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私が今までで一番困ったトラブルで、パッと頭に浮かんだものがあります。13年前くらいのことで、まだ大家になって時間も経っていないときでした。2つ目くらいのアパートを埼玉の児玉郡に購入して、やっと満室近くなってきたときの事件です。

「優良入居者」だったのに……

ある日の夜8時頃、私の携帯が鳴りました。

「はーい、鈴木です。○○君どうしたの?」と聞くと、「おばちゃん知ってる?  ○○号室の人、夜になるとお酒を飲んで暴れてるよ…。同じ階の部屋のチャイムをピンポーン・ピンポーンと何回も押しているし、女性の部屋のドアをたたいて嫌がらせをしているよ」との連絡が入ったのです。

「えっ、まさかあの人が…」と思ったのが最初の感想です。この方をAさんとします。Aさんが最初に当店に来店したのは今から13年以上前。私もまだ大家になりたてでしたが、この頃から一応不動産業は始めていました。田舎の小さいお店でしたので現地のアパートでの面接でした。

Aさんは50歳前後の男性で、優しそうな方でしたのでOKをし、入居していただきました。入居後半年くらいは穏やかで、アパートのゴミ箱の清掃をしてくれたり、庭にタバコの吸いガラやゴミが落ちていれば拾ってくれたりと、私からすればありがたい入居者と思っていました。

ところが入居から半年も経った頃、先ほどのような電話が入りました。このアパートに行ったときによく話をする若い男の子、B君からでした。

「あんな穏やかで、会うと挨拶もしてくれるAさんが……」

正直B君がウソを言っていると思うほど、最初は信じられませんでした。今思えばB君がその方の悪口を言っても何の得にもならないので、そんなことするわけもないのですが…。それでも一時的なことと思っていました。

そこから1週間も経った頃、また同じアパートの方から電話で「夜になると玄関の呼び鈴を鳴らされて困る」との苦情がありました。その他の方からも「玄関通路の手すりを(手すりは鉄製の柵になっています)鉄の棒のようなものでガンガンしてうるさく困る」との苦情が。それでも私がアパートにいる間は何事もなく、証拠がつかめません。

それからは苦情が何回も入ってくるようになりました。そこで、Aさんの部屋の玄関前に行ってドアチャイムを鳴らすのですが、出てきてくれません。Aさんと話ができないまま、仕方なく羽生市(自宅)に帰ってくることの繰り返しでした。

ますますひどくなる酒乱入居者

私は、連帯保証人のCさんを訪ねました。ところが保証人は「今までいっぱいAさんのことで迷惑をかけられていて、これ以上は何もできない」ということで話にならないのです。「大家さんで何とかしてくれ」の一点張りです。保証人の奥さんには「大家さんが何とかしろ」と怒鳴られました。

どうもこのAさんは酒乱だったようで、前のアパート、その前のアパートも、大家さんからの苦情で引越してきたようです。引越すときは保証人が必要なため、今回もCさんが保証人になって引越したのです。CさんはもちろんAさんが前から酒乱で失敗していることは知っていました。その頃はまだ私も賃貸保証会社は使っていませんでしたし、保証会社の知識もあまりありませんでした。

私も困ってしまい、Cさんに「Aさんの親戚は居ないのですか?」と聞きましたら「遠くにいるらしい」との返事です。そこでCさんに、Aさんからなんとか聞き出してもらい、Aさんの実家は○○県とのことがわかりました。

そんなことをしているうちに、1カ月位が経ってしまいました。ますますAさんの酒乱はひどくなるばかりです。毎日アパートの入居者から電話がかかってきて「また暴れているよ…大家さん何とかして、そうじゃないと出ていくよ」と言われてしまうようになりました。暴れているということで羽生から駆けつけると、Aさんは部屋に入ってしまい、声をかけてもチャイムを鳴らしても出てきてくれません。毎回そんなことの繰り返しです。

そんなある日、Aさんの真下の部屋の方が退室することになりました。退室届には「一身上の都合」と書かれていましたが、退室立会いの日に率直に聞きました。「どうして退室するのか教えていただけませんか…」と。すると、やはり上のお部屋が夜になるとお酒を飲むとうるさくて、最近は昼間でもお酒を飲んで部屋の中で騒いでいる。「とてもじゃないが怖くて暮らしていられない」とのことです。

私が一番おそれていたことが起きてしまいました。Aさんの苦情がくるたびに入居者が言っていたことは「これでは安心して暮らしていられない」とのことです。安心して暮らせないということでは、お部屋を退室するしかないということになります。

何とかしなければ、私のためにも、アパートの皆様に安心して暮らしていただくためにも。もちろん裁判を起こすこともできますが、それには時間とお金がかかります(お金の問題ではないですね…)。それでは根本からの解決になりません。

