不動産会社の営業マンを主人公に、不動産営業の厳しいノルマやプレッシャー、そして客に家を買わせるためのテクニックを赤裸々に描いた『狭小邸宅』ですばる文学賞を受賞し、デビューを果たした小説家・新庄耕氏。

2018年12月からは、土地の所有者になりすまし、多額の金をだまし取る「地面師」を題材とした新連載もスタートした。そんな新庄氏が、不動産業界に感じていることとは? なぜ地面師をテーマに選んだのか? 「不動産が好き」という新庄氏に、その胸の内を聞いた。

「積水」事件きっかけに新連載

―文芸雑誌「小説すばる」の1月号(12月17日発売)で、新連載『地面師たち』が始まりました。地面師という存在を知ったのはいつですか?

きちんと存在を知ったのは、昨年の夏ですか、積水ハウスが63億円をだまし取られたというニュースを見てですね。それをきっかけに、今回の話を書くことになりました。

でも、以前から「地面師」という言葉は知っていました。よく行く飲み屋さんの常連客に「次は『地面師』を書いてよ」と言われたことがあったんです。

でも、これは別の地面師でした。競馬のレースが終わった後に、馬券をわっとばらまくシーンを見たことないですか。その常連客の話では、この時に誤って捨てられた勝ち馬券を拾い集めて、生計を立てる人のことを「地面師」って呼ぶそうで。まあ、その企画は結局流れてしまったんですけど(笑)。

―言葉自体にはなじみがあったんですね。

ニュースを見て、「こっちが本当の地面師か」と気付きました(笑)。

―第1話では、地面師グループが「ササキ」という男性に地主のふりをさせ、不動産会社から7億円をだまし取る決済の場面が描かれました。取材はどのようにしているんですか?

最初に、地面師対策のセミナーに行きました。ジャーナリストで、地面師についても取材している森功さんと、司法書士、弁護士の方々が気を付けるべきポイントなどを解説するセミナーでいろいろと学びました。あとは書籍ですかね。基本はフィクションですから、嘘の話です。ですが、嘘なりにリアリティを持たせたいので、不動産業界の人にもアドバイスをもらっています。

本当は、現役の地面師に取材できる…という話もあったのですが、現役の方の話を聞くと、その話に引きずられてしまうかもしれない。なので、そこはノンフィクションにお任せして、今回はフィクションとして面白く書くことに徹しています。

―作中では、指紋から偽者だとばれないよう、指にマニキュアを塗ったり、特殊な人工指紋フィルムを貼ったりするという手法も書かれていました。あれは事実ですか?

特殊フィルムはどうですかね(笑)。マニキュアは本当だそうです。ただし、マニキュアを塗ってしまうと今度は書類に指紋がつかなくなってしまうので、それはそれで怪しいと刑事さんは見ているようですが。

「地面師」を通して「信頼」描きたい

―地面師のニュースで、印象に残っていることはありますか?

まずはやはり金額ですね。そして、被害を受けたのが大手の不動産会社だということ。手口も古典的で、本当にこんなことがあるんだと驚きました。今の時代、テクノロジーがこれだけ発展しているにもかかわらず、「その人がその人本人だということを見極める」ためには古典的な手法に頼るしかない。今の時代だからこそ、そこがむしろ試されているのかな、と感じました。

―「その人がその人本人だと見極めること」、ですか。

そうです。その人の証明書は国が発行して、それによってお墨付きを得ているわけです。でも、パスポートや免許証は、いったいどこまで信用できるんだっけ、ということまで思いを巡らせてみると、ここを描ければ面白い話になると思いました。

人がどういう風に人を信頼するのか。それを社会がどう担保するのか。地面師という不動産の話ではありますが、それを超えて、そういった「信頼」というテーマに迫れたら、と思っています。

不動産で言えば、やはり土地や物件という「モノ」に対する売り主や買い主の思いもあると思います。お金だけでは測れない部分は不動産ならではだと思うので、そこも描きたいですね。

―地面師という犯罪は、今後もなくならないと思いますか?

