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元国税局職員さんきゅう倉田です。好きな取引は「課税取引」です。

アメリカのドラマを観ていると、頻繁に司法取引を行っているように思います。ちょっと情報を持っていれば、司法取引をして罪を軽くしてもらっています。

しかしこの制度は、これまで日本人にはあまり馴染みのないものでした。情報を言うかわりに身の安全を保証してもらったり、罪を軽くしてもらったり、良い刑務所に入れてもらったりできるもの……というイメージですが、日本でそのような取引が行われることはなかったからです。

しかし、ついに日本でもこの制度が始まって、実際に司法取引が行われた事件も報道されました。現場ではきっと、ドラマとは違って地味に書類がやりとりされているのだとは思いますが。

では、日本で司法取引制度が始まったことは、不動産投資家さんにどのように関わってくるのでしょうか。今回は、日本の司法取引の制度の概要と、不動産取引との関係を考察してみましょう。

日本版司法取引とは?

まず、日本における司法取引とはどのようなものなのでしょうか。日本経済新聞によると、以下のように説明されています。

「他人の犯罪の解明に協力する見返りとして、自分が犯した罪について起訴を見送らせたり、求刑を軽くさせたりする制度。振り込め詐欺や薬物密売などの組織犯罪に加え、汚職や脱税、粉飾決算などの経済犯罪も幅広く対象となっている。法人の処罰規定がある犯罪では企業も取引主体となれる」

(日本経済新聞 2018/7/14付記事より一部引用)

法人が罪に問われた場合、個人だけではなくその法人も司法取引で罪が軽くなる可能性があることが分かります。

今年6月から始まったこの制度ですが、既に適用事例も存在しています。タイで事業を行うとある日本企業の社員が、タイの公務員に数千万円の現金を渡し、不正競争防止法違反の容疑に問われている事件です。東京地検特捜部に自ら申告した法人が、司法取引の適用を受けるようです。

外国の公務員に賄賂を渡すと、個人だけでなく法人も罰金に処されます。今回の司法取引に同意することで、法人は起訴を免れることになります。この社員が個人的に賄賂を渡したのか、組織ぐるみなのかは現時点では分かりませんが、会社の利益のためにやったのではないかと推察されます。それでも、会社側が捜査に協力することで、司法取引が成立するようです。

「脱税」も司法取引の対象になる

殺人や性犯罪などは取引の対象外ですが、今後、経済犯罪を中心に司法取引が増えていくかもしれません。ちなみに日本の司法取引の対象となる犯罪には、贈収賄、詐欺罪、覚せい剤取締法違反、銃刀法違反、独占禁止法違反、粉飾決算、インサイダー取引、特別背任、そして脱税があります

司法取引を行う理由は、他人の刑事事件の捜査に協力すると、不起訴処分になる、公訴が取り消される、軽い罪で起訴される、軽い求刑がなされる、簡易な手続で処理されるといったメリットがあるからですね。

では、不動産投資家に与える影響としてどのようなものが考えられるでしょうか。

不動産投資家の中に脱税をしている人がいると考えると(いないことを願っていますが)、単独犯でない場合、つまり、組織的な脱税や協力者がいるような場合に、司法取引の対象となるかもしれません。

脱税というのは、通常の調査で発見されるような申告漏れとは異なり、国税局査察部の強制調査により発見されます。純粋な申告の誤りではなく、不正を伴った所得の増加が年間で5000万円以上あると、査察部が調査に着手することが多くなります。この場合の不正とは「売上の除外や架空経費の計上」ですが、それらは規模が大きくなると単独で行うのは難しくなり、取引先などに協力を頼まざるを得なくなります。

例えばAさんという不動産投資家がいて、Bさんという無職に土地の調査を頼むとします。Bさんは、お金をもらって土地を調査します。Aからすると外注費になりますので、損金にできます。Bさんからすると、収入ですね。これはどちらにも利点のある、通常の取引です。

