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入居者がある日突然、失踪――。現実にそんなことが起きるのは想像したくもないが、連絡もつかず、家賃も滞納…といったトラブルが我が身に降りかかってきたとき、オーナーはどのように対処したらいいのだろうか。実際の事例から考えてみたい。

滞納者と音信不通に

楽待コラムニストで神奈川県在住の蘭木(あららぎ)緑さんは2014年末、遠隔管理する甲府のアパートの一室で、5カ月もの長期間にわたって家賃が滞納されているのに気づいた。滞納者は中国からの留学生Zさん(男性)。

Zさんに何度も電話をかけても出ず、メールを送っても返信はない。PC用、携帯用など複数のメールアドレスに連絡を入れても返事はなかった。

「電話をかけてもつながらない、電話番号が変わっている場合は、連帯保証人や大学関係者、他の入居者、ガス、電気、水道などの公共事業者へ問い合わせし、入居者の状況(いつまで住んでいたかや支払状況など)を確認しなければなりません」(蘭木さん)

蘭木さんはまず、連帯保証人のSさんに連絡を入れた。

すると、SさんはZさんの友達に頼まれて連帯保証人となり、Zさん本人とは一度しか会ったことが無いという。

次に、Zさんの通う大学に確認を取った蘭木さん。ところが「Zさんは2014年3月に卒業している」と言われてしまう。

「このアパートは入居者の半数が学生なので、卒業予定などの把握はしています。また、就活の為の卒業延期や大学院進学のケースもあり、予定通りではありません。Zさんの場合は卒業後数カ月間の家賃が振り込まれていたため、学生継続との認識でいました」(蘭木さん)

事情を話すと、卒業前後でZさんの学生課への登録電話番号が変わっている事がわかり、学生課経由で連絡を取ってもらうことになった。

「この時点で、『もしやZさんはアパートにいないのでは』という思いが頭に浮かびました。そこでライフラインの電気、水道、ガス会社へ問い合わせました。結果は電気、水道とも個人情報保護のため詳細は話せないと、個人情報の壁に阻まれることに。ただ、ガス会社は『昨年○月で清算していただき、閉栓しています。あれっ、退去されたのではないのですか』との反応でした」(蘭木さん)

現地へ向かってみると…

アパートの住人たちにもヒアリングしたところ、「最近全くZさんの姿を見かけない」という。テラスへの掃き出し窓に鍵がかかっておらず、荷物は放置されているということもわかった。

得られた情報を保証人Sさんと共有したところ、SさんもZさんとは連絡が取れないといい、「家賃が発生し続けるのは困る。荷物の量に応じて車で引き取りに行きたいので、室内の写真を撮って送ってほしい」と言われてしまう。大家は勝手に部屋には入れないと説明しても、Sさんは「鍵が開いているのは不用心だから、せめてそれだけでも閉めてほしい。そのついでに写真を撮ってきてもらえないのか」と言われる。

ムッとしたようなSさんの言葉もあり、蘭木さんは年末に現地へ向かった。連絡がつかず、窓の鍵は開いている……この時点では事件の可能性もある。カーテンの隙間から室内を覗くと、家具家電やその他の荷物は残されたまま。

自力救済禁止の原則(*後半で弁護士が詳しく解説)は頭にあったものの、連帯保証人Sさんからの「不用心だから鍵を閉めてください」との依頼もあるし、「不用心なので鍵を閉めるために入室させていただきます」と自分に言い聞かせ、テラスから室内に入ると……。

「そこには、人が普通に寝起きしているとは思えないほど散らかった部屋、残された家具家電、ゴミ袋の山がありました。以前のZさんを知っているだけに、このゴミの中で生活しているとは考えにくい。現状を目の当たりにして、この状況はただの家賃滞納ではなく失踪ではないかと思いました」(蘭木さん)