なくならないと思いますよ。いつだって楽して稼ぎたい人はいますから。それに、一部の犯罪者にとっては、その犯罪行為はスポーツやゲームみたいな感覚で、「だましぬいてやった」というスリルや達成感を味わえる。そういう意味でも、なくならないと思いますね。

不動産営業マンの友人に取材、『狭小邸宅』秘話

―デビュー作の『狭小邸宅』は、不動産会社で家を売る営業マンが主人公です。不動産の「あるある話」が多く、営業マンの苦悩がリアルに描かれている小説だと感じました。取材はどのようにしたんですか?

取材というか、僕の一番の親友が不動産会社の営業マンで、ほとんど彼に話を聞きました。最後の方はできた小説を読んでもらって、「このエリアに物件の案内に行くならこの道を使ったほうがいい」とか、「この物件で成約とるなら、『まわし』でこっちの物件入れて」とか、アドバイスしてもらいましたね。

※『狭小邸宅』の作中で、営業マンが「本命」の物件を売るために「引き立て役」の物件を多く案内するシーンがある

―事実に基づいたエピソードが盛り込まれているんですね。

そういう意味では、不動産営業のプロセスを知ることができて、(話を聞くのは)面白かったですね。

それと、彼自身の変化が印象深いです。営業マンになって1年目が終わったか、終わらないかくらいの時に話を聞いたんですが、「サラリーマン」というより「不動産営業マン」の顔つきになっていて、話すこともちょっと違っていて、人が変わったかのような感じでした。(その変化の様は)すごく興味深く、面白かった。

―思い入れのあるシーンはありますか?

思い入れというか、思い浮かぶシーンはあります。実は、できあがった作品は基本的に読み直しません。自分にとって過去のものだし、さんざん読んできたから、読みたくない。でも、歩いている時とかに、小説の場面やその一節をふと思い出すんです。狭小邸宅なら、例えばラストの一節とか、それから豊川課長に「仕事を辞めろ」と諭されるシーンとか。

―ラストは複雑な心境のはざまで揺れながら営業に向かう場面で締めくくられますよね。もう1つは、上司である「豊川課長」が、成績の悪い主人公に「お前、自分のこと特別だと思ってるだろ」と迫るシーンですね。私もすごく印象に残っています。

自分自身が、課長の言葉を教訓に…というか、「お前は特別じゃないんだ」と奮い立たせられるような時は今でもありますね。

―逆に、書ききれなかったエピソードはありますか?

実は、すばる文学賞の応募の時はもっと長い話だったんですが、世の中に出る前に原稿用紙数十枚分近く削ったんです。中には良いシーンもあったんですがなくなっちゃいました(笑)。

例えば、先ほど話したまわしのシーン、新築を売りたいので、良くない中古物件を「あて物件」として客に見せて、「中古はないですよね。やっぱり新築ですよね」というところに持って行かせるシーンとか。あとはチラシ配りをするシーンも削りました。夜中、家族団らんの声が聞こえる中でひたすらチラシを配る場面とかですかね。

―それは切ない場面ですね…すごく良いシーンだと思うのですが、なぜ削ったんですか?

作品の輪郭をはっきりさせるのと、すばる文学賞と同時に芥川賞を狙っていたので、そのためにはもう少し話を短くする必要があり、カットしました。

「不動産投資家は、やっぱり不動産が好きなんだ」

―『狭小邸宅』では不動産会社の営業の実態が赤裸々に描かれていますが、不動産業界からの反応はどうだったんですか?

聞くところによると、『会社四季報』のおすすめ本のコーナーに載せてもらったそうで、それを読んだ就活生が「やっぱり不動産会社はやめよう」となったのは聞きました。業界貢献につながらなくて、責任を感じています(笑)。

一方で、ある不動産会社は新入社員のテキストブックにしてくれているらしい。「ここに出てくる会社よりはうちの会社の方がマシだろ」という意味なのか…(笑)。それか、あまり下手に出る営業はするな、堂々と行け、という意味で、営業の手本にしているのかもしれませんね。

※作中に「客は自信のないやつからは買わない」と上司に言われ、主人公が営業姿勢を変えていく場面が描かれる

―不動産にかかわる話を2作書かれていますが、不動産業界に対して思うことはありますか?

