「父ちゃんのおうちはどこにあるの?」――。大家業を始める前、いわゆる「社畜」だった頃にお子さんから投げかけられた言葉だ。

大学を卒業後、10年間に渡って広告業界でデザイナーとして活躍していた小嶌さん。しかし華々しいイメージとは裏腹に、超がつくほどの激務に追われる毎日。会社での泊まり込みは当たり前、平日はほとんど家に帰ることができず、オフィスの床に段ボールを敷いて仮眠を取るような過酷な日々を送っていた。

「一流雑誌のカメラマンと一緒に撮影をしたり、CM制作に携わったりと大きな仕事に恵まれていたこともあり、やりがいは感じていました。ただ、激務にも関わらず収入はなかなか増えなかったんですよね」

当時の年収は約400万円、手取りにして25万円程。手掛けていたのは主に紙媒体のデザインであり、広告が紙からWebへと移行していく中では給料アップなど望むべくもない。将来に対する漠然とした不安はあったものの、日々の仕事に忙殺され、目の前の案件をとにかく片付けていくしかなかった。

「大家業を始めた今だから気が付けたことですが、サラリーマン時代は目の前のことしか見えないんですよね。とにかく忙しいし、立ち止まったら倒れてしまうような怖さもある。今の会社で働き続ける以外の選択肢なんて考えられませんでした」

平日は激務をこなしつつ、週末はそのストレスを吐き出すかのように街に繰り出して派手に遊ぶ――。時には借金の取り立て屋や、繁華街で道行く人に殴られる「どつかれ屋」など過激なアルバイトをしたこともあった。それでもベースにあったのはサラリーマンとしての自分であり、平日になればまたいつものように激務をこなす。そうしていつしか、身も心もボロボロになっていった。


大家業へ転身するきっかけとなったのは「マイホームの購入」だった。結婚後、2人の子供にも恵まれた31歳の頃である。妻の「家がほしい」という言葉に、マンションのショールームやモデルルームに足を運ぶようになった。

「いわゆる『賃貸か持ち家か』という決断を迫られたわけですが、これまで将来についてちゃんと考えたことなどありませんでしたからね。家を買うと言ったって、何を基準にどう決断すればいいかなんて分かりません。そこで、まずはファイナンシャルプランナーの方に将来の収支についてシミュレーションしてもらったんです」

結果を見た小嶌さんは、グラフ化された自分の将来に絶望したという。シミュレーションによると、年収は今後増えたとして500~600万円程度で、これをピークに徐々に減っていく。一方、子供の成長に合わせて学費などの出費は増えていくことになる。そこに住宅ローンの支払いが加われば収支はマイナスにもなりかねない。

「それまで自分の時間をすべて捨て、それこそ命を削って働いていたんですが、限界が見えてしまった気がしました。正直、『これ、生きてる意味あるんかな……』と思いましたね。でも、これが将来やお金に対してきちんと向き合うきっかけになったんです」

そこで、まずは「自宅」という視点から不動産についての勉強を始めた。そして、シミュレーションの結果や現在の年収、将来起こりうるリスクを想定し、持ち家にかける費用は極力抑えることを選択。中古の区分マンションを購入して住むことにした。

区分マンションの購入から2年がたった頃、妻から今度は「中古の一戸建てでいい物件があるので引っ越さないか」と相談を受ける。調べてみると、価格はほぼ土地値と、お買い得な物件であった。立地が今よりよかったこともあり、住んでいた中古区分マンションを売却、新たに住宅ローンを組んで戸建てに住み替えることにした。

「住み替えたことで月々の返済額が大幅に減り、家計がずいぶん楽になりました。月々のランニングコストを抑えられれば、こんなにも暮らしにゆとりが生まれるんだ、と実感しましたね。不動産の力ってすごいな、って感じました」

これを機に、サラリーマンの仕事を続けながら、世の中の仕組みや経済の仕組み、お金についての基本的な知識を身につけていく。そうして投資についてのさまざまな本を読み漁るうちに、不動産で家賃収入を得る大家さんに憧れを抱くようになっていった。

いざ、不動産投資の世界へ

記念すべき1号物件は、1974年築の木造長屋だった。価格は90万円。近隣の不動産業者に「100万円未満の物件が出たら教えてほしい」とお願いしてまわった末、半年後にようやく見つけた物件だ。価格は90万円だったが、リフォーム費用も考慮すると、総額で150万円は必要だと思われた。

