自身も収益物件を所有する不動産投資家であり、大家さん専門の保険コーディネーターとして活動する斎藤慎治氏に、保険の基礎から実践ノウハウまでを語ってもらう本連載。
今回は、保険のベースとなる「主契約」と、オプション的な位置づけの「特約」について紹介しつつ、大家さんに必要な保険をどのようにカスタマイズしていけばよいのかを学ぶ。仲介業者が勧める保険をそのまま契約してしまった結果、本来必要のない補償のために保険料を払い続けるといったケースもあり得る。保険の仕組みを知り、本当に必要な補償だけを選べる目を養ってほしい。
大家さん専用の保険は存在しない
賃貸経営にまつわるさまざまなトラブルから身を守るためには、保険はとても重要。ですが、「大家さん専用」のように、大家さんだけを対象とした保険商品は実はほとんどありません。大家さんが加入している保険の多くは、既存の保険商品をカスタマイズしたものなのです。
これは、総人口に対する大家さんの比率を考えれば当然のこと。保険業界から見れば、大家さんはきわめて少数派のユーザーなのです。したがって、大家業の実情を十分に理解している保険のエージェントもほとんど存在しません。ですから、大家さんが最適な保険を選ぶためには、自らが保険の知識を身に着ける必要があります。
さて、大家さんにとって最も身近な保険といえば、「火災保険」です。火災保険は読んで字の如く、火災による財物の損害を補償する保険契約のことです。ただし昨今では、火災の被害だけを補償する商品は少なく、落雷や風災などさまざまな災害に対して補償される「総合補償型」といわれる商品が主流となっています。こうした商品はカバーする範囲が広いだけに、必要な補償と不要な補償の見極めが難しくなっているとも言えます。今回は、必要な補償と不要な補償をどのように見極めればよいのかを解説したいと思います。
保険は「主契約」と「特約」からなる
まずは、保険契約の基本についておさらいしておきましょう。火災保険や生命保険は、基本的に「主契約」と「特約」で構成されています。火災保険においては、基本補償である「主契約」は、火災、落雷、破裂・爆発、風災などへの補償がセットになったもの。それに対して特約は、主契約の補償内容をさらに充実させたり、主契約以外の追加補償を受けたりするためのもので、特約のみ単体で加入することはできません。
なお、先述した「総合補償型」と呼ばれるタイプでは、たいていの物件で必要となりそうな補償が一括りにセット化されており、それに対して主契約を結ぶことになります。そこから物件の特徴に合わせて補償項目を除外したり、または特約を追加したりして、所有物件にマッチする火災保険にカスタマイズしていくというわけです。
○総合補償型火災保険の主契約における主な補償項目
火災、落雷、破裂、爆発、風災、雹(ひょう)災、雪災
水災、盗難、建物外部からの物体の落下、飛来、衝突、
給排水設備の不備による水濡れ被害、破損・汚損等の損害
※黒文字のものは除外可能な補償項目
一方、火災保険に付帯可能な特約は、保険商品によって差はあるものの、各商品に数十個はあると思われます。その中には賃貸物件に必要なもの、あればなお良いもの、または不要なものが混在していますので、これを見極めることがとても重要です。以下に、賃貸物件に関係する特約をまとめてみました。
賃貸物件に必要な主な特約
以下の1~3はトラブルに巻き込まれないための特約で、2と3は、特約保険料がかからない自動付帯となる場合も多いです。大きな損害への備え(場合によっては億単位の賠償)という意味では、1の「施設賠償責任特約」は欠かすことができない賃貸事業に必須の特約といえます。それにもかかわらず、まだまだ付帯していない大家さんもいるのが現状です。
1.施設賠償責任特約
建物の管理不備に起因する偶然な事故により、第三者に法律上の賠償責任を与えてしまった場合の補償。劣化した建物のタイルが剥がれ、通行人にケガを負わせてしまった、などのケースが該当します。「建物管理者賠償責任特約」「賃貸建物所有者賠償特約」とも呼ばれます。
2.修理付帯費用特約
