今年6月の新法施行を控え、何かと話題が尽きない民泊業界。一方、新法以降は営業日数を制限する「180日ルール」が課される(特区を除く)ほか、自治体独自の条例で運営が制限され、思うように収益を上げられない可能性も高い。そうした中、手堅くインバウンド需要の恩恵を受けられる業態として「簡易宿所」(簡宿)の営業許可取得に注目する投資家もいる。

旅館業法に則ったいわば「正攻法」だが、旅館業は融資が付きにくく、アパマン経営とは異なるノウハウも求められるため、なかなか手を出しづらいのが実情だろう。

それでも、高いハードルを越えてオープンにこぎつけた例もある。今回は、そうした投資家の奮闘の日々を通じ、宿泊施設運営のリアルを追っていきたい。

拡大する「簡宿」へのコンバージョン

簡易宿所は、旅館業法における業態の1つ。ほかの業態としてホテル・旅館などがあるが、1つの部屋を多人数で共用する点が簡易宿所の特徴だ。近年、この簡易宿所の数は増加の一途を辿っている。特にここ数年はその傾向が顕著だ。厚生労働省によると、例年500~800件程度の増加であった簡易宿所の施設数が、2016年度は前年から2390件増加、3万件に迫る勢いを見せている。

簡易宿所施設数の推移(厚生労働省『衛生行政報告例』2007年~2016年を元に編集部が作成)

増加の背景の1つとして考えられるのが、今年6月に施行される民泊新法の影響だ。今年1月、観光庁が違法民泊(旅館業法の許可を得ていない民泊施設)をサイトから削除するよう、民泊仲介業者に要請したことや、無許可営業の罰金が3万円から最大100万円に引き上げられたことなどから、今後はこうした違法民泊施設の淘汰が進むとみられている。その点、簡易宿所は旅館業法に基づく正式な宿泊施設であり、予約サイト経由での集客も可能。今後は違法民泊の受け皿になるとの見方が広まっているのだ。

こうした動きを見据え、大手不動産業者やベンチャー企業がオフィスビルなどを簡易宿所にコンバージョンする動きが出ている。IoTデバイスの活用で「スマートホステル」のコンセプトを打ち出した「&AND HOSTEL」もその1つだ。 

同施設は、受付時に貸し出したスマートフォンや部屋内にあるAIスピーカーで、鍵の開閉や照明の点灯、エアコンのオン/オフなどが行える体験型宿泊施設。今年1月にオープンを迎えた東京・秋葉原の店舗では、築33年、S造4階建てのオフィスビルを改装して簡易宿所にコンバージョンしたという。これまで福岡、浅草北、上野、秋葉原、神田に5店舗を展開し、80〜90%超の平均稼働率を維持している。

3600円から利用できるドミトリータイプ。Wi-Fiや手元灯を完備(&AND HOSTEL秋葉原)

前提条件はクリアできるか?

インバウンドを中心とした新たな需要を合法的に取り込める点は大きな魅力だが、簡易宿所へのコンバージョンで安定した収益を上げることは容易ではない。 第一に、宿泊施設である以上、立地の良さが前提条件になる。

前出の「&AND HOSTEL」のプロデュースを手掛けるand factoryの石田育男氏は「宿泊施設運営の成功には何よりも立地が重要」と強調する。

「都市部のターミナル駅から徒歩5分圏内、また道路付けがよいことは最低条件でしょう。また稼働率を高めるためには訪日外国人旅行客の取り込みが何より重要で、海外のOTA(Online Travel Agent=オンライン上で取引を行う旅行会社)の攻略も必要です。IoTを活用した宿泊体験の提供は、これらを前提とした更なる付加価値という位置付けです」

さらに旅館業法や消防法、建築基準法といった法への適合に加え、保健所からの許可も得る必要がある。一般的なリフォーム・リノベーションとは異なり、法適合を前提とした改装工事が求められるという特徴もある。

それでも、さまざまな障壁を乗り越えて宿泊施設運営をスタートさせた投資家もいる。以降ではその実例をいくつか紹介していこう。

内装リフォームとコンバージョンは「別物」

[CASE1 オフィスビルからのコンバージョン]

