約120年ぶりの民法改正。不動産投資の分野にも大きく影響する内容も多いため、法律のプロに取材、その改正内容を解き明かしていく本連載。

前回は「入居者の連帯保証人に関する制度」を解説したが、今回はオーナーと非常にかかわりの深い「修繕規定」と「敷金返還義務」を取り上げよう。

「大家と店子」感覚を払しょくしたい?

「今回の改正は全体的に、従来の判例を受けて現状に合った改正がなされたという印象です」と語るのは、自身も不動産オーナーであるエジソン法律事務所の大達一賢弁護士だ。

日本では「大家と店子」として、それが本当に実態を表しているかどうかは別として「大家の方が店子よりも強い立場だ」という古くからの感覚が強く根付いている。

「今回は、こうした意識を払しょくするための一環として改正がなされています」と大達弁護士は解説する。

入居者が自分で修繕を手配できるように

先のような目的を如実に表している項目の1つが、「賃借人の修繕規定」の新設だ。民法改正後、一定の要件を満たせば入居者は自ら手配してその修繕を行うことが可能と定められる。

「今まで、入居者はその物件そのものを自分自身で直したり、手を加えたりすることは、法律の明文上はできませんでした。例えば雨漏りが起きたとか、部屋のなかの何かが壊れているという時も、原則として大家さんに『直してください』とお願いするしかできなかったんです」(大達弁護士)

もちろん、現行民法でも「賃借人が賃借物について必要費を支出した時には、ただちにその償還を請求できる」と定められているため、入居者自らがやむを得ず修繕を手配し、その負担した費用をオーナーに請求するということは理屈上可能だった。

今回はここに「修繕をすることができる」と明記。費用だけに言及されたあいまいなルールだったものを明確化したということになる。

「今回の改正で、法律で直接的に、入居者自身が一定の要件のもとで修繕してもよいということが認められるようになったというわけです。この条文の新設は、入居者側が円滑に賃貸物件を使用することができるようになるためと言えます」(大達弁護士)

ただし、オーナーが修繕をすることがすべての前提だ。入居者に修繕が許されるのは、あくまで緊急性の高い時や、オーナーが対応しないときに限られている。

民法改正後、オーナーの対応は?

逆に言えば、オーナーはこの改正によって大きな影響を受けるということだ。オーナー側は、本来であれば独自のノウハウなどで修繕費用を低額に抑えられるにも関わらず、入居者が「オーナーが対応してくれない」と言って修繕をしてしまえば、結果的にオーナー側が手配するよりも高額な費用がかかってしまうケースが生じるかもしれない。

こうした事態を避けるためには、まず自らの物件の不具合について、オーナーや管理会社が今以上に敏感にならなければならない。その上で、大達弁護士は「この条文が強行規定と扱われるのか否かで変わってきます」と指摘する。

強行規定とは、契約の当事者の意思にかかわらず適用される契約。今回の規定がこの強行規定に当てはまらない場合、契約で排除することも可能となる。多くの場合、その扱いは個々の規定から判断するしかなく、実際にどう扱われるのか改正後の運用に注視が必要だ。

ただし、「仮に強行規定に該当しても、例えば事前に対応業者の指定やオーナーとの協議条項を設けるなど、オーナー側に配慮するような条項を加える対応をすることも考えられます」(大達弁護士)。

そうすれば、オーナーの知らない間に意図しない業者で修繕をされてしまうという事態は避けられるし、入居者側もいざという時にどの業者に依頼をすればいいのかすぐに判断できるメリットがある。

大達弁護士によると、雨漏りや水漏れの相談は大変多いという。緊急性が高いにもかかわらず、オーナーがなかなか修繕してくれないという相談だ。

「しかし、入居者さんがその損害分を家賃で相殺してほしいと思っても、はた目からは家賃の不払いとしか扱われない。退去させられるリスクもあり、入居者が二の足を踏んでいた現状がありました。そういう現状を変えられるという意味では、今回の改正の影響は決して小さくないと考えています」(大達弁護士)

「敷金ルール」が明確化

もう1つ、賃貸借契約にかかわる大きな改正内容として、敷金についての明文化がされたことがあげられる。大達弁護士は「変なトラブルになるあいまいなルールが法律で明確化されたことはいいことだと感じます」と話す。

従来、敷金の取り扱いについては商習慣にのっとったものに過ぎず、法律では特に定められてこなかった。今回の改正では、敷金を「家賃の滞納などがあった際の、オーナーに対する担保」と定義し、賃貸借が終了し、入居者から物件の返還を受けた時には、オーナーは敷金から滞納家賃や故意・過失による損傷の修繕費用などを差し引いて、その残りを入居者に返さなくてはならないとされた。

また、通常の使用範囲の損耗や経年劣化などに対する修繕費用の負担義務は、オーナー側にあるということが明確化されている。

なお、国交省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、「一般的な例示」として以下のように示されている。

