写真© tsuchikure-Fotolia

楽待の皆さま、こんにちは。オバチャン大家の「鈴木ゆり子」です。

今はアパート7棟と戸建20棟、合わせて200戸くらいを所有しています。平均利回りは20%以上、総投資額は3億円くらい、年間家賃収入も6000万円以上になりました。

私が仕事を探し始めて職業安定所(ハローワーク)へ行ったのが48歳の10月で、主婦の傍らパートをやっていました。その後、大家業を始めて今年で18年たちます。あっという間の18年でした。

私は群馬県沼田市の山の中で育ちました。熊が出るようなところです。田舎で昔のことですから、今ほど物がふんだんにあるわけでもなく、少し足りないものを、自分で考えて何とかしていました。この、少し足りないものに対して足りる工夫をすることを覚えるということは、人生での宝に変わっていきました。

考えることは大家業に大いに役に立っています。考えることは習慣です。次は何をやるか…こんな結果になったのは、どこが違っていたのか、それにはどこをどうすればよかったのか…などを、雑念が入らず気持ちに余裕がある時間に考えます。これは仕事をやめない限り、たとえ少しでも毎日考えることです。

私は寝る前に枕元にメモ用紙をおいておき、布団の中でいろいろと思いついたこと、浮かんだことなど、何でも書き込んでおきます。次の朝、見直すと…なんでこんなことを考えたのか、意味わかんないと思うことがほとんどですが、中にはすごーいと思うことも浮かんで書いてある時もあります(自分でも感心することも)。本職(専門家)に聞いて無理と言われたことも、ウルトラC(ウルトラXくらいかな)を思いつくことがあり、そこからうまくいったことも多々あります。

いつも考えることです、いつも何かに疑問を持つことです。これは役人が言うから当たり前、偉い人が言うことだから仕方のないこととは思わないことです。「どうして? 何で?」をいつも心においておきましょうね。子供の時の思い出はいつの時間をとっても光り輝いています…それだけ楽しく、幸せに包まれていた時間だと思います。

学歴も職歴もない状態からのスタート

21歳で結婚して、3人の子にも恵まれ、おかげさまで3人とも健康に育ってくれました。私も48歳になった時、一番下の子の大学入学が決まり、そこで、はたと気が付いたのです。

今まで家の事、子供の事、などに力を注いできましたが、それも卒業になります。家庭で私がすることにも先が見えてきました。これからは家族の為ばかりでなく、少しの時間を自分の為に使える…使っていいのだと考えて、今まで手の空いていた時にしていた内職の代わりにパートに出て、お金を作りたいと思いました。

そこで、48歳の10月に履歴書をもって職業安定所(ハローワーク)に行きました。そこでも、またビックリなことばかりでした。ハローワーク職員の女性の方の前で何十年ぶりの面接(ただ私の履歴書を見ながら希望などを聞かれただけなのですが…)をしました。この時に世の中の現実の厳しさを実感した次第です。

私は高校中退で、高校中退は中学卒業になるのです。今まで家では家族の過ごしやすいようにということだけを考えて毎日の家事をしていましたが、家族に手がかからなくなると、自分の時間ができる。と言われてもすぐには何をやっていいのか、自分は世の中に必要とされているのか、わからないものです。

話は戻りますが、ハローワークでいろいろ聞かれました。

女性職員「何か得意なことはありますか?」

私「家事でしたら…」

女性職員「文字を書くことはどうですか?」

私「はい、個性的な字です…」

女性職員(ニコニコしながら)「そうですか。計算は?」

私「はい、計算のたびに数字が違います…」

女性職員(ますますニコニコしながら)「パソコンはできますか?」

私「はい、見たことはありますが、触ったことはありません…」

そう言いましたら、ハローワークの女性と隣の方も声をだして笑い出しました。

そんなことで、ハローワークでは仕事がありませんでした。それに自分には何ができるのか、どんな仕事があるのか…そのこと自体がわかりませんでした。その時のことは19年たった今でも昨日のことのように覚えています。世の中の厳しさと、結婚しても世の中とつながっていないことの厳しさを一番身に染みて感じました。

でもその反対のことを、今、感じています。

それは、少し時間はかかっても仕事はできるということです。あの時の経験が、今の私にはすごく役に立っています。本当に無駄なことは一つもないですね…今は苦しくてもあとで役に立つ。自分の経験が血となり、肉となるのだと思います。成功より失敗の方が勉強になりますね。

次のページ「ある仕事」との出合い