明日、もし自分の身に何かあったら、物件はどうなってしまうのか。残された家族は―。そんな不安が頭をかすめたことはないだろうか。

楽待新聞が2019年2月に実施した読者アンケートでは、回答者205名のうち約72%にあたる150名が、自身の相続について「不安に感じたことがある」と回答。一方で、相続に備えて何か準備をしているかという設問に対しては、205名中約74%にあたる153名が「していない」と答えている。

準備をしていない理由としては、「まだ早いと思うから」「子供が小さいので」「実感がない」といったものが多数。漠然とした不安はあるが行動に移せていない、という人が多いようだ。しかし、得てして「その時」は突然やってくる。不動産投資家は相続にどう向き合っているのか。4人の投資家に話を聞いた。

Case1 サラリーマン投資家の父が急死、その時娘は

女性投資家の五十嵐未帆さんは今から十数年前、当時62歳だった父を事故で亡くした。2カ月前、五十嵐さんには長女が誕生し、母親になったばかりというタイミングで起きた不幸だった。 

五十嵐さんの父はサラリーマン投資家だった。しかし、父の物件について正確に把握している家族は1人もいない。分かっていたことと言えば、所有物件が3棟あるということ、またそれぞれのだいたいの立地くらいだった。「父は所有物件について、詳しいことは母にも話していないようでした。預金など不動産以外の資産のことも何も分かりませんでしたし、もちろん遺言書もありません。相続に必要な情報は何もそろっていませんでした」。 

残された家族は、当時20代だった五十嵐さん、2歳年下の妹、大学生の弟、そして母の4人。誰も不動産の専門知識を持っていなかったが、五十嵐さんは海外旅行やヨットが趣味の父に何かあったときに備えてFPの資格を取得しており、相続についてある程度の知識があった。「私が何とかしなければ」と覚悟を決めた五十嵐さん。生後数か月の乳飲み子を抱えたまま相続の準備に取り組むことになった。

相続財産一覧表の作成、そして遺産分割協議

相続税は、相続が発生したことを知った翌日から10カ月以内に申告しなければならない。申告に当たっては、まず被相続人(亡くなった人)の相続財産がいくらになるのか、正確に把握する必要がある。肝心の相続財産の額が分からなければ、相続税額の計算ができないためだ。五十嵐さんは大まかに以下のステップで準備を進めていった。

【1】相続財産の把握

五十嵐さんがまず手を付けたのは、父の財産の把握。あちこちに散らばっていた書類を整理していく。「もともと整理整頓がすごく苦手なタイプ」だったという五十嵐さんの父。部屋に山のように積まれた書類の中から、資産の情報につながるヒントを探していった。預金、金融資産、不動産、保険などに分けながら書類を整理していく。

不動産に関する資料で最初に見つかったのは2通の確定申告書だった。所有物件3棟のうち1棟は法人で所有していたこともこのとき判明。確定申告書に署名があった税理士や、年賀状から割り出した不動産業者に連絡を取り、物件の状況を少しずつ把握していった。そうして3物件の詳細が次第に判明、ここまでに要した時間は約2カ月だ。このうち残債がある物件は1件のみで、ラッキーなことに団体信用生命保険(団信)に加入されていた。

■五十嵐さんの父が所有していた3物件

物件A(個人所有)
築32年の鉄骨造アパート、全6戸、和式トイレ、バランス釜、タイル風呂

物件B(個人所有)
築20年の木造アパート、全6戸、3点ユニット

物件C(法人所有)
築31年の鉄骨造マンション、全10戸、3点ユニット

【2】相続財産の評価額の算出

続いては、不動産を含めた相続財産の評価額の算出だ。相続税の税額計算では、被相続人が亡くなった時点での遺産額を示す「相続税評価額」を決め、そこから基礎控除額などを差し引いた額に税率を乗じて納税額が決定される。現金は金額がそのまま評価額となるが、不動産は特例の適用などで評価額が小さくなる。

評価額の算出については、付き合いのあった銀行からは税理士のあっせんも提案されたが、着手金として100万円ほどの費用がかかることもあり自力で行うことにした。

謄本や図面、測量から土地面積と路線価を調べ、計算を行った。3棟のうち1棟を所有していた法人の株式の財産評価など、高い専門性が求められる部分のみ父がお願いしていた税理士に依頼した。そうして相続財産の整理が済み、資産の一覧表が完成したのは相続から約7カ月後のことだった。

【3】遺産分割協議、相続税の申告

続いては遺産分割協議だ。家族と話し合いながら、民法に定められた「法定相続分」に準じて資産を分けていくことにした。

「弟は当時まだ大学生だったので、不動産を引き継ぐのはちょっと荷が重いだろうと考えました。そこで母、私、妹の3人で1棟ずつを分け、残りの資産を弟に分けることで落ち着きました。築年数が最も古く苦労しそうな物件Aを私に、法人所有の物件Cを母に、比較的新しい物件Bを妹に、という形です」

その後相続登記までを自力で済ませて税額を計算、父が亡くなって8カ月が過ぎたころ、ようやく相続税の申告が完了した。

相続では、この遺産分割協議で揉めるケースが多いが、五十嵐さんの場合、幸いにして争いが起こることはなかった。「私以外はあまり知識のない家族だったので、公正客観的な数字に基づいて財産評価していることを説明し、私に一任してもらえたことが穏便に済んだ要因だったかもしれません」と五十嵐さんは振り返る。

