「オーナーチェンジ」物件を購入したところ、聞いていた入居者ではない人が勝手にその物件に住んでおり、賃料ももらえないはめになってしまった…。大家としてはゾッとする話ですが、そのようなトラブルの発生はままあるといいます。
弁護士法人丸の内ソレイユ法律事務所の阿部栄一郎弁護士に、こういったトラブル事例と、その対処法を解説してもらいました。
○今回のトラブルの概要
不動産投資家であるX氏は、賃借人のいる戸建てをいわゆる「オーナーチェンジ」で購入しました。
X氏が売買契約及び決済を終えて賃借人に連絡を取ろうとしたところ、「入居者」と聞いていた母子はすでに一戸建てから退去しており、別の無職の男性が一戸建てに住んでいたのです。
X氏としては、安定した賃料収入を得られると思ったにもかかわらず、賃料収入が得られないばかりか、まずこの男性を一戸建てから退去させなければならないということになってしまった…という事例です。
「入居者は親子」、ところが出てきたのは
不動産投資家のX氏は収益物件として、すでに賃借人のいる戸建て物件を購入しようと考え、仲介業者に依頼して条件に合う物件を紹介してもらいました。約2000万円、利回り約10%という中古の戸建て物件です。
売り主であるY氏によると、その戸建ては以前A氏という人物の所有だったものの、5年ほど前に事業に失敗したため、A氏の知人であったY氏が購入。その後、A氏とY氏とが賃貸借契約を締結して、現在はA氏とA氏の母が一緒に住んでいるということでした。
売買契約の際には、売買契約書、重要事項説明書、付帯設備表などのほか、Y氏とA氏との間の賃貸借契約書、賃料の入金状況の分かる通帳の写しなども受け取りました。賃貸借契約書を確認したところ、賃貸借契約期間がその年の1月1日から翌年の12月31日までとなっていました。
売買契約を成立させ、1週間後に決済が完了。戸建てを管理する管理会社とも契約し、X氏は、賃借人に挨拶するために、管理会社の担当者とともに物件を訪問しました。出てきたのは、賃借人として聞いていたA氏よりもだいぶ高齢の男性でした。
不審に思ったX氏がその高齢男性と話をしたところ、男性は「A氏の母の元夫」であって離婚をしたこと、数日前にA氏とA氏の母は戸建てから退去したこと、そして自身に収入がなく、家を出て行けないことなどを話します。当然、収入もないので家賃も払えません。
X氏は、この話を聞いて目の前が真っ暗になりました。自身では解決できず、弁護士に男性の立ち退きを依頼し、弁護士は交渉の末に退去させました。ただし、男性に数十万円の立退料を支払い、大きな出費となってしまいました。
オーナーチェンジの場合「賃借人」はどうなる
投資用物件の売買の場合、よく「オーナーチェンジ」などと広告されており、読者の皆様も実際にこうした投資用物件を購入されたこともあるかと思います。法律の理解を前提として建物の売買契約が行われていますので、知識として持っておかれると良いかと思います。
トラブル対処についてお話する前に、前提となる法律や契約について少しご説明しましょう。まずは「賃借人」の扱いについてです。
(1)法律論の原則
賃貸借契約は、「賃貸人がある物の使用と収益をさせることを賃借人に約束し、賃借人がある物の使用と収益に対する対価(賃料)を支払うという約束をすること」を内容とする契約です(民法601条)。そして、賃貸借契約のような債権契約は、原則として、当事者同士しか拘束しません。
(2)原則を貫くことによる不都合
ところが、上記のとおりに賃貸借契約が当事者しか拘束しないとなると、例えば、賃貸人である建物所有者が第三者に建物を売却した場合、賃借人は新所有者に対して建物の使用・収益を求めることができなくなります。つまり、賃貸人は、建物を売却することによって、賃貸借契約から離脱を図ることができる一方、賃借人は自身の知らない建物の売買などによって、建物の使用などができなくなるという不安定な立場に立たされることになります。これでは、賃借人はたまったものではありません。
(3)借地借家法による修正
そのため、賃借人を保護する目的で、借地借家法は31条1項で「建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後のその建物について物件を取得した者に対し、その効力を生ずる」と定めました。つまり、賃借人が建物の引渡しを受けた場合(多くは、鍵を受け取った時点が引き渡しを受けた時点となります)、賃借人は、建物の所有者が変わったとしても建物の新所有者に対して賃借権を主張することができ、その後も建物を使用・収益できることとなります。
オーナーチェンジの場合、「賃貸借契約」はどうなる
上記で「賃借人」の権利についてご説明しましたが、交わした「賃貸借契約」はどうなるのでしょうか。
(1)法律論の原則
上記のとおり、賃貸借契約は契約であり、契約は契約当事者しか拘束しません。賃貸人が交代する、または、賃借人が交代するという場合には、契約の他方当事者が合意をしなければなりません。
(2)原則の修正
上記(1)のとおり、賃貸人の交代に賃借人の合意が必要となると、建物所有者である賃貸人は、自身の建物を売却するに当たって、必ず賃借人の了解を得なければいけないことになります。そうなると、賃借人が建物の売却に関与することとなり、場合によっては、承諾料などを取るということも考えられます。建物の売却が遅れたり、不動産の流通が阻害されたりというケースも出てくるかもしれません。
賃借人が自身の住んでいる建物の売却に関与できるというのは、賃借人保護の法政策の1つとしてあり得ることです。しかし、大審院(明治憲法下における最上級審の裁判所)や最高裁は、建物の所有権の移転に伴い、賃借人の同意なくして賃貸人としての地位も建物の新所有者に移転するという判断をしています。
つまり、新所有者を新賃貸人として、賃借人との間で、以前と同様の賃貸借契約が成立するということです。なお、これらの点については、令和2年4月1日から施行される新民法605条の2や605条の3で明文化される予定です。
(3)新賃貸人が賃料を請求できる時期
建物の所有権を譲り受けた新所有者・新賃貸人が賃借人に対して賃料を請求できることになる時期はいつでしょうか。最高裁は、新所有者・新賃貸人が建物の登記を完了した時と判断しています。ですので、新所有者・新賃貸人は、建物の所有権移転登記手続きをした後でないと、賃借人に対して賃料を請求することができません。なお、この点についても、令和2年4月1日から施行される新民法605条の2で明文化される予定です。
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