「当時もまだサラリーマンを続けていましたが、給料は安いままだったので自己資金は50万円しかありませんでした。そこで妻や父に土下座して、それぞれから50万円を借りてなんとか150万円の資金をつくって購入したんです。自宅を買ってから3年後のことでした」

購入後のリフォーム作業はもちろんすべてDIYだ。平日はサラリーマンとして働き、休日になれば現場に通う日々。父親や知人に手伝ってもらいながら、半年の期間をかけてなんとか完成させた。

リフォーム前の1号物件外観(左)と内部(右)

リフォーム後。白を基調にしたさわやかな空間に生まれ変わった

「デザインのお手本にしたのは、住宅ではなく手作り感のあるカフェや雑貨屋の内装でした。店舗デザインは流行の先取りをしていることが多いため、その後を追うだけでもイケると確信していたんです」

結果は大成功。地域の客付け業者からは『またこういう物件をやってほしい』という声まで上がるほどだった。結果、周辺の家賃相場よりも1万円ほど高い賃料で入居が決まった。利回りは約40%。小嶌さんが「ボロ物件再生」の確かな手応えを感じた瞬間だった。

1棟目の成功が自信となり、激安のボロ物件を購入しては再生するという手法で買い進めていった小嶌さん。1号物件の購入から約2年半が経った頃、所有物件は4棟17戸となり、毎月の税引き後キャッシュフローは30~40万円程度になっていた。

「これ、サラリーマンの手取りより多いな……」

そう考えた小嶌さんは、ここで脱サラを決意する。このキャッシュフローでは時期尚早だという見方が一般的かもしれない。しかし、サラリーマンとして激務をこなしつつ、大家業でも手を抜けない状態が続いていたため、精神的にも肉体的にも限界ギリギリの状態だった。そんな小嶌さんにとって「少しでも早くこの苦境から脱し、自由な時間を手に入れる」ことが何よりも重要だったのだ。

そうして自由を手に入れた小嶌さんは、その後もボロ物件の再生でさらに規模を拡大していき、今では借り入れ総額1億2000万円、年間家賃収入は4000万円を超えるまでになった。では、どうやって再生可能なボロ物件を見極めているのか。

「僕の場合、風呂の状態で再生の可否を判断することが多いですね。リフォームのコストが一番かかりますから。明確な判断基準はないんですが、『自分がこの風呂に入れるかどうか』で決めています。あとは、とにかく1件でも多くのボロ物件を見て回ることですね」

自宅に隣接する長屋の一部を購入し、仕事場にリフォーム

加えて、ボロ物件に詳しい仲間を見つけることも重要だという。

「自分1人だけでゼロからボロ物件再生をするのは難しいかもしれませんね。たとえばもしいい物件を見つけても、普通の業者にリフォームをお願いすると施工費が高くなる。ボロ物件の経験が豊富な業者を知っていれば、『最低限ここまでやれば住める』というラインが分かるので費用が抑えられるんです」

物件価格が高騰している現在では、そもそも90万円の物件を探すことは困難かもしれない。それでも、たった50万円の自己資金から脱サラを実現した行動力と生き方は、同じ境遇で苦しむ人に勇気を与えてくれる。「誰にでも真似できるものではない」という声も聞こえてきそうだが、こうした指摘に対して、小嶌さんは次のように答えることにしている。

「自分には小嶌の真似は無理だ、と思う人は、僕からしてみればそこまで困っていない人だと思う。僕の場合、つらい状態から抜け出す方法が他になかった。だからとにかく必死でできることをやりました。ここで必死になれない人は、他に選択肢があるとか、まだなんとかやっていけそうな人ってことなんじゃないでしょうかね」

「脱サラ」の後に見える景色

こうして念願の脱社畜を叶え、成功者となった小嶌さん。サラリーマン時代と今とを比べて、何が一番変わったと感じているのか。

「やりたくないことを全部やらなくていい。これが最高に幸せです。誰しも『明日の仕事、憂鬱だなあ』って日がありますよね? それが一切ないってすごいと思いません? いまの僕はそういう状態です(笑)」

行きたくないところには行かない、会いたくない人には会わない、食べたくないものは食べない、やりたくないことは、全部やらない。不動産投資に出会ったおかげでこれが実践できるようになったことに、最も幸せを感じている。

そんな小嶌さんは、同じく脱社畜を目指す人にこうアドバイスする。

「いま『やりたくないけど仕方なくやっている』ことを、全部紙に書いてリストアップするんです。そして、それらのイヤなことをやめるためには、それぞれお金がいくら必要なのかを考えてみてほしいんです。まずはそこを目指して頑張ってみてはどうでしょうか」