損害の原因調査、損害範囲の確定のために要した費用を補償。例としては、漏水の原因箇所を調査するために天井や床をはがした場合の復旧費用などがあります。
3.代位求償権不行使特約条項
入居者の過失によって賃貸居室内に損害が生じた場合、家主の加入する火災保険によって補償することもできます。このとき、補償をした家主の保険会社は、家主に代わって入居者に損害賠償を請求する権利を取得しますが(これを代位求償といいます)、この特約に加入していた場合は、賃貸借契約上の賃貸人(家主)と賃借人(入居者)との間においてはこれを行使しないことによって、家主と入居者がトラブルになることを防ぎます。
賃貸物件に付帯しているとより安心な特約
以下の1と2は、災害などによって家賃を失うリスクに備えるもの、3は修繕費を劇的に軽減するもので、それぞれ性質と役割が異なります。なお、これら1~3の特約への加入者は少ないですが、賃貸経営の安定には役立つものです。
1.家賃収入特約
火災保険の基本補償に該当する事故が原因で損害を受けた結果、発生する家賃の損失を補償。火災や水災で入居者が住めなくなってしまい、家賃が得られなくなってしまったケースなどが該当します。
2.家主費用特約(家賃収入特約とセット)
賃貸物件内での自殺や他殺、居室内の損害を伴う孤独死が発生したことによって空室となったり、家賃の値引きを余儀なくされた場合の家賃損失を補償。腐敗によって汚損が進んだ室内の原状回復費(消毒、脱臭施工費含む)、次の入居者が決まるまでに失った家賃(最長2年分)、または値下げした家賃(最大50%まで)、その他遺品整理費用やお祓いや供養に要した費用など、ざっと数百万円程が補償されるケースが多いでしょう。
3.建物付属機械設備等電気的/機械的事故補償特約
建物に付属する機械設備等が故障した場合の修理費用、または交換費用を補償。竣工後10年を超える物件では、付属機械設備の部品の調達が難しくなり、交換を余儀なくされるためおすすめの特約です。エアコンや給湯器、浴室乾燥機、インターフォンなど設備全般が対象となりますが、長い間使用していなかったことなどによる老朽化・経年劣化などによる故障は補償されないことが多いので注意してください。
4.マンション居住者包括賠償特約(個人賠償責任包括特約)
居住者による偶然な事故などにより、法律上の損害賠償責任を問われた場合に補償されるもの。例えば上階の入居者の過失で水漏れを起こしてしまい、下階の家財が損傷した場合などがこれに該当します。このような場合は通常、上階の入居者が加入する家財保険で対応しますが、入居者が全員家財保険に加入しているとは限りません。そこで、この特約に加入していれば、家財保険の個人賠償責任特約と同じものを家主の火災保険に包括契約できるため、全入居者が自動担保され、家財保険に未加入の入居者が加害事故を起こしてもこの特約でカバーできます。
全ての入居者が家財保険にもれなく入っていれば問題ないのですが、仲介業者の不手際によって、または入居者が家財保険への加入を拒否する場合もあります。こうした不安がある家主にとっては有用な特約になります。
賃貸物件には不要な特約
1.個人賠償責任補償特約(賃貸併用住宅を除く)
個人の日常生活においての賠償責任を補償する特約なので、賃貸専用物件には無関係。
2.類焼損害補償特約(賃貸併用住宅を除く)
家主の自宅からの出火によって近隣の住宅などに被害を与えてしまった場合の補償なので、賃貸専用物件などの家主が居住していない物件には不必要。
類焼損害特約などは年間数千円以上かかりますので、このような無駄な特約を外すことで、10年間で数万円ほどの無駄を省くことができます。これら特約は保険会社、保険商品によって名称の相違、設定の有無、補償条件の違いなどがあります。契約している保険会社、または代理店に確認のうえ、必要な特約を扱っていない場合には保険会社・保険商品を他のものに切り替える必要があることを予め留意しておいてください。
※保険商品によっては設定がない場合があります
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