米国在住の不動産投資家・石原博光さんが、不動産投資やファイナンスについて日米両国の観点から語る本連載。第8回目となる今回は、「資産形成と、その遺し方」がテーマです。

昨年、米国で「家族信託」を組成したという石原さん。その内容や理由について、教えてもらいました。

「資産性より収益性重視」が石原流

こんにちは、石原博光です。今回は、事業承継、あるいは相続についてお話をしたいと思います。その前に、相続や事業承継の前提となる「資産形成」について、僕の考え方をお話させてください。

僕は現在日本で3棟を所有していますが、電車も通らない土地にあっても、築年数が40年を過ぎていても、いずれもほぼ満室経営を続けています。初めてアパートを手にした当時は貯金が300万円もないような若者でしたが、そんな持たざる者の戦い方として、最初は「資産性より収益性を重視する」というのが石原流です。

対象となるのは、資産家が見向きもしないような、地方にある古い物件や、都心でも借地権の物件、接道に難のある物件などが多いと思います。一方で、絶対に譲れないのは収支が常に黒字となるように安く買うこと、そして努力と工夫で稼働率を上げられる物件を買うことです。

僕は日本の物件は融資を組んで購入していますが、返済期間は短く設定しています。最初の物件は9年4カ月ですし、最後に買った物件は10年です。そうすると、経験を積んだ中盤では借金を返し終えていくフェーズに入る。この時に資産性を重視する方向に舵を切っても良いと思いますし、そのまま高利回り物件を極めていくのでも良いと思います。

僕自身は、日本においては「寿命が尽きる前に無借金でいること」を目指しています。もうあと数年で、その目標は達成できそうです。

基礎控除額、約25億円! アメリカの相続税

次に、僕の住む米国の相続に話を移しましょう。人が亡くなった時、その資産をめぐる税金「死亡税」には相続を受けた人に課せられる税と、故人の財産に課せられる税の2つのタイプがあって、連邦政府と州政府がそれぞれ徴収権を有しています。

2018年の税率は40%ですが、基礎控除額が約12.5億円(夫婦合算で25億円)と非常に大きいものとなっています。また、僕の居住するカリフォルニア州はこの死亡税が無税です。

ちなみに死亡税の内容はインフレを反映して毎年変わる可能性があります。さらに市民同士であれば、配偶者間の相続税及び贈与税は無制限で非課税というのもアメリカならではでしょうか。

余談・アメリカの銀行に「根性論」は通じない!?

僕がアメリカに所有する6つのうち、自宅以外はすべてキャッシュで購入しています。自宅は住宅ローンを使用しています。ローンを引くために必要なクレジットヒストリー(信用履歴)は、約2年をかけて作りました。

ところで、日本の不動産投資では、1つの銀行に融資を断られても別の金融機関に何行だってアタックするのが普通ですよね。先日も、楽待新聞に「40行に玉砕しても…」というコラムが掲載されていました。ところが、これは米国では厳禁なんです!

僕も渡米直後、クレジットヒストリーがないけど住宅ローンを引いてやろうと思い、1行に断られても別の金融機関を訪ねて…ということを繰り返していました。ところが、この行為がクレジットヒストリーに細かく記録されていて、「too much inquiry(過剰問い合わせ)」として「こういう人がこのくらい借りたいと言っている」など、すべての金融機関で共有されてしまったんです。

2行、3行くらいならまだしも、それ以上行くと要注意人物というレッテルを貼られ、「この人には貸してはいけない」となってしまうそうです。この不名誉なレッテルから抜け出して、さらに望ましい信用履歴を構築するために丸2年かかりましたが、長い道のりでした。

日本では「あきらめずにアタックすること」という精神論、根性論が当然で、僕も不動産投資家としてそれを当たり前に思っていましたが、ところ変われば常識も異なるんだな…と改めて実感した出来事でした。

「残される家族の負担を取り除く」ために行ったこと

さて昨年、僕は「家族信託」を組成しました。今お話したとおり、基本的には相続税は無税と考えていますから、これは相続税対策というものとはまた別次元のお話です。

では、なぜ家族信託を作ったのか。一番の目的は、「残される家族の負担を取り除く」ためです。

そもそも家族信託は、英語ではFamily Trustと言いますが、不動産などの財産の管理や処分を家族に託す仕組みのことを言います。僕個人が所有している物件の名義も、銀行口座の名義も車の名義も、「石原博光」という個人ではなく、信託財産として書き換えるのです。

通常であれば、僕に万が一のことがあった時、米国では、相続人の有無や遺産の分配などについて、裁判所が調査を行います。長いと2、3年かかることもあって、その費用は負担しなくてはなりません。その間、財産は凍結されてしまいます。当然、預金口座も収益物件から入る家賃収入も全てです。物件の運営は裁判所の定めた代理人が行いますが、この代理人への給与も残された財産から支払われることになっています。

僕名義で物件を所有し続けていた場合、生活の糧となる家賃収入に、家族もタッチできない。これは残された家族にとって悲惨な状況です。

ですが、これが家族信託にしておけば、こうした状況を避けることができるのです。夫婦共有名義にしておく方法もありますが、いっぺんに夫婦が亡くなる可能性もあるため、やはり家族信託という仕組みがより効果的だと感じています。

