PHOTO: 清十郎 /PIXTA

昨年12月、埼玉県深谷市が全国で初めて「マイナス入札」を成立させて話題となった。老朽化が進んだ同市所有の公共施設をマイナス価格で入札にかけ、地元の会社社長が「マイナス795万円」で落札したのだ。これはつまり、市が落札者に795万円を支払ったうえで、さらに土地と建物を無償で譲渡することを意味する。また今年3月にも、北海道室蘭市の公共施設を北九州市の業者が「マイナス881万円」で落札している。

こうしたマイナス入札の背景には、高額な解体費や維持管理費がネックとなり、老朽化した公共施設を放置せざるを得ない自治体の苦しい事情がある。同様の悩みを抱える自治体も少なくない中、不動産がマイナス価格で取引される事例は今後増えていくのだろうか。そして不動産投資家にも参入の余地はあるのか。自治体の担当者に話を聞いた。

解体費が土地評価額を上回る

そもそもなぜ、自治体が身銭を切ってまで公共施設を手放す必要があったのか。深谷市の事例を詳しく見ていこう。

昨年末にマイナス価格で落札された深谷市の公共施設は、JR深谷駅から車で20分程度の場所にある旧市立中瀬小学校体育館。築40年程の鉄骨造で、敷地の広さは約1500平米だ。1984年に学校の統廃合で使用されなくなった後、地域の体育館として活用されていたが、2010年には老朽化により体育施設としての利用を中止、休眠状態となっていた。

マイナス入札の対象となった深谷市旧中瀬小学校体育館(写真:深谷市Webサイトより)

こうした施設を放置すれば自治体の維持管理費がかさむほか、地震による倒壊など安全面の問題もつきまとう。そこで深谷市は2015年と2017年の2度に渡り、同施設を入札にかけた。

このときは、倉庫など人が常駐しない施設とすることを条件に、建物の再利用を前提としていた。そのため予定価格は約1780万円と「プラス価格」に設定されたが、いずれも応札者は現れなかった。その間にも建物の老朽化は進んでいき、基礎コンクリートの剥落や雨漏りなどが見られるようになったという。

そこで2018年12月、深谷市は方針を改め、解体を条件とした入札に切り替えることを決めた。しかし、解体には高額な費用がかかる。市の試算によると、この土地の場合、解体費が土地評価額を大幅に上回ることも分かった。こうした事情から、2018年の入札では予定価格を「マイナス1340万6000円」に設定。事実上、解体費を市が負担する形で活用への道を模索する方針に舵を切ったのである。

この入札には2者が参加し、よりマイナス額が小さく、市の負担額が少ないマイナス795万円で落札された。

マイナス入札の仕組み。解体費が土地評価額を上回ったため、予定価格をマイナスとした(深谷市広報誌『広報ふかや No.158』 P3より)

通常であれば市が建物を解体し、更地にしてから売却するという方法が有力な選択肢となる。こうした方法をとらなかった理由について深谷市は「この場所は深谷市街から離れた郊外にあるため、多額の費用をかけて更地にしても買い手がすぐに付くかどうかわからない。買い手が付かなければ、その後も市がさらに維持費を支払う必要が生じる」(市の担当者)ことから、民間のノウハウを活かし、効率的かつ速やかに施設の活用につながる方法としてマイナス入札の実施に至った、と説明する。解体を条件とした入札であれば、その後活用される可能性も高まるというわけだ。

なお、室蘭市の場合も同様で、解体費が土地評価額を上回ってしまうという状況を鑑み、マイナス入札という方法を取ったとしている。深谷市の場合は地元の食品加工会社社長が落札し、現在は解体に向けて準備を進めている段階だ。室蘭市の施設(旧総合福祉センター、1976年築)は北九州市の福祉事業会社が落札し、解体後には老人介護施設の建設が予定されている。

マイナス入札は全国に普及するか

では今後、同様の手法をとる自治体は増えていくのだろうか。

総務省の調査によると、全国の市区町村が保有する公共施設は1970年代に最も増加しており、これら築40年前後の施設が今後一気に改修・更新時期を迎えると予想されている。先の深谷市、室蘭市のマイナス入札事例でも、対象となった建物は1970年代に建てられている。人口減少により地方自治体の財政状況が厳しさを増す中、再利用の目処が立たない公共施設はさらに増えていく可能性がある。

こうした状況下では、「マイナス入札」は有効な手法の1つとなり得るだろう。実際、深谷市の担当者によると、「深谷市の事例がメディアで報じられて以降、他の自治体からノウハウの提供を求める問合せが増えている」という。

総務省『公共施設等総合管理計画のさらなる推進に向けて』より(※クリックで拡大)

先行事例がある、という事実も大きい。深谷市の担当者によると、マイナス入札の実施に当たって特に苦労したのが「制度設計」だという。昨年の全国初となったマイナス入札では、そもそも自治体がマイナス価格で公共施設を入札にかけることに違法性はないのか、解体を条件とした契約にはどのような書類・条項が必要なのかなど、弁護士と相談をしながらかなりの労力をかけて制度設計を進めていった経緯がある。深谷市、室蘭市の事例がこうした初期のハードルを下げたことで、他の自治体に普及する呼び水となる可能性はありそうだ。

深谷市、室蘭市の入札要件では、ともに個人・法人の別を問うていない。仮に今回のようなマイナス入札が広く普及することになれば、入居付けやコスト圧縮のノウハウを持つ個人投資家にとっても活躍の場となる可能性がある。