現在7棟56室の物件を所有する兵庫県在住の投資家・えべっちゃん氏は、昨年、築44年の4階建てRC造オフィスビルを1400万円で購入し、簡易宿所にコンバージョンした実績を持つ。1階に店舗、2階には受付を兼ねるカフェ、3階と4階は簡易宿所を取得してゲストハウスを運営している。

市内のターミナル駅から徒歩5分と立地面の条件はクリアしていたが、初めての経験ということもあり、さまざまなリスクを想定して物件価格と同額のコンバージョン予算を準備した。それでも想定外の出費が重なり、結果的に100万円以上の予算オーバーが生じたという。

「まず苦労したのは施工業者の選定でした。簡易宿所として営業するには保健所の許可が必要になります。宿泊者の安全を守るために防火の規定をクリアしなければならないのですが、この場合、どのような材料でどのような施工が必要なのかといった特殊なノウハウが必要になります」

内装リフォームの実績が豊富な業者でも、コンバージョンの経験がなければ見積もりが安全側に寄ってしまい、オーナー側の採算が合わなくなってしまう。工事費が合わなければ当然、事業としてスタートすることができない。この物件では結局、店舗運営の経験が豊富な大家仲間の紹介で、ようやく予算に合う業者を探すことができたが、それでも当初の予定より2カ月余計に時間を取られ、想定を超える費用がかかってしまったという。

インフラと備品もコストアップの要因に

オフィス系物件からコンバージョンする場合、インフラの仕様が異なる点にも注意が必要だ。一般的にオフィスビルで使われているガスや水道は細く、宿泊施設では容量が不足する可能性が高い。もし購入後に容量不足に気づいた場合、最悪のケースでは前面道路を割ってガスや水道を引き直さなければならなくなる。

「今回の物件は、ガスの容量が足りない恐れがありました。幸い1階のオフィスは電気温水器を使用していたためどうにか調整できましたが、プロパンを置くスペースもなかったので、危うくコストが大幅アップするところでした」(えべっちゃん氏)

改修前のオフィスビル外観(左)と内部(右)の様子

また宿泊施設ならではの備品にもコストがかかる。代表的なのが「ベッド」だ。そもそも旅館業法における簡易宿所は「多人数で共用する施設」であり、保健所の許可に基づいて二段ベッドを設置できる。ところがこの二段ベッドにも保健所から厳しい指導が入るとえべっちゃん氏は話す。

「布団を敷いた状態で、ベッド下段の上面からベッド上段の底面まで1m以上取ることが求められます。既製品のベッドではこうした制限に適合できないので、オリジナルで制作するしかありません。幸い、この物件では同じエリアで簡易宿所を計画中の大家仲間がおり、共同でベッドを制作することができました。費用は輸送費や倉庫管理費を含め、16台で110万円程度です」

保健所が定める条件下でベッドを2段にするとなれば天井高は最低でも2.4m必要だという。既存物件の天井高を上げることは困難であるため、こうした条件を事前に知らなければ二段ベッドが設置できず、レンタブル比(賃貸面積比)にも大きな影響が生じることになる。

紆余曲折を経てオープンにこぎつけた今回の物件。2か月が経過した現在の稼働率は約40%で、1棟の利回りは18%程度だという。話を聞く限り簡易宿所の営業はかなり難易度が高い印象を受ける。

改修工事後のオフィスビル外観(左)と内部(右)。2フロアに16台のベッドを設置した

「オフィスビルのコンバージョンには、好立地が生かせていない物件を再生する喜びを味わえるという魅力があります。一方、純粋に収益だけを考えた場合、時間や費用がかかり、リスクも通常よりずっと高い。正直なところ、あまり一般の投資家さんにはオススメできないというのが本音です」(えべっちゃん氏)

もし挑戦するなら、リスクを見据えて資金的な余裕を持つことはもちろん、旅館業の経験をもつ大家仲間や簡易宿所に詳しい建築士など、チームを組むことが欠かせないと言えそうだ。