資家は銀行と『銀行取引約定書』を締結します。この契約には『銀行に提出する財務状況を示す書類に重大な虚偽の内容がある等の事実が認められた際、期限の利益を失い、直ちに債務を弁済するものとする』といった文言が謳われているのです」と語る。

法人での連帯保証人としての借入は、個人の信用情報と「現時点では」紐付かない。1法人1物件スキームは、この点に注目して既存の法人の存在を隠匿し、新設法人での融資獲得を意図している。菅井氏はこうした行為について「重大な虚偽の内容に該当すると判断する銀行は多い」と指摘する。

「仮に、重大な虚偽にあたらず、期限の利益喪失に該当しないと判断する銀行があったとするなら、それこそ許認可を受けている銀行としてモラルが問われます。いずれ、厳正な対応を迫られる時が来るはず。そうなることによって、スキームに目がくらんで割高な物件を掴んでしまう投資家が生まれる事態を防ぐと信じています」

実践者からは反論の声も

このような指摘に対して、実際に1法人1物件スキームを実践している投資家からは「違和感を覚える」という声もある。現在5つの法人を運営しているS氏は「確かに、金融機関に嘘をつくことはNGですが、私に関しては『聞かれなかったので答えなかった』というのが正確なところです」と主張する。

「私の場合、十分に返済実績を積んだ上で、金融機関には事情をきちんと開示するようにしています。その際は、『独立採算』を重視しているので複数法人の形態を取っているということを説明しています。銀行側にも納得してもらっているので、今のところ一括返済を迫られるようなことは起きていません」

S氏はさらに「そもそも、この手法自体はずっと昔から存在していたものです。それに名前がついて、この数年で投資家の間で知られるようになった。投資キャリアが長く、それなりの規模になっている大家さんの中には、意図的かどうかは知りませんが、近い形を取っている人たちがかなり存在するのでは」と語る。

発覚のリスクは

今後、銀行に発覚することはあり得るのだろうか。可能性のひとつとして、前出の中島氏は、登記所が保有する登記情報を簡単にインターネットで確認できる『登記情報提供サービス』 (http://www1.touki.or.jp/)の存在を挙げる。「法人の所在地や代表者が同一であれば、簡単に名寄せできます。すでにスキームを使っている投資家は、金融機関がこうしたサービスを利用しないことを祈るしかないでしょう」(中島氏)

また、新川氏は「某ノンバンクは複数法人スキームへの対策としてチェックを行うことを明言しています。今後はそういった対応がスタンダードになるのではないでしょうか」とみている。

1法人1物件スキームは、規模の拡大を志向する投資家に望む結果をもたらすものの、その手法のあり方やリスクについては意見が分かれているのが現状といえる。識者の指摘からも、投資手法としてはグレーゾーンに位置すると考えられ、今後、何らかの対応が取られる可能性はゼロではない。

スキームが流行する現状に、経営者としてのジレンマも感じているという新川氏。「業者は不動産を仲介して売上をあげることが至上命題。融資が出ない時代・買いづらい環境がやって来るとしたら、素直に歓迎はできません。しかし、厳しい、買いにくい時こそ『失敗者』が生まれにくい時代だともいえる。ある意味、それこそが健全な姿なのかもしれません」

(楽待新聞編集部)