「東京だから」あるいは「駅前だから」といった理由で住まいが選ばれる時代は終わり、これからは「街の質」が重視される。そして都内では「街間格差」が拡がっていく──。
高齢化による相続ラッシュや生産緑地問題などを背景に、東京の不動産をめぐる環境は大きく変化していくという牧野知弘氏。10~20年後の東京の姿がどう変わるのか、さまざまな要因を紐解きながら語ってもらった。
共働き世帯の増加がもたらしたもの
東京の住宅事情は、ここ20年ほどの間にずいぶんと変わった。その背景にあるのは、次の2つの要因だ。
1つ目は、人々のライフスタイルの変化。夫婦共働きの進展は、住宅マーケットにおいては世帯の住宅購買力を一気に高める効果があった。これまで主流だった専業主婦世帯では、住宅ローンは夫が返済するものであり、夫の収入の範囲内でしかローンは組みようがなかった。だが、これに妻の収入が加わることによって、今まででは考えられなかった高額な住宅ローンが組めるようになった。
2つ目が、都心部での住宅供給力のアップだ。90年代の後半以降、超円高などを原因として産業構造が変化、東京の湾岸部にあった工場や倉庫などが次々に撤退したことでデベロッパーやゼネコンがこうした土地にタワーマンションなどを建設分譲、都心部における住宅の供給力を大幅に高めることができるようになった。
夫婦共働き世帯では、夫婦ともに会社に通勤しやすい街に住むのが最優先課題。住宅選びで最も重視されるのは、住環境というよりも交通利便性ということになった。郊外住宅地の人気は薄れ、代わってJRなどの主要路線のターミナル駅が人気を呼ぶようになった。住宅選びは「環境ファースト」から「会社ファースト」に変わったのだ。
しかしこうした傾向も、今後は変わってくるかもしれない。
キーワードは「相続」と「農地」
まずは、これからの東京の不動産をめぐる環境がどのように変化するのかを考えてみよう。
人が集まる街では、不動産価格が上がる──。これは不動産を業としている人ならば誰しもが実感することだ。だが東京都の発表によれば、東京都の人口はおおむね2025年ごろがピークで、その後は減少を始めるという。都区部に限ってみても、2030年ごろから人口は減少する。エリアにもよるが、これまで一方的に人を集めてきた東京の「集客力」はそろそろ限界を迎えるということだ。その原因は住民の高齢化にある。
東京都の高齢者人口推計によれば、2017年9月15日現在の都区部における65歳以上の高齢者人口は201万1千人と、初めて200万人の大台を超えた。この数値は20年前の約1.7倍に及ぶ。しかもこのうち75歳以上の後期高齢者の人口は101万人。高齢者の半数以上が75歳以上の後期高齢者だ。
ここで、時間軸をあと10~20年先へと引き伸ばしてみよう。先述した高齢者人口を考えれば、都区部において大量の相続が発生することが容易に予測できる。そして相続人の多くはすでに家を所有している世代。親の家に住む相続人もいるだろうが、これを賃貸や売却に出す人は多いはずだ。
もうひとつの環境変化が、都区内に多く眠る農地だ。今でも世田谷区や練馬区などを歩くと、多くの都市農地を見つけることができる。これらの農地は生産緑地制度に登録されたものだ。生産緑地とは、災害防止や環境保全の観点から、自治体が指定する農地などのこと。農地以外に転用することはできないが、同制度に登録すると固定資産税や相続税が軽減される。
東京都内では約3300ヘクタールがこの生産緑地制度に登録されている。また登録するには、農業を30年間継続することが条件となっている。
この営農30年の期限が最初に到来するのが2022年。現在登録されている生産緑地のおよそ8割が2022年に期限切れを迎えるとされている。期限満了と同時に売却や賃貸アパートなどとしてこれらの土地がマーケットに供給されると、東京の地価は供給圧力に押されて大幅に下落する可能性が囁かれている。
生産緑地制度の期限延長や条件の緩和などがすでに打ち出されてはいるが、生産緑地所有者世帯の多くで高齢化が進み、円滑な事業承継が進んでいないのが実態だ。また期限切れの生産緑地を借り上げて農業を営む法人個人がどれだけ出現するかも不透明だ。
まとめると、これから東京都内では相続ラッシュが起こる。そして生産緑地の一部が賃貸や売却といった形でマーケットに放出されてくる。一方で、東京の人口増加ペースは鈍り、2025年を境に減少に転じる。人が集まらなくなることはそれだけ住宅に対する需要が減退するということだ。
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