ただし、これらのルールは現状でもある程度運用されているものであり、大達弁護士も「一般的な不動産投資家であればすでに実行している内容で、改正されたとしても大きな影響はないものと思って問題ないでしょう」と述べている。

一方、通常使用の範囲の損耗などについても、入居者側の負担とする特約を付けることも可能だ。以下のような判決が下されていることからも確認できる。ただし、通常損耗の範囲や程度を具体的に明記するか、入居者に口頭で伝える必要がある。

○2000年12月・東京地裁判決

入居者Aが、物件オーナーXに対して敷金の返還を求めた訴訟。

判決によると、Aは入居にあたって、Xに敷金22万5000円を預けた。なお、この賃貸借契約では、特約として「Aは、建物明け渡し時に畳表の取り替え、ふすまの貼り替え、クロスの貼り替え、ハウスクリーニングの各費用を負担する」と記されていた。

6年後、賃貸借契約を終了することになった時、Xは畳表の取り替え、ふすまの貼り替え、クロスの貼り替え、ハウスクリーニングの費用として約23万円を支出。日割り家賃の返還分と敷金の合計約26万円からこの支出分を差し引いた約3万円をAに返還したが、Aは「特約は無効」として預け入れた敷金を全額返還するよう求め、裁判を起こした。

二審の東京地裁は、「自然損耗分をオーナーが負担すべきという判断も合理性がある」としながらも、この賃貸借契約の特約は公序良俗にも反せず、また、特約の文言上自然損耗分を含まないという解釈もできないなどと指摘。「自己の意思に基づいて契約を締結した以上は、その責任において契約の法律関係に拘束される。特約は文言通りの拘束力を持つ」と述べた。

○2005年12月・最高裁判決

上記同様、入居者Bが、物件オーナーYに対して敷金の返還を求めた訴訟。

BとYが賃貸借契約を結んだ際、契約書には「Bが住宅を明け渡す時には原状に復す。補修費用はYの指示により負担しなくてはならない」と定められていた。また、Bは敷金として約35万円を預け入れた。

賃貸借契約終了後、Yは補修費用などとして約30万円を敷金と相殺。残額5万円をBに返還したが、Bは全額返還を求めて提訴した。

裁判は最高裁までもつれたが、最高裁は「入居者側に通常損耗についての原状回復義務が認められるためには、賃貸借契約書で通常損耗の範囲が具体的に明記されているか、オーナー側が口頭で説明、入居者側がそれを明確に認識し、特約事項などとして設けなくてはならない」とした上で、今回の契約にはそういった内容は具体的に明記されていないと判断。補修費用の額についてさらに審理が必要として、二審の大阪高裁判決を破棄し、同高裁に差し戻した。

反面、通常損耗分も含め全額入居者負担とさせるような特約は、消費者契約法によって無効となる可能性があることも、以下の判例から確認できる。

○2004年3月・京都地裁判決

上記2例同様、入居者CがオーナーZに敷金の返還を求めた訴訟。

Cは入居にあたって敷金20万円をZに預けたが、契約終了時、原状回復に20万円かかったとして、Zは敷金の返還を拒否。Cが返還を求めた裁判を提起した。

賃貸借契約には「自然損耗などについてもCが負担する」とする特約が設けられていたが、京都地裁は「入居者側は、契約締結にあたっての情報力および交渉力がオーナー側よりも劣っている」と述べた上で、「自然損耗分を入居者に負担させることは、そのような入居者の利益を一方的に害するもので、消費者契約法10条によって無効」と判断。オーナー側に敷金全額の返還を命じた。

これらの判決は当然のことながら民法改正前の話。ただし、積み重ねられた裁判例は今後の運用上の参考になるはずだ。

民法の改正は、ともすればオーナーにとって「遠い」話だ。しかし、大達弁護士は「こういう情報を知ることは重要」と指摘する。

「法律は最低限のルールしか定めていません。あくまで契約書が原則です。ただし、その最低限のルールを知らない人が多く、誤った解釈や知識がはびこっているのは大変危険だと感じます」

その「最低限のルール」を理解することで、自身の物件に合う契約とはどのようなものか、どのルールを変更し、どのように特約を設けることができるのか、ということを考えられると大達弁護士は話す。「まずは最低限の知識を身に着けてください。わからなければ、弁護士など、専門家を積極的に活用し、自身の賃貸オーナーとしての知識と経験を積み重ねて、より優れたオーナーを目指していただきたいです」と呼びかけている。

民法改正は2020年で、まだ猶予はある。この期間にぜひ、施行後に自分の物件の賃貸借契約をどのように変更すべきか、法律家とも相談しながら少しずつ思い描いてほしい。

(楽待編集部 浜中砂穂里)