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不動産投資で成功するための基本の1つは、「いい物件をできるだけ安く買う」ということ。売り出し価格より安い金額を買主が指定することを「指値」というが、指値を実現するためのテクニックなどは不動産投資家の間でもよく話題に上がる。
楽待新聞でも以前、「指値力」という連載を通じ、主に投資家の視点から指値の材料探しや価格交渉のポイントなどについて伝えてきた。しかし、仲介会社の立場からすると、無茶な指値を入れてくる投資家は敬遠したくなるのも事実。今回は元不動産仲介業者である筆者が、仲介会社側の視点で指値について解説していきたい。
買付の優先順位は状況次第
収益物件を購入するときは、まず売主に対して「不動産購入申込書」を提出するところから始まる。買付証明書とも呼ばれているが、買付を出したからといって必ずしも物件が購入できるとは限らない。不動産投資家は売主に「物件を買いたい」と書面で意思表示をして、売主は購入希望者と売買契約をするかどうかを判断する。
基本的には一番早く買付を入れた人が優先されるが、売主と買主の状況によっても変化する。一番手で買付を入れた投資家よりも二番手の投資家の方が自己資金が多く融資が承認されやすい状況だったり、現金購入であったりした場合は、そちらが優先されるケースもある。
買付を入れても油断できない
不動産仲介業者の立場からすると、顧客から買付をもらうと本格的に売買案件がスタートすることになるので、内心ドキドキするのが正直なところ。顧客からもらった買付が売主に承認されない可能性もあるからだ。
買付はまず元付け業者(売主側の仲介業者)にFAXやメールなどで送られ、その後、元付け業者から電話が掛かってきて買主についてあれこれ訊かれるのが一般的な流れ。例えば、「買主はどんな人か(人柄や属性など)」「自己資金はどれくらいあるか」「融資は通りそうか」などについて訊かれ、元付け業者は入手した買主情報を売主に伝えて協議をする。
基本的に、勤続年数が長かったり、物件価格の1割以上の自己資金があったりする買主の場合は、元付け業者に紹介しやすい。逆に、例えば転職したばかりで他にもローン残債があるような買主の場合はアピールしにくくなる。
そのまま売主が「契約して大丈夫」と言ってくれればいいのだが、「もっと条件の良い買主が現れるかもしれない」と言い出す可能性もある。例えば、自己資金が少ない買主が融資特約付きで買付を入れた場合だ。この場合、二番手の買付しか入っていない状況であっても、元付け業者からは「他にも買付が入っているから売主と相談する時間をください」と言われ、数日間待たされてしまう。
売主からすれば、せっかく契約したのに買主のローンが通らず白紙解除になってしまっては、それまでにかけた時間が無駄になってしまう。できるだけ決済完了までスムーズに進められる相手と取引をしたいのだ。
買付二番手に先を越された事例
筆者が売買仲介をしていたときに、実際にあった事例を紹介する。
築10年の分譲区分マンションを案内したとき、顧客から買付をもらえたので元付け業者に提出した。一番手の買付だったので安心していたのだが、翌日になって元付け業者に呼び出されたため先方の事務所まで出向いたところ、直接社長が出てきて買主のことをいろいろ質問してきた。
質問内容は前述したような買主の属性や自己資金、融資についてだったのだが、元付け業者が一番ネックに感じていたのが「購入できる時期」だった。売主は売却金を次に購入する戸建の資金に充てたいという意向があり、早期の売却を希望していたのだ。
物件の売買価格が2500万円だったのに対し、買主の自己資金は100万円のみ。やや自己資金が少ないのだが、勤めている会社の退職金が1000万円ほどになるので「前払い退職金制度」を利用して自己資金を補填する予定で、融資を受ける銀行にも話をつけていた。ところが、退職金が前払いされるまでに1カ月以上の期間を要するため、元付け業者は「いつ代金の決済ができるか分からない」という部分に難色を示したのだ。
「売主さんと相談してまた連絡します」ということでその日の打ち合わせは終わったのだが、数日経ってから「二番手の買付が入ったので売主は二番手との契約を望んでいる」との連絡があった。慌てて元付け業者の事務所へ行き、「一番手の買付を優先してほしい」と交渉したのだが、「二番手の買主は自己資金が多く融資も問題なさそうなので、申し訳ないが売主さんの意向で二番手と契約する」という回答しか得られなかった。
売主が物件を売却する理由にもよるが、売主が「少しでも早く売りたい」という場合は、早く決済できる買主が優先されるケースもある。今回紹介した事例では、買付を入れる段階で具体的な購入日程を売主に提示できていれば、もっと前向きに検討してもらえたのかもしれない。
いつでもキャンセル可能な買付の信用度
買付は契約書ではないので、売主は自由に売買契約する相手を選ぶことができ、条件が合わなければ買付をキャンセルすることもできる。買主側も同様に買付をキャンセルすることが可能だが、正当な理由なく買付をキャンセルすると仲介業者から敬遠される場合もあるので注意しておきたい。
私は買付をキャンセルされたことはないが、正当な理由なくキャンセルした場合は、別の物件で買付を入れる際に仲介業者が買付を受けるのを慎重になったり、何らかの理由をつけて拒絶したりする可能性もある。
売りに出ている物件の売却期間が1年以上あるような場合は、ほとんど買付が入っていないか、買付が入ってもキャンセルになっていることがある。買主の融資が承認されず売買契約が解消されたり、買主の状況が変わってキャンセルになったりしたケースだ。
せっかく買付が入っても、きちんと決済・引き渡しまで行かないと売主は疑心暗鬼になり、買付自体をあまり信用しなくなってしまう。買付は気軽に出せるものではあるのだが、売主の状況や立場も考えるようにしておきたい。
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