もともと、建築物が好きなんですよね。大学の時にランドスケープデザイン(景観のデザイン)も勉強しました。衣食住の「住」って、特殊じゃないですか。文化的で、人々の営みがあって、しかもビジネスとしても動くお金が大きくて。そういうのも含めて好きですね。

建材も進化するし、でもお寺さんみたいな古い技法もすごいし、きれいな街も猥雑な街も楽しいし、興味は尽きません。面白いです。

不動産って建物や土地への愛というか、それが大事かどうかはわからないのですが、そのあたりを全部捨て去っちゃうと痛い目を見ることにもなるのかな、とも勝手に思っています。

不動産ってそのエリアの、その土地の、その物件が買えるかどうかはめぐり合わせじゃないですか。作るにしても1つとして同じものではないし。そういうところがワクワクしますよね。不動産会社で働いている人も嫌いじゃないです。ギラギラしているけど、法律などの知識も必要な難しさも併せ持っている。

―不動産投資に興味はありますか?

あります。不動産投資をして、いつか自分の街を作りたい(笑)。不動産投資の小説は書きたいな、と思います。「サラリーマン・一発逆転」系の話は好きだから。

―不動産投資家のイメージは?

年間家賃収入何億円、という方々にもお会いしますが、彼らはやっぱり不動産が好きなんだな、と思います。愛を感じました。オタク気質というか、やっぱり好きだから詳しくなるし、単なる金儲けの手段以外の何かなんだな、と。そういうのが良いと思います。

「臨場感」を大切に

―新庄さんの書かれる話は、すごく臨場感にあふれていますね。自分がその場にいるような…。一方で、出てくる行為の善悪を論じることなく、淡々と情景の描写をしている印象です。

僕自身、そういう話を読みたいんです。臨場感があって、ハラハラドキドキするような話を。反面、あまり「語る」のが好きじゃない。これが良い、悪いと善悪を語る資格があるとも思っていません。それよりも、あたかもそこにいるかのような、そういう小説を書きたい。

―文体は我流なんでしょうか? 参考にしている作家さんはいらっしゃいますか?

作家としては沢木耕太郎先生が好きなんですが、沢木先生の文体は自分の小説になじまなくて。吉村昭先生も好きで、ちょっと参考にしている部分もありますが、結局は我流ですね。いいな、と思う文章はマネしたくなるし、惹かれますが、結局自分のものにはならないんです。

ちなみに、『地面師たち』は第1話と第2話で書き方をかなり変えています。ちょっと第1話が「もっさり」しちゃったんで…まあ、僕自身が気になっている程度なんですけど(笑)。

読者の価値観を揺さぶりたい

―小説を書く際に心掛けていることはありますか?

読者を楽しませるということを超えて、読んだ人の価値観を揺さぶるような話にしたい、というのはありますね。読み終わって、本を叩きつけてもいいくらい、読む前と後ではその人の世界が変わっているような、心を動かすもの。そういう読書体験を僕もしたいから、そういうものを書きたい。

―小説のネタやテーマはどうやって探すんですか?

これが書きたい、というよりは編集者から提案を受けつつ、一緒に探っていく方が多いですね。いろんな編集者がいて、その人によって思考が違う。読んでいる本も、僕に対する期待も全然違う。「新庄なりの恋愛」を書いてくれという人もいるし。僕自身も新鮮で、毎回チャレンジです。

―趣味はありますか?

特に趣味はないんですが、最近水泳を始めました。毎日、ゆっくり泳いでいます。あとは飲み歩きが好きですね。

―好きな言葉はありますか?

「わかっていることは、わからないということだけ」。沢木耕太郎先生の作品の中にあったフレーズですが、時おり思い出します。要するに知ったかぶりするな、ということだと思いますが、そういう謙虚な姿勢が好きです。

新庄耕(しんじょう・こう)

1983年、京都市生まれ。慶應義塾大学卒業後、大手広告会社に入社。退職後にいくつかの仕事を経て、2012年、『狭小邸宅』で第36回すばる文学賞を受賞。著書に『ニューカルマ』(集英社)、『カトク 過重労働撲滅特別対策班』(文藝春秋)、『サーラレーオ』(講談社)がある。現在、雑誌「小説すばる」(集英社)で『地面師たち』を連載中。

(聞き手 楽待新聞編集部・浜中砂穂里)

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