「ホームインスペクター」と呼ばれるプロフェッショナルがいる。

戸建て住宅やアパート、区分マンションなどの中古物件に瑕疵がないか、一般消費者に代わって調査をする「住宅診断(ホームインスペクション)」の専門家だ。

楽待新聞でも既報のとおり、今年の4月以降は収益物件にも身近な存在となるはずだった同制度。しかし、売買の現場では普及が進んでいないのが現状だ。インスペクションがどのように行われているのかを知らない読者も多いことだろう。

今回はオーナーの協力のもと、木造アパートのインスペクション現場を密着取材。インスペクションとはどのようなものなのか、またプロのインスペクターは建物のどこを見ているのかを、記事と動画でレポートする。

 

今回調査する物件は?

取材に協力してくれたのは、築古アパート4棟を所有するサラリーマン投資家のOさん、そしてこれまで700件以上の物件を調査してきたというベテランインスペクターの柴尾竜也さん(さくら事務所)だ。

調査する物件は、Oさんが1年半前に購入した築20年の木造アパート。8戸中6戸が入居中となっていた。

実はオーナーのOさんはこの物件の購入時、今回と同じく柴尾さんに依頼し、すでにインスペクションを実施済みだという。

しかし、満室でのオーナーチェンジだったため、調査ができたのは外壁や外階段などの外部のみ。室内の様子を確認することができなかった。そこで今回空室が出たタイミングで、室内を含めたインスペクションを依頼することにしたのだという。

収益物件をインスペクションする理由

Oさんは過去に3度、購入前のインスペクションを実施しており、「これからも購入するすべての物件で実施したい」と決めている。築古の高利回りアパートに絞って投資するOさんにとって、建物の状態を見極めることは非常に重要だからだ。「高利回りにはそれなりの理由がある」と考えているのである。

内装はリフォームでいかようにもなるが、躯体など建物の構造に深刻な問題があっては物件の運営そのものが危うくなってしまう。購入前にインスペクションを実施できれば、物件に潜む問題を事前にあぶり出せるかもしれない。

また、インスペクションには比較的手軽に実施できるという利点もある。インスペクションの役割は、建物の現状をざっと把握するための「一次診断」だ。本来、物件に構造上の欠陥や雨漏りといった深刻な問題が露見した場合、構造設計者や施工業者、漏水業者などそれぞれの専門家に検査や補修を依頼する必要がある。しかし、どこに問題があるか分からない状態で最初から専門家に依頼をすると、費用が膨らんでしまう。

その点、事前にインスペクションを実施できれば、本格的な調査・補修の前に、問題箇所に当たりをつけられる。インスペクションの結果、看過できない問題が発覚すれば購入を取りやめるという選択もできるだろう。

今回の調査の主な目的は、前回確認できなかった室内状況のチェック、購入後に行った外壁塗装や基礎クラックの補修が適切に行われているか、といった点だが、Oさんにはもう1つ確かめたいことがあった。小屋裏(天井と屋根の間の空間)の界壁の施工状況だ。

もし小屋裏に界壁がなければ、資産価値にも大きな影響が出てくる。今回、2階の部屋に空きが出たため、浴室の天井点検口から小屋裏の状態を確認してもらい、今後の対応を決めるつもりでいたという。

プロの建物調査、どこを見る?

さて、ここからは実際の調査工程を見ていこう。

まずは柴尾さんから依頼主であるOさんに作業の説明が行われる。今回は通常のインスペクションと同様、外部→内部の順に調査を行っていく。

柴尾さんによると、オーナーは調査中、インスペクターについてまわってもよいし、別の場所にいても構わないそうだ。

調査開始に先立ち、オーナーのOさん(左)に作業の流れを説明する柴尾さん(右)

1.屋根の調査

さっそく個別の調査がスタート。まずは外に出て屋根の状態をチェックする。屋根に上がることが困難な場合は、遠くから「単眼鏡」で目視可能な範囲で確認。屋根材に破損や剥がれがないか、雨樋に落ち葉が詰まっていないかなどを見る。

2.床下の調査

続いては床下の確認。基礎の通気口から懐中電灯で内部を照らして目視する。基礎の種類は何か、床を支える木材である「束」に腐食や傷みがないか、床下に断熱材が施工されているかどうかなどをチェックする。

3.基礎の調査

・コンクリートの状況を調査
金属製の「打診棒」で基礎の側面を擦ったり叩いたりしながら、音で基礎コンクリート内部の状態を推測する。施工不良などでコンクリート内部に空隙(くうげき)があった場合は「甲高い音になる」(柴尾さん)という。

・クラックの幅を調査
同時に基礎のクラック(ひび割れ)の調査も実施。クラックがあった場合「クラックスケール」で幅を確認する。幅0.5mm以上のクラックがあると、内部で空気中の水分により鉄筋のさびを引き起こす可能性があるので補修の検討が必要になる。

・クラックの深さを調査
クラックが見つかった場合、その深さも調査する。柴尾さんの場合、ピアノ線をクラックに差し込んで確認する。クラックが深く、基礎コンクリート内部の鉄筋にまで達していた場合、浸入した水がさびの原因となるため補修が必要だという。幸い、ここで見つかったクラックは浅く、鉄筋に達してはいなかった。

