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相続税対策として、物件を購入したり、遊休地にアパートを建てたりといった方法が長らく流行してきた。バブル期から続く古典的な手法だが、現金や更地で所有しているよりも相続税評価額を圧縮でき、大きな節税効果が得られる。そのため大手アパートメーカーなども「相続税の節税」をうたった営業を展開してきたという経緯がある。

ところが昨年5月、国税不服審判所のとある裁決事例(平成29年5月23日裁決)が、こうした節税に「待った」をかけたと話題になった。「今後、不動産による相続税の節税ができなくなるのでは?」との声もあがったが、実際のところはどうなのか。複数の専門家に取材した。

2分でわかる裁決事例の「あらすじ」

まず冒頭で述べた昨年5月の裁決事例について、概要を簡単に説明しておこう。
登場人物は、被相続人(財産の所有者)である男性と、相続人(亡くなった被相続人の財産を相続する者)である妻、長女、長男、二男、そして被相続人と養子縁組を結んだ孫(二男の長男)の6名だ。被相続人が亡くなった場合、妻ら5名の相続人に、相続税額を引いた分の財産が渡ることになる。

今回の事例は、被相続人が亡くなる約3年前、銀行からの借入金を使って賃貸物件 を購入。そして相続開始の約半年後、同物件を購入時とほぼ同額で売却したというもの。これによって相続財産を大きく圧縮(詳細は後述)し、相続税の大幅な節税を試みたのである。

ところが申告を受けた税務署は、相続人らの相続税申告額が過少であったとして、更正処分 (税務署による納税額の修正)及び過少申告加算税を課すことを決定。相続人らはこの決定を不服として「国税不服審判所」(課税処分などに不服がある場合、異議申し立てや審査請求を行う機関)に訴えを起こした。しかし国税不服審判所は、税務署の決定を支持、相続人らの審査請求は棄却された。

これが今回の裁決の大まかな流れである。端的に言えば「不動産を使った相続税の節税が税務署によって否定され、国税不服審判所もそれを支持した」という話だ。

なお本件はあくまで国税不服審判所による「裁決」であり、裁判所による「判決」ではない。相続人らは今回の国税不服審判所の裁決に不服がある場合、裁判に持ち込むこともできる。

とはいえ、これまで当たり前に行われてきた「不動産による相続税の節税」を否定する内容であることに変わりはなく、それゆえにインターネット上など一部で注目を浴びているのである。

なぜ不動産の購入が節税になるのか?

本題に入るまえに、そもそも賃貸物件の購入がなぜ、相続税の節税につながるのかについて触れておきたい。

相続税の税額計算では、まず被相続人が亡くなった時点での遺産額を示す「相続税評価額」を、原則として国税庁が定める「財産評価基本通達」に基づいて決定し、そこから基礎控除額を差し引くなどした後、税率を乗じて納税額が決定される。つまり、この「相続税評価額」をいかに圧縮するかが相続税節税のポイントであり、ここが不動産と大きく関係してくる。

以上を踏まえて、不動産を使った相続税評価額の圧縮方法を具体的に見ていこう。

1.現金を不動産に換えると評価減
例えば遺産がすべて現金の場合、預貯金などの金額がそのまま相続税評価額となる。一方、不動産の相続税評価額については通常、土地は「路線価」、建物は「固定資産税評価額」が適用される。一般的に路線価は時価の約80%、固定資産税評価額は時価の約70%程度とされていることから、現金を土地+アパートなどの不動産に換えるだけでも、相続税評価額を75% 程度に圧縮でき、節税につなげることができる。

2.「貸家建付地」による評価減
更地に比べ、アパートやマンションなどの賃貸物件が建っている土地は相続税評価額が減額される。ポイントとなるのは「貸家建付地」だ。更地の場合、路線価がそのまま評価額となるが、そこに賃貸住宅が建っていれば「貸家建付地」となり、評価額が減額される。賃貸中の土地は、所有者側からするとその利用が制限される。そうした事情を考慮し、このように評価額が減額される仕組みがつくられている。

