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私は、1986年(28歳)から不動産経営を始めました。

当時は、3点ユニット式・15平方メートルのワンルームマンションが1200万円程度でしたが、1700万円、2000万円、2500万円と上がっていきました。

調達金利も高かった当時、持ち出しも2万円、3万円、4万円、8万円と上がっていきました。それでも何故不動産投資をしたかというと、当時は持ち出しは貯金感覚で、やがてローンが終われば家賃はほとんどまるまる手残りとなり、年金代わりになると思っていたからです。当時は、家賃も不動産価格も上がっていたという背景もありました。

その後も、3000万円・持ち出し10万円ということとなりましたが、さすがの私もそこでは踏みとどまりました。

後から考えれば、その為、首の皮1枚で生き延びることができたのではないかと思います。

平成バブル崩壊

私が新規購入を控えた後も、4000万円や、果ては新宿のワンルームマンションが1億円にまでなりました。

私にも、4000万円で売ってくれといった電話がしょっちゅう来ていました。バブルピークで買った人は、持ち出しは20万円といった感じだったそうです。ここまでくると収支・キャッシュフローは度外視で、値上がり益期待でしょう。物件の評価方法は収益還元法・積算評価法ではなく、近隣価格比較法が主でした。

そして1990年、平成バブル崩壊!!

1億円までいったワンルームマンションは、1000万円程度に大暴落。借金の額は変わりません。融資も付かない為、買う人もいませんし、又、値下がりで抵当権も抹消できず、売るに売れません。

その原因はといえば、国が不動産融資禁止令(総量規制)を出したからです。役所というところは仕事が遅いものです。とっくに景気は下降に入っているにもかかわらず、数年前のまだ景気が過熱しているという古い情報をもとに、不動産融資禁止令を出してしまったのです。

これは、血流を止める、下り坂を降りている人達を後ろから崖下に突き落とすに近い行為です。

日本は不動産担保をベースに金融システムが成り立っているのですから、不動産価格を、上げないならまだしも下げるような政策はとってはいけないのです。そんなことをすれば金融システムは崩壊してしまいます。

日本はそれ以来、30年間にわたって不景気が続いているのです。サブプライムローン、リーマンショック等バブル崩壊時の株価を上回っていないのは、日本くらいのもののようです。

なにせ、バブル期日経平均ピーク4万円弱だったものが、バブル崩壊後最悪は6000円台。2000年ITバブル、2005~2008年海外ファンドミニバブル、2012年末~2018年アベノミクスミニミニバブル等、一時的に景気が良くても2万円程度と、ピークの半分程度なのです。

平成バブル崩壊後

平成バブル崩壊後はと言えば、どんな不景気になっても、人は住むところは必要ですので、家賃はさほど下がりませんが、物件価格のみが下がった為、利回りは上昇していきました。

更に、不景気で調達金利も下がり、キャッシュフローも出易くなりました。
家賃のみでローンが返せる、手残りも出るようになりました。

いい条件(低金利・長期間等)で資金調達し、優良物件を割安価格で購入できれば、キャッシュフローも出るようになりました。低金利で資金調達し、高利回りで運用できる、つまり梃子の原理を活用できる時代になったのです。

これができるのは、今の日本だけのようです。昔の日本ではできませんでしたし、現在の外国でもできません。

今、不動産経営で成功し、出版等で有名になっている先生方は、ほとんどこの頃始められた方々です(私はといえば、バブル崩壊の失敗も負っています…)。その代わり、資金調達には苦労します。

逆に言えば、属性が良く資金調達できる人、現金購入できる人は、買い手市場でライバルの少ない中、バーゲン価格で購入できるのです。

ところで私はといえば、貧乏サラリーマンで属性は良くないので、比較的高金利のノンバンクやカード会社、最悪は現金購入で、更に高利回りの物件を買い進めました。

御陰様でバブル崩壊のマイナスを補え、その後、又、融資受けできるようになりました。