「姫路の不動産王」の異名を持つ投資家をご存じだろうか。兵庫県・姫路市を中心に238棟4962戸(2018年10月現在)を所有する大川護郎その人である。

16歳で新聞販売店に就職し、本業の傍ら不動産投資をスタート。猛スピードで投資規模を拡大し、一代でビッグオーナーにのし上がった。

地主の生まれでもなければ、特別な投資手法を生み出したわけでもない。ゼロからスタートした大川氏は、いかにしてここまでの規模拡大を果たしたのか。

20歳で年収1000万、「新聞少年」時代

─7月に初の著書を出版されました。年間家賃収入43億、総融資額442億円などインパクトのある数字が並んでいます。周りからはどのような反響がありましたか

大川 金融機関の反応は真っ二つに分かれましたね。私の投資規模について「噂では聞いていたけど本当かどうか分からない」と思っていた銀行は、本を読んで「どうやら本当らしいぞ」と(笑)。融資に前向きになってくれました。

逆に443億円という私の借金の額を知って引いてしまった銀行もありました。洗いざらい書いたので、まあ仕方ないかなと思っています。

あれでも、書きたいことの半分くらいは編集者に止められてお蔵入りになっちゃったんですけど(笑)

─「新聞少年」という肩書きも読者を惹き付けたのかも知れません。具体的にはどんなお仕事をされていたのですか

16歳の頃、新聞販売店に就職しました。親の会社が破綻したこともあり私の幼少期は貧しかったのですが、お金の問題というよりは単純に勉強が嫌いだったので進学をしなかったのです。

運送会社の仕分けの仕事と新聞販売店の仕事で悩みましたが、ちょっとだけ給料が高かった新聞の仕事を選びました。

全国紙の販売店で、やっていたのは配達や営業、集金といったごく普通の仕事。それでも、実績を積んでいくうちに店舗を任せてもらえるようになりました。

次第に経営に近い仕事もさせてもらえるようになり、収入もどんどん上がっていきました。20歳の頃の年収はボーナスも合わせて1000万円ほどありましたね。  

─20歳で年収1000万円は簡単な事ではないと思います。どんな苦労がありましたか

つまらない答えになっちゃいますが、「普通のことを普通にやっただけ」としか言いようがないんです。本当に特別な事をしていないので。

強いて理由を挙げるなら、普通の企業で普通に行われていることが、当時の新聞業界では普通じゃなかったのかもしれません。

新聞販売店は独立採算制のような仕組みになっていて、各店舗の店長がその店の全権限を握っていました。例えばコピー機を新たに購入する場合、各店長の裁量でバラバラの金額で取引していたんです。これってもったいないと思いませんか?

─確かにそのやり方だと無駄な経費もありそうです

各店舗が協同すれば、余計な出費を削れるはずですよね。当時、周辺には同じ新聞社を母体とする販売店が40ほどありました。

グループの店舗が40もあるならば、その「数の力」を使わないのはもったいない。そこで私が旗振り役となって各販売店をまとめ、一括購入を条件に値引きに成功しました。

事務処理用のコンピューターを導入する時、同じ方法で費用を大幅に削減したこともあります。これは1店舗ではできないことです。このとき初めて「数の力」は偉大だなと実感しました。

─不動産投資を始められたのは本業が順調な23歳の頃。十分な収入がありながらまったく別の事業に手を伸ばしたのはなぜですか

新聞販売の仕事は部数を増やしてナンボの世界。止まることが許されず、常に拡大を目指さなければなりません。

しかし当然、限界はあります。私の場合、ある地域で自社のシェアを40%まで増やしたことがありました。うちは全国紙でしたが、地方紙の勢力がかなり強いエリアなので、40%という数字はそうそう達成できるものではありません。