不動産投資においてもっとも重視しているのは「楽しいかどうか」だという。

「投資規模の話って、あんまり興味ないんです。それよりも増やしたその物件で、あるいは稼いだそのお金で、その人が何をやろうとしているのかに興味があります。例えば超高性能のパソコンを持ってる人がいたとして、使い道を聞いて『インターネットとメールです』って言われたらやっぱりワクワクしないし、がっかりするじゃないですか。不動産も同じだと思うんですよね」

現在、所有する120戸のうち約半数はシェアハウスだという。これらをすべて自主管理しているのも、「人と会うのが楽しいから」だと笑う。

「僕が管理しているシェアハウスでは、入居者全員と面談をしています。そんなのめんどくさいという人もいるかもしれませんが、面談は僕の趣味でもあるんで(笑)。大体の人は話してみると面白いですよ。特に大学生とか若い人と知り合う機会って普通に生きてると少ないので、彼らがどんなことを考えてるのかを知る貴重な場です。そして気付いたらLINEを交換して友達になってたりしますね(笑)」

また小嶌さんは、いま自らが置かれている状況を不思議に思うことがあるという。

「イヤなこと、やりたくないことを全部やらないようにしたら、なぜかみんなが褒めてくれるんですよね(笑)。やりたいことしかやってないのに、すべてがうまくいっている。でも、よく考えるとこのやり方は理にかなっているのかもしれません。だって、やりたくないことをそぎ落としていけばやりたいことだけが残るでしょ? そしたら残ったことに存分にエネルギーを注ぎ込める。楽しく生きることを追い求めれば、次第に成功の形ができてくるんじゃないかと僕は思ってます」

今後は地下アイドル専用のシェアハウス運営や、インスタグラムを使った学生向け物件の客付けに挑戦したいという小嶌さん。ハコとしての不動産を使って、人との出会いをとにかく「楽しむ」。これが小嶌流の成功哲学のようだ。

 

プロフィール

大阪府在住。1975年4月生まれ。芸術系の大学を卒業後、広告業界で約10年間グラフィックデザイナーとして活躍。2010年に50万円の自己資金で不動産投資を始める。ボロ物件を再生する手法で規模を拡大し、現在は所有物件20棟120戸、借り入れ総額は1億2000万円、年間家賃収入は4000万円に到達。著書に 「50万円の元手を月収50万円に変える不動産投資法(ぱる出版)」がある。

ぶっちゃけ本音トーク

最近はいろんな人に自分をさらけ出すようにしています。特にダメなところ、ヘタレなところを隠さずに言っちゃう。何なら通帳の中身も全部見せちゃえばいいんです。そうすればみんな腹を割って話してくれるし、困っている時にも助けてくれる。

気取ったり、自分を大きく見せたりすると、そういう自分を演じることに疲れちゃうと思うんですよね。最初からありのままを見せておけば、同じような人たちばっかりが集まります。こういう人たちでチームを組めば、不動産投資も有利に戦えるはずです。

だからみなさんも、まずは自分をさらけ出してみてください。そうすれば、気付けば周りに心強い仲間が増えているはずです。

こんなこと聞いてみました

Q.一日のスケジュールは?

A.日によって全然違いますが、まず犬の散歩をして、子供に服を着替えさせて、洗濯物を取り込んで、風呂を洗って…といった感じです。あとは大体、誰か人と会ってますね。仕事の話というよりは、ただしゃべってるだけですけど(笑)。

Q.投資家の友達は何人いる?

A.うーん、数え切れないな……。少なくともいま、チームで不動産投資をやっている仲間が150人くらいはいます。おかげで上流の物件情報が入ってくることも増え、危ない物件を掴む可能性も減りましたね。さっきも言ったように、不動産投資をチームで戦うと大きなスケールメリットが得られます。初心者の人ほど、まず最初に仲間を見つけることをオススメしたいですね。別に僕の仲間になれって言いたいわけじゃないですよ(笑)

Q.今後の目標は?

A.ピエール瀧さんみたいな人になりたいですね。俳優も声優もこなしてCMにも出てるうえに、本業の音楽も続けてて…まあ、ライブでは演奏はしないで着ぐるみで立ってるだけですけど(笑)。あのポジション、めっちゃおいしいくないですか?

あとは明らかに儲かると分かっている案件をスルーできるようになりたいですね。儲かるものすべてに飛びついていたらやっぱり時間がなくなって楽しくなくなりますから。でもそれって難しいんですよ。いま練習してるところです。