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2015年1月から実施された税制改正により、相続税が実質大幅に引き上げられた。メディアでも頻繁に紹介されたことから、危機感を抱き、相続税対策として金融機関から融資を受けて不動産経営に乗り出した人も多いことだろう。

相続税は、プラスの財産から借入金などのマイナス財産を差し引いた金額に対して課税される。投資用不動産を購入し、現金を土地・建物に変えることで、相続税の負担も軽くなる。このように不動産投資が相続税対策に有効であることは広く知られている。

ただ、借入金による不動産投資で相続税の節税をするときに注意したいことがある。それは「債務は遺産分割の対象にはならない」ということだ。

法定相続分の返済を迫られる

実際に相続が発生した際には、相続人の間で「遺産分割協議書」を作成し、その内容に従って遺産分割を行い、相続財産の名義変更をして、相続人は相続した財産に応じた相続税を税務署に申告・納付する。

一般には、「これで相続に伴う手続きはすべて終了」と思われている。ところが、この遺産分割協議書の内容は相続人の間だけで有効なものであり、融資した金融機関からみれば、「個人の債務はその相続分に応じて継承される」とみなされる。従って、もしもローン残債のある不動産を相続した相続人からの返済が滞れば、ほかの相続人も金融機関から返済を迫られることがありえるのだ。

4人家族の事例

具体的な例を、不動産コンサルティングマスターの加藤久直氏に聞いてみた。Aさん一家は、Aさん・妻・子(兄)・子(弟)の4人家族。Aさんは生前、相続税の節税のため、銀行から借り入れをしてアパート経営に乗り出した。

やがてAさんが亡くなり(被相続人)、残された相続人の間で遺産分割協議書を作成した。その内容に従って、Aさんの妻が預貯金や生命保険金などを相続し、持病もあったことから相続したお金で介護付き有料老人ホームに入居した。

そして自営業を営んでいた兄がサイドビジネスとしてアパートを相続、借入金の残債は引き続き兄が支払っていくことになった。弟はそれまでAさん夫妻が住んでいた2LDKの分譲マンションを相続。弟はすでに一戸建てを購入済であることから、相続した分譲マンションは賃貸に出すことにした。

<相続財産の内訳>

…現金・預貯金(1500万円)、生命保険の死亡保険金(1500万円)
老人ホームに入居

…アパート(時価6500万円・借入金5000万円)
アパート経営

…分譲マンション(時価1500万円)
賃貸に貸し出し

※計算式

①総資産1億1000万円-マイナスの財産5000万円=課税資産6000万円

②控除額=基礎控除3000万円+(600万円×法定相続人3人)

     +死亡保険金の非課税枠(500万円×法定相続人3人)=6300万円

③課税相続財産額=課税資産6000万円-控除額6300万円=▲300万円

④相続税=0円

ところが、相続から2年経過したころのこと。アパートのローンを借り入れていた銀行から、Aさん妻と弟に通知書が届いた。兄からの借入金の返済が滞っており、Aさん妻には約2500万円、弟には約1250万円を支払うようにという内容だった。

アパートのローンは兄が引き続き返済していくという約束だったはず。驚いた弟が兄に問い合わせたところ、アパートを相続したころから本業である自営業がうまくいっておらず、ほとんどローンを返済していなかったという。

加藤氏は「法律的にいえば、この場合、Aさん妻と弟は、銀行に対して返済を行う義務があります」と指摘。前述したように、故人の債務はその相続分に応じて継承されるからだ。

この場合の相続割合は、妻が1/2、兄と弟がそれぞれ1/4ずつ。兄が銀行の借入金5000万円をほとんど返済していないのであれば、妻にはその1/2の約2500万円、弟に約1250万円、そして不動産を相続した兄自身にも約1250万円の返済が請求されることになる。さらに、この段階では返済が滞ったことによって「期限の利益」を失っている可能性が高く、一括返済を迫られることもある。

ローン残債のある不動産を相続人のうち一人だけが相続する場合、本来は「免責的債務引き受け契約」を結ぶのが望ましい。

Aさん家族の場合には、相続人の間で兄だけが債務を引き受け、妻と弟はローンの返済から解放されることを契約書として文書化するのだ。ただし、この免責的債務引受契約には、債権者である銀行の承諾が必要になる。

「ところが、このケースのように債務を一手に引き受ける相続人の事業がうまくいっていないとすれば、金融機関は免責的債務引受契約の承認を渋ることも考えられます」と加藤氏は言う。

むしろ金融機関は、返済が滞るリスクを減らすためにも、ほかの相続人にも返済義務の生じる「重畳的債務引受契約」を希望する可能性が高いという。まるで連帯保証人のようなものであるから、これではほかの相続人は、とても納得も安心もできるはずがない。

「借り入れを行っての不動産投資は、大きな額を動かせるだけに相続税の節税効果もとても大きいものとなります。しかし、目の前の相続税に気を取られて長期的な視点を忘れてはなりません」と加藤氏。「相続後、誰がどのように不動産経営を行っていくか、相続する人はローンが終了するまで滞りなく返済する能力はあるか、銀行との免責的債務引受契約をスムーズに行うだけの信用があるか、といったことも十分に検討することが必要です」

「団信」への加入で相続税が大きくなるケースも

ところで、相続税対策として不動産経営に乗り出す場合には、もう一つ注意点がある。それは「団体信用生命保険(団信)」をどう考えるか、ということ。

そもそも団信とは、住宅ローンを借りた人が死亡・高度障害状態になった時に、金融機関が残った住宅ローンを弁済するもの。団信に加入すると、被相続人である父親が死亡した時点でマイナスの資産であるローン残債が免除されてしまう。つまり、相続税対策で購入した不動産がプラスの資産となって、相続税の対象となる財産に計上されてしまうのだ。

「相続税対策での不動産経営に限っていえば、私が見てきた物件で団信に加入した例は1件もありません。プラスの財産が多くなりすぎると、せっかくの不動産を売却して相続税を払う羽目になりかねないからです」と加藤氏。すでに何軒も物件を持っている人には既知の知識かもしれないが、これから不動産経営を始める人は押さえておいてほしい知識だ。

団信加入でメリットがあるケースとは

もし、Aさんが団信に加入してアパートのローンを借り入れていた場合には、どうなっただろうか。

被相続人である父親(Aさん)が死亡した時点で、ローン残債が免除される。これにより、Aさんの課税相続財産額は4700万円となり、相続税額は兄380万円、弟88万円、母0円(配偶者の税額を適用して相続税の確定申告をした場合)となる。

団信に加入していなかった場合と比較して、相続税が約470万円近く増えることになる。ややまとまった金額だが、相続税を支払う価値は大きいだろう(相続発生後10か月以内に納付義務あり)。兄は将来のローン返済の悩みから解放され、弟は重畳的債務引受契約の不安が解消されることになるからだ。

加藤氏は「ただし前述したように、Aさんの場合よりも資産額が大きい場合には、団信に加入することで相続税も大きくなって、投資財産を売却して相続税を支払う羽目に陥る可能性もあります。そのため加入は事前の相続税シミュレーションが欠かせません」と語る。また、そもそも高齢になると成人病に罹患しているケースも多く、団信に加入できない確率も高くなることを認識しておきたい。