3.「小規模宅地等特例」で50%の評価減
相続税には、納税者保護の観点からいくつかの特例が存在する。中でも大きな節税効果をもつのが「小規模宅地等特例」だ。面積や用途などいくつかの要件を満たすことで、被相続人の住居であれば80%、アパートなどの賃貸物件であれば50%と、大幅に評価額を減額できる。

以上の3点が、不動産が相続税の節税につながる主な理由である。

今回はなぜ認められなかった? 専門家の見解は…

ではもう一度、裁決の事例を詳しく振り返ってみよう。一般的な不動産と相続税の関係を当てはめた場合、相続人らは本事例において、以下4つの方法で相続税評価額を圧縮していると思われる。

(1)銀行からの借入金が不動産に換わった時点で、土地は路線価、建物は固定資産税評価額による評価となり、相続税評価額が圧縮された

(2)購入した物件が賃貸物件であったため「貸家建付地」の評価が適用され、評価額がさらに圧縮された

(3)「小規模宅地等特例」が適用され、さらに評価額が圧縮された

(4)被相続人は物件を借入金で購入していた。借入金は相続開始時においてマイナスの資産となるため、プラスの資産から差し引かれることとなり、さらなる財産の圧縮が実現された

こうして相続人らは節税を試みた。しかし税務署は、相続税評価額を通常の路線価+固定資産税評価額ではなく、不動産鑑定評価額によって決めるよう求めたのである。この決定の根拠となっているのが、いわゆる「総則6項」と呼ばれるものだ。

先述のとおり、相続税評価額は原則として国税庁が定める「財産評価基本通達」に基づいて決定される。

しかし、時価と相続税評価額の差額が大きい場合など、通常の方法で評価額を決定することが著しく不適当と認められる財産については、国税庁長官の指示のもと個別の方法で評価できる。これを定めているのが総則6項というわけだ。

今回の手法は、不動産を利用して相続財産の評価額を圧縮するという、現在から過去に至るまで広く採用されているものだ。それなのになぜ、本事例のケースでは総則6項が適用されることになったのか。

ここからは専門家の見解を紹介していきたい。

元国税調査官のさんきゅう倉田氏は、「あまりにも露骨すぎた」ことが決め手になったと指摘する。

「理由は大きく3点挙げられます。1つ目は、相続後すぐに物件を売却していること。 2つ目は銀行が作成した稟議書に、本件の融資が相続税対策としての不動産購入に向けたものであることが書かれていたこと 、そして3つ目が、相続の約4年前に孫と養子縁組を行っていることです」(さんきゅう倉田氏)

養子縁組は、言わば相続税対策の常套手段。相続税には、相続税評価額から差し引くことのできる「基礎控除額」というものがあり、その額は「3000万円+600万円×法定相続人」の式で求められる。

法定相続人とは、被相続人の配偶者と血族のこと。本事例のケースでは、妻と4人の実子、そして二男の長男である孫が法定相続人である。法定相続人が多いほど基礎控除額が増額され、節税につながることから、節税のために養子縁組が行われるケースも少なくない。

「税務署に喧嘩を売っているようなもの」

今回の裁決は今後、不動産を使った相続税の節税にどのような影響を及ぼすのか。

国税局OBでもある西田友博税理士は、「本件は納税者側の『やりすぎ』にお灸をすえる形であって、決して相続税対策の物件売買をすべて否定するものではないと考えます」と述べる。

相続直前の不動産の取得、またそれに伴う借り入れが債務として控除された結果、本来であれば多額にもかかわらず、相続税が全く算出されなかったこと、また被相続人が死去した直後に売却したことなどについて、 「相続税対策というか、相続税を免れるためにやった行為にしか見えない、喧嘩を売られていると税務署からしたら思うかもしれませんね」と西田税理士は指摘。そうした行為の積み重ねで、より一層厳しく対処されたのではないかと推測する。