でも、そこから先はどうすることもできませんでした。拡大はもちろん、競合がひしめく中では40%ものシェアを維持するのも容易ではありません。

─実績を積むほど追い詰められるというジレンマがあったということですね

新聞販売店の店長の寿命は、どんなに長くても7年くらいです。7年経つ頃にはそれ以上部数も増やせなくなり、店長も新しい人材に切り替えられていく。

私が初めて店長になったのは19歳の頃でしたので、26歳で仕事がなくなるという恐怖もありました。自分の店の従業員の将来のことも考えると、このまま手をこまねいているわけにもいかないと感じていたんです。

銀行担当者も絶句した1棟目の廃墟物件

─数ある事業のなかで不動産賃貸業を選んだのはなぜですか

人が生きるうえで欠かせない「衣食住」に関わる分野で検討しました。

まず「衣」については、ファッションセンスには全く自信がなかったので却下です。次に「食」ですが、私は見ての通り食べることが大好きです。でも、「食」を生業としてしまうと食べてばっかりになりそうで。これ以上太っては困るのでこれもやっぱりやめておこうと(笑)。

それに、飲食業界の原価率は25%とか30%と言われていますよね。250円で仕入れたものを1000円で売る自信が私にはありませんでした。

─それで「住」、つまり大家業が選択肢として残ったというわけですね

当時、姫路にはちょっと有名なAさんという不動産オーナーがいました。Aさんの手法は、ごく普通のマンションをいわゆる「ワケあり」の入居者だけに貸すというもの。

周辺の家賃相場が約7万のエリアでしたが、Aさんのマンションでは家賃10万円で募集し、安定して入居も付いていたようでした。入居者が逮捕されることは多々あったようですが、相場より家賃が高いわけですから当然利益は出ますよね。もちろん、昔の話ですから今はこんな方法は難しいでしょうけど。

そこでAさんはどんな豪腕オーナーなのかと気になって調べてみたんですが、どうやら資産家でも地主でもない、ごく普通のおじさんらしいということがわかりました。それなら自分にもできるだろうと。そこから本格的に大家業を目指すようになりました。

─その頃からビッグオーナーを目指そうと?

書籍や雑誌を読んだり、地域の知り合いに噂を聞いたりして、世間の大家さんがどのように利益を得ているのか調べてみたんです。

そうしたら、所有物件数が100戸を超えている大家さんはどうやら潰れることはなさそうだ、ということが分かってきました。

成功している人の話を聞くうちに「大家っていいな」という気持ちがどんどん膨らんでいきましたね。それで、いよいよ物件を買おうということになり、まずは融資をしてくれる銀行を探すことにしたのですが…。

─銀行探しは難航したそうですね

ことごとく断られました。まさに門前払いというやつです。年収は1000万円ほどありましたが、そのうちの500万円は特別ボーナスといった名目で、安定した収入とは見てもらえなかったみたいです。

かなりの数の銀行を回りましたがどうにもなりませんでしたので、結局、融資を諦めてキャッシュで買うことにしました。

─1棟目に選んだのはどんな物件ですか?

姫路市の比較的高級な住宅街にある、3DK×12部屋の1棟マンションです。価格は2000万円くらいで、新聞の折り込みチラシで見つけました。

ただ、ほとんど廃墟のような状態で、窓ガラスはすべてありませんでしたし、全空のはずなのに勝手に住んでいる謎の住人もいました(笑)。

とはいえ、ボロボロながら雨漏りなどもなさそうで「直せばなんとかなる」と感じたんです。必死で現金をかき集めて、ようやく1棟目の購入にこぎ着けたのが23歳の頃です。

─1棟目からボロ物件の再生とは思い切った決断です。初めての購入なのに「再生できる」と確信できたのはなぜでしょう

正直に言うと直感で「イケる」と思っただけで、後先は全然考えていませんでした。自分の中で買う事は決めていたので、もうあとは買った後の努力でなんとかするしかないなと(笑)。