4.外壁の調査

外壁の塗装面を手で擦り、粉を吹いたような状態(チョーキング)になっていないかどうかを確認する。この物件では購入後すぐに外壁の再塗装を実施していたため、「状態は良好」(柴尾さん)であった。

5.排水枡の調査

排水管のつまりを防ぐために設けられている排水枡(汚水枡)もフタを開けて確認する。排水枡に異物などが詰まっていると、臭いが逆流する恐れがあるという。この物件の排水枡はきれいな状態で、問題は見当たらなかった。

6.外部の調査終了、中間報告

ほかにも設備の固定状況、消火器の設置状況など細かい点までくまなくチェックが行われ、1時間弱で外部の調査は終了。柴尾さんからOさんへ調査の中間報告が行われる。

全体的に大きな問題は見つからなかったが、基礎の一部に0.5mm以上のクラックがあったこと、また床下に断熱材が施工されていなかったことなどが報告された。報告が終わると、すぐに内部の調査へと移る。

内部の調査、気になる界壁の状況は?

7.玄関ドアの調査

最初のチェック個所は玄関ドア。異音がしないか、スムーズに開閉ができるか、施錠や解錠に問題がないかなどを、何度も開閉を繰り返して丁寧に確認する。

8.キッチン周りの調査

キッチン周りは、水を流しながらの調査。特に排水口からの漏水がないかどうかを、懐中電灯で照らしながら入念にチェックする。

9.床の調査

ダイニングの床のチェック。ステップを踏むようにして床に体重をかけ、部屋全体を移動しながらきしみなどがないかを確認する。「スリッパでは床の状態が判別しづらい」(柴尾さん)ため、靴下で調査を行う。柴尾さんの場合、毎回新品の靴下を用意し、調査のたびに履き替えるそうだ。

10.浴室の調査

ティッシュペーパーを取り出し、換気扇をつけた状態で換気口にあてがう。ティッシュが吸い寄せられないのであれば、換気能力に明らかな問題があることがこの時点で分かるという。

11.小屋裏の調査

・点検口を開ける
躯体や外壁の断熱材、隠れた配管の状況などは浴室の点検口から確認できる。今回、オーナーのOさんが懸念していた界壁が正しく施工されているかどうかもここから目視可能だ。まず点検口を開けて内部を覗く。

・設備配管の調査
こちらが内部の様子。換気扇の排気ダクトの一部に破損が見られたが、「この程度であればアルミ製のテープで問題なく補修できる」(柴尾さん)という。

・界壁の調査
界壁の様子。Oさんが特に気にしていた点だったが、防火性能のある石膏ボードが隙間なく施工されていることが分かる。柴尾さんによると「築古の木造アパートでは界壁がないケースも多い」とのことだったが、この物件では問題は見られなかった。

・断熱材の調査
写真の向かって左が外壁側。断熱材が隙間なく敷き詰められ、施工に問題がないことが分かる。

このほか、木材に含まれる水分量や、柱や梁をつなぐボルトなどの金物も調査し、不具合が見られないことが確認できた。

12.洗面台の調査

洗面台もキッチンと同様、水を流しながら調査。水のあふれを防止する「オーバーフロー口」を含め、漏水の有無を重点的にチェックする。

13.部屋の傾きの調査

ここでは床や住戸内の傾きを調査できる「オートレーザーレベル」と呼ばれる機器を使用。建物の直線部分にレーザーを当てて、レーザーとのずれで傾きの有無を判定する。

14.内部の調査完了、完了報告

ほかにも共用廊下に設置された消火器の使用期限、建物内のすべての建具の建て付け確認、天井・壁のクロスの剥がれ、押し入れの内部などにも細かく目を光らせ、報告事項を記入していく。

こうしてすべての工程が完了。柴尾さんからオーナーのOさんへ、1日の作業報告が行われた。

この日は取材に対応しながらの作業であったが、通常、数戸程度のアパートであれば外観と室内(1室)のインスペクションは3時間程度で完了するという。調査費用は8万円(基本料金6万円、1住戸あたりの診断料1万円、調査報告書作成費1万円)であった。

ここまで、収益物件で行われたインスペクションの一事例を紹介した。現場で何がどのように行われているのか、イメージを掴んでいただけただろうか。

柴尾さんの言葉を借りると、インスペクションの位置付けは「一般の方が見られる範囲を、より(詳しく)見る」というもの。事実、1つ1つの作業に派手さはないものの、どの個所でも決して手を抜かず、終始念入りな調査が徹底されていた。

購入前のインスペクションは売主の許可が必要になること、また条件のよい物件ではスピード勝負が求められるため購入機会を逃す可能性があることなど、実施にはハードルも多い。それでも、買主にとっては購入判断の参考にしたり、修繕費用の目安をあらかじめ把握したりできる。また売主にとっても売却後のトラブルを未然に防止できるなど、双方にとってメリットもある。

普及にはまだ時間がかかるかもしれないが、そのうち、先の法改正のような制度面の動きがあるかもしれない。そうなれば、インスペクターの重要性はさらに高まるはずだ。

(楽待新聞編集部)

撮影協力…株式会社さくら事務所(https://www.sakurajimusyo.com/)