プレゼント費用まで、家族信託組成で決めた内容

僕は弁護士に依頼して、家族信託を作りました。対応は全て英語で、金額にして1950ドル(約20万円)です(名義変更料は所管の役所に別途支払います)。ちなみに、日本語で対応してもらう場合には、他所で3倍額近くかかる見積もりでした。

完成までに、4カ月ほどかかりました。書類も100枚近くになっています。僕自身の遺言書や、妻の遺言書、2人が同時に亡くなった場合に子供の面倒をだれが見るのかを4段階で設定し、財産管理人となる受託者の報酬も決めて、さらに高度障害にかかった時にどこまで治療するか、何を拒否するのか…など、事細かに決めました。

もっと細かく言うと、例えば子供が後見人のもとで育った時に、友人への誕生日プレゼントでいくらまでつかって良いのか、ということまで指定しています。

父の葬儀を経験し、準備の重要性を実感

こうした対応をした背景には、僕自身の経験があります。

ちょうど2年前、父の葬儀を執り行いました。もちろん悲しかったのですが、正直に言えば悲しむ時間はほとんどなく、まず遺言書があるかの確認作業が始まりました。結果的に遺言書は見つからず、長男である僕が調整役となり、家族会議を開き、全員が納得する形に収めるため、遺産分割協議書の作成などに奔走しました。通帳も探し、名寄せをして、金庫の鍵を探し、証券証書の確認をして、出生から亡くなるまでの全ての戸籍謄本を集めて(当時は東京市芝区だったなんて、この時に知りました)…。

身内が亡くなってバタバタしているときに、こういう作業が一気にのしかかってくるわけです。多くの場合は、法律も知らないわけですから、そこも調べるところからです。

こうした経験をしたからこそ、やはり残された家族が混乱せずに済むように、自分が元気なうちに準備をしておくことが重要だと感じました。

今後の人生の準備をしていくというのは当然、初めての経験でした。ですが、人生を振り返るいい経験でもあったな、と思います。

今回作った家族信託は、当然、僕の米国の財産が対象です。日本の分はどうしようかな、と考えている最中ですが、日本ではまだ家族信託が浸透しているとは言い難く、効果が未知数であることを考えると、少なくとも遺言書は用意しておこうと思っています。

「相続」は、たいてい突然やってくるものです。若くして突然身内が亡くなり、大変な思いをした人をたくさん見てきましたし、僕自身も相続を経験して、やはり財産目録表のような、どこになにがあるのかをきちんと把握できる状況が大切だと思いました。少なくとも家族で共有しておくか、もしくは亡くなった後に、適切に開示されるように準備しておくことは、家族のためを思えばこそ、やっておくべきだと感じます。

大変な作業ですし、死ぬための準備をしたくないという気持ちもあります。ですが、自身の財産のたな卸しをすることは、今後の自分の生き方を考える上でも重要です。この物件は継がせても良いものか、自分の代で終わらせた方が良いのか、もっと増やした方がいいものはあるのかなど、さまざまな判断ができるからです。

僕は、所有する財産を見直し、よりよい方向に進化を遂げさせるのもまた、自分自身の使命ではないかと思うのです。

おまけ・石原さんのアメリカこぼれ話

この晩夏もカリフォルニアを起点に、ネバダ、ユタ、コロラド、アリゾナを車で4000キロ駆け抜けてきました。山々を抜けて地平線へ続く荒野をゆき、古代プエプロ人と同じ景色を眺めながら、落ちてきそうな星空の下をも進みながら…とまるで巡礼者のようですが、いつも大きな感動があり、広大な大陸を巡る旅はまだまだ続きそうです(笑)。

今回の写真達はユタ州モアブの近くにあるアーチーズ国立公園です。赤い砂岩のアーチが沢山あるところと言えばピンと来る方もいるはず。その数は2000を超えますが、毎年のようにバランスを失って崩壊しているそうで、いつ消え去るとも知れない奇岩たちの生き証人となるのも一興かも知れません。

コラムトップの写真は、デリケートアーチという孤立したアーチで、ユタ州のシンボル。朝5時に起きてトレイルコースを攻め登ること50分、すり鉢状の大きなくぼみの奥には、高さ14メートルもある巨大なアーチが鎮座していました。眼下に見下ろす鋭く切り立った地形や眩いほど真っ赤に発色したすべすべの岩肌、電波も届かない見渡す限りの山塊、どこまでも澄み切った空気…。写真では伝えきれない感動がありました。

上の2枚はバランスロックと呼ばれる同じ岩ですが、近づくに連れて今にも転げ落ちそうな巨石の存在感に圧倒されました。大きさはスクールバス3台分といい(アメリカのバスは巨大)、重量は車2500台相当というのですから、出てくるのはため息ばかりです。

ぐるりと周囲を回ると、巨岩の支柱がどうにも頼りないポイントがあって、まさに奇跡のバランスです。いつ崩れてもおかしくないと言われていますので、こちらも機会があればぜひおすすめします!

(石原博光)