そもそも初心者だった私はライバルのいるような物件では勝負できません。不人気で、とにかく安い物件に狙いを定めるしかなかったんです。

─そこまでのボロ物件だとリフォーム費用も高額になりそうですが

リフォーム費用の見積もり額は約6000万円でした。現金は物件購入ですべて消えてしまうので、今度はリフォーム費用の6000万円を全額借りられる銀行を探さなければいけません。

物件購入時には門前払いを食らいまくっていましたが、覚悟を決めて再度、40以上の銀行を回りました。かなりの銀行に断られましたが、最終的にある信金さんが「面白い」と興味を示してくれ、金利3.5%でリフォームローンの融資を引き受けてくれたんです。

担当の方がすぐに物件を見に来てくれたのですが、廃墟寸前の物件を見るやいなや「…これ、本当にやるの?」と驚いていましたね(笑)。当時はまだリノベーションという言葉も普及していませんでしたから無理もないかもしれません。

─1棟目の事業計画はどのように考えていたのでしょう

この物件が建つエリアの家賃相場は3DKで7万円くらいでしたが、同じ土俵で勝負するよりは、視点を変えて確実に入居率を高めたいと考えていました。

そこで周辺の賃貸事情をさらに調べると、1LDKの物件が全然供給されていないことに気が付いたんです。そこで全世帯を3DKから1LDKに改装し、そのうえで家賃を相場より大幅に低い5万円台に設定したんです。

─結果はどうでしたか

この家賃でも、満室ならリフォーム費を含めキャッシュフローが出ることは分かっていたので、とにかく入居を付けることを優先しました。利回りにして10%くらいでしょうか。

結局、3カ月で満室にすることができました。この物件は今もほぼ満室で稼働しています。そこからは、現金で買った物件を担保に、2棟目、3棟目と規模を拡大していき、40歳のときに新聞販売店も退職して大家業一本に絞りました。

「見たら買っちゃう」

─現在、購入する物件はどのように探しているのでしょうか

付き合いのある不動産会社から毎日50件ほど提案があります。その中から選んだり、あとはインターネットのポータルサイトも毎日チェックしたりしています。ちなみに今日だけで4物件ほど買い付けを入れました。毎月40戸のペースで増えている感じですね。

─購入の基準は

私の場合、将来の家賃下落幅が大きい駅前の新築ワンルーム物件や、入居付け・管理が難しいシェアハウスには手を出しません。

狙うのは、築10年以上が過ぎて家賃の下落が落ち着いた物件、土地値で買える物件、長く売れ残っていて指し値が通りそうな難あり物件、入居者の需要が堅い、周辺に大きな病院のある物件などです。こうした物件のうち、キャッシュフローが出て、銀行の融資が出る物件を買っています。

あとは、60~70平米程の広めのファミリー物件を中心に買っています。「大は小を兼ねるが、小は大を兼ねない」というのが私の考え方。

広めの物件で家賃を低めに設定すれば長期入居が見込めます。私が所有するファミリー物件の入居期間は平均6年半。これくらい長い期間住んでもらえれば、修繕費用も回収できます。

─投資規模をいつまでにいくらまで拡大したい、といった目標は

目標は…借金1兆円ですかね(笑)。昔から冗談半分で「オレ、一兆円借金したる」とうそぶいていたのですが、周りからは「アホちゃうか」と笑われていました。でも最近は「ホンマにいけそうやん」と言われるようになりましたよ。

もちろん冗談なんでしょうが、それくらいの規模まで来られたのかなあと思います。1兆円まであと9500億円ほど借りないといけないので、先は長いですね(笑)

所有する物件の1つ、姫路市内のスーパー銭湯の前で

─すべて大川さんお一人で買い付けを入れているのでしょうか

現在は2人のスタッフにほとんど任せています。先に述べた条件を前提にシミュレーションを作らせて私がゴーサインを出すこともあれば、スタッフの独断で買い付けを入れさせることもあります。任せなければ成長はないと思っていますので。