相続財産一覧表の作成、そして遺産分割協議

こうした経験から、五十嵐さんは自身が被相続人となった場合の備えに力を入れている。「思いつく限りの資料をファイリングし、いつでも見られるようにしてあります」。

不動産賃貸業に関する書類は一通りファイリングされ、書棚に並べてある

ファイリングされているのは、金融資産一覧表、所有する不動産と融資状況の一覧表、入居者の氏名・属性・入居期間まで明記された全物件のレントロールなど。所有する全ての物件の退去がいつ発生しているかの退去備忘録も作成した。生命保険や損害保険の加入状況が分かる資料や、各物件の賃貸契約書、法人事業の年度ごとの会計書類、固定資産税の納税通知書もすべてそろえ、これらをすべて書棚に並べている。

ただ、専門的な知識を持たない家族が、どの資料をどうやって見ればよいのか判断するのは難しい。そこでもしものときのために、パソコンに「お母さんに何かあったときに読んでください」と分かりやすいファイル名のメモを保存し、そのことを家族に伝えてある。

五十嵐さんのパソコンのデスクトップには、万一の時に残された家族に向けてメモが保存されている(クリックで拡大)

「ここには書棚のファイルの意味に加え、金融機関や管理会社の担当者などの情報も含まれています。子供はまだ小さいのですが、夫が見ればだいたいのことは分かるようになっています。こうした準備は普段の賃貸経営をスムーズにする意味でも役に立ちますよね」

父の相続を経験し、「人はいつ死ぬかわからない」ということを痛感した五十嵐さん。3人の子供たちにも「お母さんもいつ死ぬかわからないよ」と、折に触れ伝えているそうだ。

Case2 勝手に物件を売却した叔母

投資家の上田ジョニーさんもまた、父方の祖母を亡くした際、その相続を巡って苦い経験をしている。

上田さんの祖母のフミさん(仮名)が亡くなったのは今から3年ほど前。その時すでに上田さんの父は他界していたため、法定相続人(民法で定められた、遺産を受け取る権利を持つ人)は上田さんと上田さんの兄、そして父の兄弟である叔父と叔母の4人だった。フミさんの相続財産は、某地方都市にある6台分の駐車場が付いた戸建物件。駐車場は近隣の店舗に貸しており、毎月5~6万円の賃料収入があった。

PHOTO: iStock.com/Asobinin

ところがフミさんが亡くなって相続の話が持ち上がったころ、法定相続人の1人である叔母が突然「戸建物件は(フミさんが亡くなる前に)売却した」と連絡してきた。戸建物件の売却価格は上田さんに一切知らせないまま、「あなたの取り分は200万円」と一方的に伝えてきたのだ。フミさんは、亡くなる数年前から認知症を患っていた。もし認知症のフミさんに代わって叔母が売却を進めたのであれば、成年後見人(認知症などで判断能力を失った人の財産などを守る人)の登記を済ませているはずである。

「叔母は以前からお金に執着のある人でした。戸建物件の駐車場も、フミさんの生前からなぜか叔母が管理するようになり、賃料収入もどこかに消えていたんです」。こうした事情もあり、フミさんが認知症を発症した後、上田さんはフミさんの登記事項証明書で後見人の登記があるかどうかを調べたが、その時は成年後見登記の事実は見つからなかったという。

「その後、祖母が亡くなるまでの間に登記を済ませたのかどうかは分かりませんが、もしそうであっても売却は簡単ではないはず。預金額や、物件の売却価格について一切知らせないのは明らかにおかしいでしょう」。

上田さんがフミさんの生前、戸建物件の売却見積もりを業者に依頼した際の査定額は約1000万円ほどだった。これに加え、「少なくとも年金や駐車場の賃料収入などを含め1000万円ほどの預金はあったはず」だが、上田さんと兄の手元に渡った遺産は200万円のみ。

「金額はさておき、叔母の振る舞いが許せなかったので、私としては裁判でもなんでも徹底的にやろうというつもりでした。ですが、先方との関係悪化を望まなかった兄の意向をくみ、仕方なく泣き寝入りです」

死後の物件売却は信頼できる大家仲間に

現在、1都3県にアパートを10棟、戸建を60戸所有する上田さん。こうした苦い経験もあり、まだ30代ながら自分の物件の相続について準備を進めている。

「子供はいませんから、自分が死んだら妻にうまく売却してほしいと思っています。持ち続けてほしいという気持ちもゼロではありませんが、不動産賃貸業には向き不向きがありますから。妻の場合、能力に問題はないのですが、不動産にあまり興味を持っていません。興味がないと、やはりうまく運営していくのは難しいと思います」

これまで自身が購入した物件の売主には、不動産に興味がなさそうな二代目大家が少なからずいた。労せずして得た物件に興味を持てない彼らは運営努力をしない。空室を埋めることもままならず、面倒になって売却に出すというケースが多いと上田さんは感じていた。それならば、自分の死後すぐ、物件がもっともよい状態のときに売却してもらいたいというのが上田さんの考えだ。専門知識を持たない妻でもスムーズに売却ができるよう、信頼できる仲間に物件を託しているのだという。

「僕が所有する物件について、付き合いの長い大家仲間の1人にすべて伝えています。お互い、『自分に何かあったら物件のことは頼む』と取り決めているんです。私の妻にも、自分に何かあったら彼を頼るようにと話してあります」