ともかく、室内のものには一切触れず、連帯保証人へ送る写真のみを数分で撮影し、窓を施錠して玄関から退室。早速、保証人Sさんへメール添付で写真を送付した。

次にやることは、連帯保証人Sさんへの内容証明郵便の送付。いきなり内容証明郵便が送られてきてはSさんも驚くと思い、まずは「内容証明を送る」と予告する書面を送付してから、家賃と残置物撤去費用の催告、期日、入金先、期日までに支払いがない場合の契約解除などについて記載した内容証明郵便を送付した。

すぐにSさんから連絡があり、賃貸契約の解除と、滞納家賃、撤去費用、原状回復費用の分割払いを依頼された。書面を交わして残置物撤去の代行を受けようとしたタイミングで、事態は大きく急変した。Zさんの転居先の住所が判明したのだ。

「それまで、何度も個人情報の壁に当たっていたので、まさか市役所で他人の転居通知を取れるとは思いませんでしたが、思い余って役所へ相談してみました」(蘭木さん)

すると、手続きを踏めば本人以外でも転居通知の郵送申請が可能とのこと。申請理由の説明書、賃貸契約書の写し、請求者である蘭木さん本人の運転免許証の写しなどを準備して郵送申請すると、転居通知が返送され、Zさんの新住所が確認できた。

すぐにZさんへ手紙を送付。この後に内容証明郵便を送付すると通知し、続いて内容証明郵便を送付した。

「すると間を置かずにZさんから家賃滞納のお詫びと、現在は友人のところに寄宿しているという内容のメールが届きました。就職活動でお金が無く、家賃が払えなかった、というのが失踪の理由だったようです」(蘭木さん)

早速本人と家賃の支払や残置物撤去についての相談に。本人からアパートの残置物は処分してほしい、就職活動とバイトで大変なのでできればその手配も頼みたい、滞納家賃と撤去費用、原状回復費用は分割になっても払ってすっきりしたいという意向だった。

その後、残置物撤去、滞納家賃の入金確認後、今後一切の請求はしないという内容の同意書をSさん・Zさんと交わした。

同意書を連帯保証人、入居者へ各2通作成し、互いに署名押印して各自保管しました。滞納家賃と残置物撤去費用はSさんとZさんに支払ってもらい、Sさんが支払った分は2人の間で処理してもらうことになりました。

原状回復費用は敷金では足りませんでしたが、清算後に追加請求するのはお互いに面倒、と請求はしませんでした。入居者には就職活動に専念してもらい、連帯保証人Sさんも早く平穏な日常へ、私も募集に専念したいとの思いもありました。尚、募集後すぐに入居者が決まり満室復活できました」(蘭木さん)

基本に立ち返る

この一連のトラブルを振り返り、蘭木さんはこう言っている。

「11年の大家業で初めての経験でした。反省としては、基本が疎かになっていた点です。家賃の入金確認を怠らない、入金確認できない時は早めに本人、連帯保証人と連絡を取るという、大家業の基本ですね。また、今回は鍵の施錠を連帯保証人に依頼されたことで入室しましたが、今後は警察に立ち会いをお願いしようと思います。

大家業を始めた頃は物件も少なく、入居者とのやりとりも適度に取っていました。もしそれができていたら、Zさんともまた違った結果があったかもしれません。そんな反省もありました」

蘭木さん自身、「警察に立ち会ってもらうべきだった」と話すが、賃借人が行方不明などで音信不通の場合、大家さんが勝手に入居者の部屋に立ち入ったり、残置物を処理したりすることはできない。では、どのような手続きを取ればよいのだろうか?

レイ法律事務所に所属する弁護士、松下真由美さんに話を聞いた。

「賃借人が借りていた物件の室内には賃借人のプライバシーがありますし、室内の残置物には賃借人の所有権があります。大家さんが勝手に室内に入ったり、残置物を処分したりといった行為をすると、賃借人の権利を侵害したとして、損害賠償請求をされるおそれがあります。

また、住居侵入罪や窃盗罪、器物損壊罪といった刑事責任を問われるおそれもあります。なぜ自分の不動産を貸している大家さんがこのような措置をとれないのかというと、『自力救済禁止』という原則があるからです。