なので、もちろん失敗もありますよ。例えば5億円の物件に買い付けを入れて、融資が1億円しか出なかったこともありました。

基本的に融資特約は付けないので、そのときは「残りの4億どうすんねん!」となりましたけど、売主さんに半年間待ってもらって。

あまり人気の物件ではなかったので、半年間も待ってくれたのかもしれません。その間に他の物件で得たキャッシュを支払いに充てたり、他の借入先を探したりしてどうにか乗り切りました。

─大川さんご自身は購入前に物件を見ないようにしている、とお聞きしました

スタッフから止められてるんです。見たら必ず買ってしまいますからね、私。いずれは「日本の物件をすべて買うたる」と思っているんです。

最終的に全部買うならどこを買っても同じですから、見た物件は全部買いたい。まあ、ちょっとした意地ですね(笑)。

多少の失敗は「数の力」でねじ伏せる

─過去に買った物件で、「これは失敗だった」というものはありますか

付き合いのあった管理会社からの提案で、廃業したホテルをシェアハウスにコンバージョンしたことがありましたが、これは失敗でした。

姫路のような地方のエリアでシェアハウスが成功するとは思えなかったのですが、管理会社が「20年間一括借り上げをする」という話だったのでそれに乗ったんです。

蓋を開けてみれば入居者は1人も見つからず、2年後にサブリース契約も解除されてしまいました。その後、運良く友人の不動産会社が管理を引き継いでくれて、外国人入居者向けや倉庫としての需要を掘り起こしてくれました。

現在は順調に稼働しています。サブリースの解除後もローンの返済は続いていましたから、普通の個人オーナーだったら破綻していたかもしれませんね。

─まさに「数の力」で生き残れたわけですね

ただ、そうはいかないケースもあります。これはいま進行中の案件なのですが、姫路の一等地に、13階から姫路城が見えるホテルを建てるという52億のプロジェクトを進めています。

土地代が16億、残りがホテルの建築費です。トントン拍子に話が進み、10億円の頭金も用意して、姫路市外の某銀行から残り42億円の融資の内諾も得ていました。

ところが決済の1週間前になって、その銀行が「やっぱりもう10億円ほど頭金を入れてください」と手のひらを返してきたんです。1週間前ですよ?

結局、その銀行との取引はご破算になりました。その後2ヶ月間資金作りに奔走して、ようやく別の銀行から土地分の残額の融資を取り付けることができました。

数年前に1億2000万円で購入した姫路市のマンション。入居が付かず空室が続いたが、山肌を削ってドッグランをつくり、ペットホテルとして改装する予定だという

─結局購入されたんですね。手を引くという選択肢もあったのでは

一度買うと決めたものをやめるというのは性に合わないんです。正直言うとしんどいのでやめたいんですが、土地はもう買っちゃいましたからね。うーん…でもホテル完成まであと30億円ですよ。30億つくるのはさすがにしんどいですね。

私は一度買った物件は売らない主義なのですが、今回は初めて売らなきゃいけなくなるかもしれませんね。まあでも、なんとかなるんじゃないかな。

どちらにしても、このプロジェクトは地元・姫路を元気にすることは間違いない。できれば地元の金融機関さんにも関心を持ってもらって、ぜひ協力していただきたいですね。

姫路の不動産王が打つ「次の一手」

─現在は規模を拡大しつつ、別の事業にも取り組んでいると伺いました

いま取り組んでいるのは「ゼロ円賃貸」というプロジェクトです。仕組みを簡単に説明すると、私が所有する姫路市内の物件150棟すべての屋上にWi-Fiのアンテナを立てて、姫路市の一部エリアをカバーする通信網を築きます。

この通信網を使って得た広告収入で、私の物件の家賃をゼロ円にする構想です。

─どのように広告収入を得るのでしょう

利用者には専用のスマートフォンアプリをダウンロードしてもらいます。そのアプリを経由すれば、無料のWi-Fiに接続できます。

その際、アプリ上に広告を表示させ、その広告料で収益を得るというモデルです。一度接続すれば1日つなぎ放題ですが、翌日にはまたアプリを起動しなければWi-Fiに接続できませんので、事実上、広告が表示される仕組みです。