納税者側は、今回の裁決に不服があれば訴訟を提起することも可能だ。そうなると、気になるのは訴訟になったときの争点。「さすがに今回の裁決で納税者側が主張した『相続税対策が主目的ではない』という言い分は通用しないでしょう。銀行の稟議書にも相続税対策のためだと書いてあるようですしね」(西田税理士)

可能性があるのは、相続税対策による不動産取得自体が認められないのか、ということを争点にするケース。 あるいは、今回の課税が国税局側による「恣意的な課税」ではないのか? といったことを争点にするケースだ。

「財産評価通達によらない場合というのは、今回の裁決でも納税者側が主張しているように、財産評価通達、つまり路線価に従うと相続税額が高くなってしまうため、納税者側の負担を下げる場合が通常です。ですが、今回国税局はそれを逆手にとって 、路線価にはよらない鑑定評価額を適用するとした。自己否定のような形で、自分たちがよりどころとしている錦の御旗を捨てたような気がしました。この部分が今後裁判で論点になれば興味深いですね」

不動産による相続節税は「付録」であるべき

今回の裁決はあくまで国税不服審判所の判断で、かつ、一般的に当てはめられるようなケースでもないため、これをもってただちに「アパート売買による相続税対策がまずい」となるようなものではないという。

とはいえ、「やはり、やりすぎれば租税回避になってしまう。相続税対策は『付録』みたいなものであるべきだと思います」と西田税理士は釘を刺す。つまり、あくまで賃料収入などのインカムゲインを得ることを主目的に賃貸経営をしていた結果、相続税も節税できた…というようなストーリーでなくてはいけないということだ。

西田税理士も、相続税対策をしたいという顧客からの相談に対しては、より慎重に方策を検討するそうだ。

「相続税を圧縮することがゴールになってはいけません。賃貸経営のメリットが例えば5つあるのだとしたら、その5番目くらいに『相続税対策』がある。そのくらいの優先順位に置いてほしいと思います」

一方、自身も親族から物件を相続した経験を持つ渡邊浩滋税理士は「今回の一番の問題点は、相続直後に売却をしていることだと思われます。しかし、これは結果論ですよね。例えば売却がうまくいっていなければ、果たして同様の判断になったのでしょうか?」と国税側の判断に疑問を投げかける。そういう点では「国税側の行き過ぎた判断のようにも思えます」。

ただ、こういった国税側の強硬な姿勢は、これまでの不動産会社の販売手法にも一因があるとも指摘する。「相続税の節税メリット」を大々的にうたったアパート建設や、タワーマンション節税手法など、「これまで不動産会社が相続税対策をあおってきた一面がある」(渡邊税理士)からだ。

今回の裁決だけではないが、今後もこうした事例が続けば、『相続税対策=否認の対象』という構図が作られ、「○○のハウスメーカーは相続税対策をうたっているから、全部否認する」といったことにもなりかねない。渡邊税理士は「基本的には、『やりすぎないこと』が、納税者側にも不動産会社側にもいいんじゃないでしょうか」と話す。

「目的が相続税を減らすことであっても、きちんと不動産賃貸事業としての側面を説明できるようにしておくことがなにより大切だと思います」

そもそも相続税の主な役割は「富の再分配」である。

総務省の調査によると、日本では現在、資産全体のうち60歳以上がその半分以上を保有している。2015年、相続税の基礎控除額が減税され実質の「増税」となったが、この狙いは、こうした状況を踏まえた富の再分配、そして高齢者が所有する資産を消費が活発な若年世代に移行させることにある。

今回の裁決が及ぼす影響は未知数だが、相続税の本来のありかたを鑑みた場合、不動産による節税はそれが目的となってしまえば、租税回避と見なされる可能性があることを改めて認識しておきたい。

(楽待新聞編集部 坪居慎太郎/浜中砂穂里)