自力救済禁止の原則とは、法律の定める手続によらず、実力で自分の権利を実現することを禁止する原則のことです。自力救済を許してしまうと、例えば暴力などによる権利の実現が横行して、社会の秩序や安定が崩れてしまうことにもなりかねません。

そこで、自分の権利を実現するには、国が定めた法律の手続によらなければならないとされているのです。逆に自力救済をしてしまうと、損害賠償責任や刑事責任を問われてしまうことになり得ます。何か行動を起こす前には専門家に相談し、法的な手続きに従って行うようにしましょう」(松下さん) 

例えば防犯や防災のためなど、「緊急やむを得ない特別の事情」が存在すれば、例外的に立ち入りが許される場合もあるかもしれないが、それがどのような場合かは個別に判断されることになる。物件への無断立ち入りは、基本的には許されない。

行方不明の場合の契約解除手続き

賃貸借契約の解除のためには、どのような手続きが必要なのだろうか?

「賃貸借契約は、賃借人の賃料不払いを理由に解除することができます。賃貸借契約を解除するには、まず、賃貸人から賃借人に対し、一定の期間内に未払い分の賃料を支払うよう催告します。それでも支払いがない場合には、賃貸借契約を解除する旨の意思表示を賃借人にすることで、解除が認められます」(松下さん)

賃料支払いの催告や解除の意思表示は、内容証明郵便によって行うのが一般的で、意思表示はその通知が相手方に到達したときから効力を生ずるものとされる、と松下さんは言う。しかし、相手が行方不明の場合は、差出人のもとへ郵便物が戻ってきてしまう。その場合はどうすればいいのか。

『公示による意思表示』を裁判所に申し立てます。これは、相手の住所が不明であるなどの理由で意思表示の通知が相手に到達しない場合、意思表示を裁判所の掲示場に掲示し官報への掲載等をすれば、その日から2週間を経過したときに、相手に意思表示が到達したものとみなされる手続のことです。

その際、相手が行方不明であることを示す資料として、届かずに返送されてきた郵便物や、行方を調査した報告書を提出しなければなりません。そのため必要があれば、連帯保証人等にも連絡してみるとよいでしょう」(松下さん)

このような手続を踏むことによって、行方不明の賃借人に対しても、賃料支払いの催告解除の意思表示が到達し、賃貸借契約を解除することができるようになるというわけだ。

もう一つ、入居者失踪時に避けては通れない重要な作業がある。それは、残置物撤去である。空室期間を短くするのに、早急な残置物撤去は欠かせない。できるだけ速やかに撤去すると、原状回復工事も早めに始めることができ、賃貸募集にも取りかかれる。

ただ、「お任せする会社選びには注意してください」と蘭木さんは話す。残置物撤去=家財を撤去するだけであるため、特別な技術が必要になるわけではない。その分、できるだけ安価に済めばいい、というのが大家さんの本音だろう。しかし、ただ、「安さ」にだけ目を向けるのは危険だ。

「HPで会社の実績をじっくり確認するのは必須です。リサイクルショップとつながりがあり、使えるものはそちらへ回すことで、コスト削減しているなど、ノウハウのある会社や個人事業主が良いと思います。私の場合は、インターネットで残置物処分、不用品処分、リサイクルなどで検索し、目星をつけた数社に絞りメールで問い合わせました。このとき、連帯保証人へ送るために撮った室内写真が役に立ちました。

数社とやりとりするなかで、ある1社に不審感を持ちました。価格は5万円で相場程度のようでしたが、なぜか契約を急かしてくるのです。正式にお願いした会社は、実績も多く誠実な印象を受けましたが、処分費が3万円と安かったです。その際、『5万円の見積もりを出してきた会社さんもいましたが、なぜ御社は3万円と非常にお安いのでしょうか?』と率直に聞いてみました。

すると、『軽トラック1回で搬出できる場合は一律3万円としています。また、現地を拝見したところ、洗濯機や電子レンジ、電気ポットなど、手入れすればリサイクルできるものもあり、3万円で引き受させていただきます』と真摯に答えてくれました。最終的には直接電話で話し、いくつか用意した質問をぶつけてみて、その対応で決めましたね」(蘭木さん)