─なぜ家賃をゼロ円にするのですか

日本は人口の減少が進んでいて、このままいくと2060年までに約8000万人にまで人口減が進むという調査結果も出ています。そうなると最も割を食うのは私たち大家です。

僕のように、地方の都市に集中して投資している大家は特に深刻でしょう。でも、今の私には十分な体力がある。元気なうちに次の一手を仕掛けたいと思ったんです。

例えば姫路市にあるとある私立大学ですが、この学校の生徒数はどんどん減っていて、現在は全盛期の約半分ほどに落ち込んでいます。確かに、同じ偏差値なら大阪や京都、あるいは東京の大学に学生が集まるでしょう。

でも、家賃がゼロ円になったらその状況も変わるかも知れない。

─家賃負担がなくなれば人が集まり、街も活性化するということですね

そうすればさらなる広告収入も見込めますよね。広告はいろいろなバリエーションを考えています。市内の企業の広告はもちろん、スーパーの特売チラシのようなものや、日雇いの求人広告も重要があると思います。いま、姫路市は副業OKな企業が増えていますから。

─いつから稼働する予定なのでしょうか

すでに20億円を投じていて、アンテナの設置とアプリの開発は完了しました。いつでも稼働できる状態です。ただ、通信費が毎月4000万円かかるんですよ。この事業は一度始めたら「やっぱりダメでした」というわけにはいかない。

だからちょっと慎重になっています。…でもまあ、毎月の家賃収入が4億円くらいあるし、なんとかなるかなと。うん、やりますよ。もうそろそろやります。

毎日朝7時には起床し、ポータルサイトや業界ニュースなどの情報をチェック。午前9時頃までには事務所に来て、事務仕事をこなし、17時頃からはほぼ毎日、大家仲間や金融機関との食事会に出席するという。現在は2作目の著作を執筆中

ビッグオーナーへの道

─借金も含めた資産を、今後どのように継承してきますか

将来の資産継承とかは正直あまり考えていませんね。子ども達には生活に困らない程度に物件を分けてあげて、残った分は能力のあるやつが持って行けばいいと思っています。それは別に身内でなくても構いません。

そもそも私は443億円の借り入れを借金だとは思ってないんですよ。きちんと収益を生んでくれる物件を買っているわけですから。

融資が引けて、収益が出るならタダみたいなもの。そうした物件をとにかく増やして数の力を味方に付ければもう滅多なことでは潰れない。すごくシンプルに考えています。

─ビッグオーナーを目指す人にアドバイスを

現在は書籍やインターネットに不動産投資の情報が溢れていますから、迷ったり不安だったりでなかなか始められないと言う人もいるでしょう。

もちろん、事前の勉強でリスクを回避することはとても重要ですが、リスクばかりにとらわれていたらいつまでもスタートを切れません。

それでも私は、「まず買ってみる」ことが大事だと思っています。「明日の自分を変えたければ、今日動く」。私はこれをモットーにいままで生きてきました。

新聞販売店で働いていた頃もそうです。明日を変えたいと思うのなら、今すぐ行動に移すこと。20年間これを繰り返してきたことが、今の私につながっているのですから。

大川護郎(おおかわ・ごろう)
1972年兵庫県まれ。16歳から新聞販売店で働き、23歳から不動産投資をスタート。40歳で新聞販売店を退職し、現在は株式会社ANGELO代表。238棟4962戸を所有し、年間家賃収入は約46億円(その他収入 年間約4億5000万円)。平均調達金利は3.25%で、総融資額約465億円(すべて2018年10月現在)。現在は無料のWi-Fiネットワークを利用した広告ビジネスで、所有物件の賃料をゼロにする「ゼロ円賃貸」プロジェクトを進行中。著書に「新聞少年が一代で4903世帯の大家になった秘密の話」(ぱる出版)がある。

(聞き手 楽待新聞編集部・坪居慎太郎)