何でもやれることをしてみようと思い、まずアパートの皆さんに安心してもらうために、毎晩Aさんの下のお部屋(退室した部屋)に羽生から仕事が終わった夜7時頃から布団を車に積んで片道80分をかけて、お泊まりに出かけました(セルフサービス・1泊無料のお泊まりです)。

隣の部屋の入居者から「あれっ、大家さんどうしたの?」と聞かれたので、Aさんの部屋を指さして「泊まりに来たのよ」と言うと「分かった、分かった」という様に頷いて、部屋の中に入っていきました。

たぶんAさんも、私が来ていることを知ったのでしょう、その夜は何事もなく静かで穏やかな夜でした。私も布団の中で穏やかな(?)夢を見ていました。次の日の朝5時半頃には起きだしてアパートの外の掃除を始めていました。6時頃になると入居者の中でも早い方は仕事に出かけだします。私が箒で掃除をしていると「大家さんこんなに早くどうしたの?」と声をかけてくれます。

私が「おはようございます」と言いながらAさんの部屋を指さすと、入居者は「分かった、分かった」と言う様に頷きながら出かけて行きました。その日の朝は、そんなことを他の入居者とも何回も繰り返しました。

その夜も仕事が終わって羽生から泊まりに来て、Aさんのお部屋の下の部屋で寝ました。その夜も静かな夜でした。次の日の朝も早くから起きて、アパートの皆さんが出勤するときに、よく見えるところで草取りをしていました。

なぜ、アパートで朝早くから草取りや掃除をしているのか? それは掃除や草取りが目的ではないのです。大げさに言えば、大家はきちんとこの問題に向き合っています、入居者が安心して暮らしていけるように対処していますということを入居者全員にアピールすることが大事なのです。これによってトラブルによる退室がなくなるのです。

そんなことを毎日繰り返していると、Aさんとも話ができるときがあります。最初は他の入居者と同じように「Aさん、おはようございます。行ってらっしゃい」と声かけします。何日か声をかけていると返事が返ってくるようになりました。Aさんもお酒を飲まなければ良い人なのです。

そんなことを半月ほど続けた頃のことでしょうか。私の携帯に例のアパートの入居者から「大家さん、○○号室の人(Aさん)が昨日の夜、駅前でお酒を飲んで大暴れして、警察にいるようだよ」との連絡がありました。さっそく警察に行って聞きましたが、教えてくれるはずもありません。

次は保証人のCさんのところに行って、翌朝一緒に警察へ面会に行くことになりました。警察に行くと、そこには本当にAさんがいました。Cさんと2人で身元引受人になって引き渡してもらいました。このことでやっとAさんと、話し合いができるようになりました。

これは酒乱という病気です。病気なら病気を治さなければいけない。それなら、病院へ連れて行くこと。(お酒を飲まなければ本当に良い人なのです、お酒がだめにするのです)

そこで、私とCさんと一緒にAさんがお酒を飲んでいないときに、話し合いを何度か持ちました。もちろん時間と根気のいる話し合いです。5回の話し合いののち、何とかお医者さんに行くことになりました。Aさんは「俺は病気ではない。なんで病院に行くんだ。嫌だ」の一点張りです。そこを何とか病院へ行ってもらうことになったのです。

それには、私の最後の一言が効きました。「病院に行かないのなら、裁判に訴えてでもAさんに部屋から出て行ってもらうから」の一言でした。やはり毅然とした態度が大切ですね(それともこれは半分脅しになるのでしょうか…Aさんの体のことを思ってのこともあるんですけどね)。

やっとのことでAさんが前にかかっていた病院へ、私が車で送っていきました。診察室の前で待っています、もちろん診察室には入れません。1カ月くらい通院したところで保証人のCさんが呼ばれて入院を勧められました。が、Aさんは絶対に入院はいやだとのこと。それで仕方なく前に調べておいた実家の方へ電話しました。ここでも実家のお兄さんは「あいつ(Aさんのこと)には迷惑のかけられっぱなしなので縁を切っている、そちらで好きなようにしてくれ」とのことでした。そこでまた少しのおせっかいです。

Aさんの実家(他県)のお兄さんのところに私が電車で会いに行きました。「入院するには血縁者のハンコが必要とのことです。Aさんがこのままではお酒のために体を壊して死んでしまうことにもなる」とお兄さんを説得して、次のお医者さんの日に、Aさんには内緒にして来ていただくことになりました。なんとかAさんも入院することができて、これでお酒と縁が切れるようになれば良いなと思いました。

Aさんの住んでいたアパートのお部屋は、お兄さんとCさんに解約の手続きをしていただきました。私のお力添えはここまでです。風のうわさではまだお酒とは縁がなかなか切れないとのことだそうです。それでもこれがAさんの希望、これで良いとなればそれも人生ですね。人に迷惑をかけないで、体を壊さないように、美味しいお酒を飲むようになっていただくことをAさんには願ってやみません。

大家業をしていていつも感じることは「全員に共通の普通とか、常識とかは無い」ということです。一人一人の常識があって一人一人の普通があるということです。