これこそが優良な会社の例だろう。搬出後の簡単な掃除、終了後の写真をメールで送付してくれるなど、とても迅速で丁寧な対応に大満足した、と蘭木さんは振り返る。かつては残置物を不法投棄するといった、不当なコストカット手段をとる会社もあったという。今はほとんどいないかもしれないが、比較検討は慎重に行う必要がありそうだ。

最終手段・訴訟の手順

最後に、弁護士の松下さんに、訴訟になった場合の手続きについて聞いてみた。蘭木さんの事例の場合は訴訟には至らなかったが、入居者が行方不明となると交渉・示談できず、部屋の明け渡し、残置物処理に関しては訴訟手続きをとることもある。

賃借人の行方がわからない状態での訴訟手続きや準備はどう進めると良いのだろうか。

「契約解除に引き続き、部屋を明け渡してもらうために、明け渡しを求める訴訟を提起することになります。さらにその後、残置物の処分を行うためには、明け渡しを求める訴訟と同時に、未払い賃料の支払いを求める訴訟を提起するのが良いでしょう。

これにより、残置物を差押え、競売をして未払い賃料に充当でき(民事執行法122条以下で、動産についても競売の規定がある)、残置物の処分もスムーズに行えるようになります。

上記のケースの場合、未払賃料の支払いを求める訴訟をあわせて提起しておくことで、未払い賃料を債権として、債務者所有の残置物を差押えると、競売は可能です。残置物に価値があれば債権者の負担は減ります。

相手が行方不明だと、訴状が届かないのではと思われるかもしれませんが、『公示送達』という方法をとります。裁判所の掲示場に、送達しなければならない書類をいつでも相手に交付すべき旨を記載して2週間掲示することで、訴状を送達したのと同じ効果をもたせることができるのです」(松下さん)

その後、裁判が開かれることになるが、相手が行方不明となると、出席してくることは稀。相手が欠席の場合は、相手からは何の反論もないことになり、審理は通常1回で終わる。その後、建物明け渡しと未払い賃料の支払いについて、勝訴判決が下されるという。

「その判決をもって、執行官に対し、建物明け渡しの強制執行の申し立てと動産執行(動産の差し押さえ)の申し立てを行います。申し立てから1カ月半〜2カ月程度あれば、明渡し・残置物処分は可能となるでしょう」(松下さん)

かかる費用と時間

ちなみに、最終手段として訴訟した場合、どういった費用が発生するのか。また、訴訟の全工程を終えるまでに、内容によって異なるだろうが、どれくらい期間を要するのか。

「訴訟に訴訟提起から明渡しの強制執行までのすべての手続きを行う場合、大きく分けて弁護士費用、訴訟や執行の手続費用、残置物撤去費用がかかります。弁護士費用は弁護士によって異なりますが40~80万円程度、手続費用は10万円程度、残置物撤去費用は部屋の面積や荷物の量によって異なり、30万円~100万円近くかかる場合もあります。期間としては、訴訟提起から判決まで3カ月程度、明け渡しの強制執行までさらに2カ月程度かかります」(松下さん)

できることなら、入居者失踪やそれに伴う家賃滞納には遭遇したくないものだが、そんな事件が起きないとは言い切れない。入居審査のときとは経済状況が変わり、入居者がお金に困って、夜逃げしてしまう……といった事態も考えられる。オーナーとして何をすべきか、どんな手続を踏むべきか。それを知っておくだけでも、万一の時に落ち着いて行動できることにつながるはずだ。

○取材協力:レイ法律事務所

松下真由美さんプロフィール

レイ法律事務所に所属する弁護士。明治大学法学部法律学科卒業。中央大学大学院法務研究科修了(法務博士)。著作に『法律の専門家たちが教える今すぐはじめられる終活ナビ』(ごきげんビジネス出版、電子書籍)がある。

http://rei-law.com/