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こんにちは。銀座第一法律事務所弁護士、鷲尾です。

今回ご紹介するのは、入居者から入居時に申告された内容に虚偽が含まれていた場合、契約を解消できるかというご相談です。

所有する物件で家賃を3カ月滞納している入居者がいました。調べてみると、アリバイ会社を使って実体のない勤務証明書や架空の源泉徴収票などを提出していたことが分かりました。入居時の申告内容に虚偽がある場合、オーナーは詐欺を理由に契約の無効を主張することはできるのでしょうか?

虚偽の申告は背信行為。詐欺を理由とする契約の取り消しも可能と考えます

アリバイ会社というものがある

「アリバイ会社」などというものは初めて聞いた、そんなものがあるのかと驚かれる方もおられるかもしれません。

試しにインターネットで検索してみると、堂々と「アリバイ会社」と銘打って自社の広告をしている会社がいくつもヒットします。どういうサービスを提供しているかというと、実際にはその会社に本人が勤務していないのに、虚偽の給与明細や源泉徴収票、在籍証明書などを発行したり、在籍確認の電話に対応したりして、依頼者がその会社に勤務しているかのように見せかけるというものです。

もう10年くらい前になりますが、私は、アリバイ会社を経営して脱税で摘発された元社長から、脱税事件とは別の相談を受けたことがあり、そのときにこうしたビジネスがあることを初めて知りました。そんなビジネスが続くはずはないと思っていましたが、インターネットをみると、むしろ拡大しているのかもしれません。

年収や就業の有無を偽るのは背信行為

賃貸借契約は、貸主と借主との信頼関係に基礎をおく継続的な契約関係です。法律上、借主は強く保護されており、一度、賃貸借契約を結ぶと貸主の都合によって契約を解消することは容易ではありません

また、契約関係が長期に渡り継続するため、借主が安定して家賃を支払っていけるか、建物のルールを守って適切に使用してもらえるかなどは、貸主にとっての重大な関心事です。

そのため、入居者の決定には慎重な判断が必要となるので、通常は入居審査が行われます。職業や年収、勤続年数などは、家賃を安定して支払っていけるかどうかなどを判断するための直接的な材料となります。

仮に提出された在籍証明書や源泉徴収票が虚偽のものであり、これがアリバイ会社の作成したものであることが契約時に分かっていれば、貸主がその申込者と契約をすることはあり得なかったはずです。このような、賃貸借契約を締結するかどうかを判断するにあたっての重大な判断材料となる事項を偽る行為は、貸主に対する重大な背信行為となります。

ご相談のケースのように、アリバイ会社の作成した源泉徴収票などを提出して賃貸借契約を結ばせて、さらには3カ月分の家賃を滞納しているとなれば、貸主と借主との間の信頼関係は完全に破壊されたということができるでしょう。したがって、貸主は賃貸借契約を解除することができるでしょう。

では、申告内容に虚偽があっても、家賃は滞納なく長期間に渡ってきちんと支払われているという場合、解除は可能でしょうか。

これまで説明してきた通り、虚偽の申告を行うことは貸主に対する背信行為です。しかし、賃貸借契約を結んでから長期間が経過していて、その間、家賃の延滞などは一切なく、その他の借主としての義務違反行為もないという場合だと、契約の解除はなかなか認められないでしょう。

もちろん、契約書等に「入居時の説明に重大な虚偽があった場合、賃貸人は契約を解除することができる」というような条項があれば賃貸借契約を解除できる可能性は高まるのですが、それでも必ず解除が認められるとは限りません。

なぜなら家賃が長期に渡り滞りなく支払われているとなると、借主の生活の安定ということがある程度、重視されてしまいがちなのと、申込時の収入等に関する説明に虚偽があったのが事実だとしても、そのことが家賃の安定的な確保という貸主のニーズに反したとは直ちに言えなくなってしまうからです。

詐欺を理由とする取り消しも可能

民法では、詐欺による意思表示は取り消すことができると定められています。詐欺があったとしても、契約が当然に無効となるわけではありませんが、契約を取り消せば、その契約は始めからなかったことになるので、結果的には契約が無効だったのと同じです。

これは民事事件ではなく刑事事件の例ですが、入居申込書の勤務先欄に「有限会社○○」、勤続年数欄に「6年」、年収欄に「430万円」と虚偽の記載をしたことが詐欺罪にあたるとして起訴された事件があります。

この事件で被告人は、実際には契約までの約1年間に知人が経営するリフォーム業の仕事を日当1万円で20回から30回手伝ったことがあるだけだったと認定されています。

この事件で裁判所は、就労実態や収入について虚偽の事実を告げ、安定した就労と相当額の収入があるように装って賃貸借契約を締結させたとして、賃借権の詐欺を認めました

可能性は80%以上

改めてご相談のケースについて考えてみましょう。

アリバイ会社を使って架空の在籍証明書や源泉徴収票を提出し、これによって賃貸借契約を締結させたもので、さらに3カ月間の家賃滞納という事情があるので、賃貸借契約の解除は可能でしょう。

では、詐欺を理由として賃貸借契約を取り消すことができるでしょうか。民法上の詐欺による取消しが認められるためには、詐欺によって相手方(貸主)が錯誤に陥ってしまい、虚偽の事実を真実と信じて契約したと言えることが必要です。

したがって、詐欺の内容が貸主がその者を借主として契約を結ぼうと決めるにあたっての重要な判断要素に関わるものであることが必要となります。

例えば入居申込みにあたって、年齢や家族構成などを偽ったとしても、それだけでは詐欺による契約の取消しは認められないでしょう。

しかし、ご相談のケースは、アリバイ会社を使って積極的に大家さんを騙し、しかもその内容は、年収や勤務先への在籍という貸主が契約を締結するかどうかを判断する重要な要素にかかわるものです。

こうした重要な要素について虚偽であり、しかもアリバイ会社を使っていたということが分かっていれば、貸主は当然契約をしなかったでしょう。したがって、ご相談のケースでは、詐欺による契約の取消しも可能でしょう。詐欺による契約の取消が認められる可能性は80%以上と考えます。

(鷲尾誠)