しかし、このAB間の取引が架空だとしたらどうでしょう。書類上は取引記録があって、AさんからBさんにお金が流れていますが、最終的にAさんにお金は戻り、Bさんは数%のマージンを受け取る程度でしょう。金額次第では脱税と認定されるかもしれません。この場合だと、Bさんは脱税に協力しただけであって、自身の脱税は行っていないので司法取引の要件は成立しないかもしれません。

ただ、ここにCさんとかDさんとかEさんとか複数の人間が関わっていて、みんながBさんにマージンを渡して脱税していたら、誰かが司法取引をして、自分の罪だけを軽くすることが可能になるかもしれません。

日本でも「囚人のジレンマ」が身近に!?

「囚人のジレンマ」という有名なゲーム理論があります。現在の日本ではあまり身近に感じられるお話ではありませんが、司法取引が始まったとあらば、「囚人のジレンマ」も簡単に成立するかもしれません。

ご存じない方のために、簡単にご説明しましょう。共謀して罪を犯した囚人Xと囚人Yがいたとします。それぞれ別の部屋にいて、公務員的な人に、こんな話を持ちかけられます。

「仲間を裏切って事件のことを正直に話せば、お前の懲役を0年にしてやる。その場合、仲間が黙秘すれば、そいつの懲役は10年になる。ただ、お前も仲間もお互いに裏切って事件の事を話せば、それぞれの懲役は5年だ。逆に2人とも黙秘すればそれぞれの懲役は2年だが、お前だけ黙秘して相手が裏切った場合は、お前は10年、相手は0年だ」

ごちゃごちゃしていますが、罪を軽くしたいのであれば2人とも黙秘するのが一番良いことが分かると思います。でも、2人とも懲役10年になるのが怖いので、ふたりとも裏切って、懲役は5年ずつになってしまう、という話です。最適な選択を知っているのに、できなくなってしまうというジレンマですね。

司法取引の制度があって、共謀している人が何人かいれば、1人以上裏切る確率は人数が多ければ多いほど上がるので、誰よりも先に司法取引をするほうが有利と考える人が多くなるかもしれません。そうすると、そもそも誰かと共謀して脱税をしようという不動産投資家が減る可能性があります。

今までより、土壇場で裏切るインセンティブが高くなっていますから、当然と言えます。ただ、デメリットとしては、自分の罪を軽くしようと、嘘をついて他者を貶める人間もいる可能性を排除できないことです。これにより、冤罪を生むかもしれません。

不動産業界の脱税事情

不動産業の脱税は、去年は4件、その前の年は5件、そのさらに前の年は9件と減ってはいますが、業種ごとの脱税件数ランキングでは、2位、2位、1位と常に上位です。なんと優秀な不動産業。どうしても、脱税の多い業種というイメージは拭えません。ただ、その中に不動産投資家がいるかどうかは分かりませんし、不動産業全体の数からすると、みなさんがそのようなことをしている可能性はとてつもなく低いと思われます。

また、国税局の資料調査課や税務署の税務調査を受けても、脱税とされることはありませんので、みんなで仲良く所得を隠すような不正を行っていても、司法取引の機会を与えてもらえません。

さらに現在のレギュレーションでは、仮にマルサの強制調査があった場合、司法取引で脱税の罪を軽くされることはあっても、追徴課税や重加算税を免れることはないようです。あくまで、脱税の罪による罰金や懲役が軽くなる取引に留まるというわけです。不動産投資家の方が、司法取引と関わりを持つ可能性はゼロではないですが、可能性は低いといって良いと思います。

個人的な経費のつけ込みや、働いていない家族に給与を支払う、現金でもらった少ない収入を売上に加算しないなど規模の小さい不正は、多くの個人事業者や法人の間で行われています。これらはもちろん不正ではありますが、司法取引の対象にはなりません。規模が大きくなり、巨額の取引を扱ったときに、この記事を思い出していただけると幸いです。

(さんきゅう倉田)