PHOTO: iStock.com/BrianAJackson

はじめまして。桜木大洋と申します。

私は今からおよそ9年前、43歳のとき、何も勉強しないままオーバーローンで新築木造アパートを購入し、続いて調子に乗ってその2年後に同じようなアパートを1棟購入しました。

合わせて2棟、1億円以上もの資産を手に入れたと思って意気揚々としていましたが、思うようにキャッシュが残らず、その後どこからも融資を受けられない状況に陥りました。のちに投資塾に入ったとき、塾長から「あなたはマイナスからのスタートだね」とキツイ一言を投げつけられたことが、今でも印象に残っています。

人生最悪の経験

そのころ、東日本大震災で自宅が被災。戸建ての家が8.3センチメートル傾き、水道もガスも断たれ、近くにあった古い木造アパートの、6畳1間に家族4人で2カ月間の避難生活を送る羽目になりました。

この時、蛇口をひねれば温かいお湯が出る、スイッチを入れればいつでもガスが使える、そして寒さをしのげる部屋の中で安心して眠れることが、実は当たり前のことじゃないんだな、と気づかされました。

同時に、人が生きる上で必要な「衣食住」のうちの「住まい」を提供できる不動産賃貸業は、社会的貢献ができる事業だとつくづく実感し、いつか自分も快適な住まいを人々に提供できる事業家としての大家になりたいと思い、真剣に不動産投資の勉強をはじめたのは46歳になってからでした。

大活躍のサラリーマン時代。でも…

当時はバリバリのサラリーマンで、あるメーカーの役職者としてデジタルカメラの商品企画に携わり、新製品が出るたびに世界中を飛びまわって、発表会や記者会見でのプレゼンテーションに奔走していました。2011年上期の日経MJヒット商品番付に自分の企画したカメラがランクインし、社長表彰を受けたこともありました。

客観的にみると、ある程度活躍もしているし、充実の会社員生活を送っているじゃないかと思われるかもしれません。ところが実態は、大手企業によくある傾向で、構造改革の名のもとに人材と給与が減らされる一方。過酷な労働環境と片道4時間の通勤地獄に、いつ健康を害しても不思議はない状態だったのです。

頑張っても頑張らなくても給料は大して変わらない、それどころか55歳、60歳になるとガクッと給与が減ることが明白で、このままでは今の生活レベルは維持できない、確実にジリ貧になる、という危機感が募りました。

辞めるべきか、辞めないべきか

ただし、ここでお伝えしたいのは、全ての人がサラリーマンを辞めるべきだ、と言うつもりはない、ということです。私が尊敬する先輩は、退職前に2人で食事をしたとき、私の考えを全面的に肯定した上で、ご自身の生き方について私との相違点を教えてくれました。

「自分らしく生きる、という点では大いに共感できる。しかし自分は今、サラリーマンとして会社の要職につき、組織を動かして大きな事業を立ち上げるということを繰り返しやらせてもらっている」

「この職務はたしかに苦しいし辛いし、誰もわかってくれない寂しさも感じることがあるけれど、そこを突破して結果を出した時の達成感は、個人の規模では味わえないほど大きく重いものがある。これを自ら手放すことは到底考えられない。定年まで会社に居座り続け、社業を発展させるために何かを変える必要があれば、そこに全力を傾けたい

先輩は、このように胸を張っておっしゃるのです。この言葉に、私は素直に感動しました。

サラリーマンなんて、所詮は安定した給料のために我慢してやっている人がほとんどだと思っていました。でもこうして同じ会社にいて、純粋な気持ちでその職務に責任と誇りを持っている人と接すると、私だけ職場を離れることの罪悪感さえよぎります。

自分の仕事に生き甲斐を見いだせるのであれば、自ら辞める必要などありません。その覚悟ができている人を尊敬します。そういう意味で私は、会社の中に自分の居場所を見つけられなかった脱落者、と言えるのかもしれません。

次のページリタイアに向け、16日間で5億6400万円の資産を…