PHOTO:Ryuji/PIXTA

人口減少が続き、将来の労働力不足が既定路線となる中、日本における在留外国人の重要度も高まりつつある。外国人を入居者として「受け入れる側」である投資家も、彼らのことを理解しておくに越したことはない。

本連載では、フリーライターとして活動する傍ら、外国人不動産アドバイザーとして100人以上の外国人の内見に立ち会ってきた佐野真広氏が、日本で暮らす外国人の実際をレポートする。今回は新宿区・高田馬場エリアを取り上げる。

「学生の街」にミャンマー人が増えたワケ

学生街の印象が強い新宿区・高田馬場エリア。早稲田大学を筆頭に大学や専門学校が点在しており、街は午前中から大勢の若者で賑わう。そんな街に今、急増しているのがミャンマー人だ。

「この地域の外国人と言えば、以前は中国人、韓国人が圧倒的に多かった。でも、近年は『リトルヤンゴン(注:ヤンゴンはミャンマー最大の都市)』と呼ばれるほどミャンマー人が目立つようになりました」。そう語るのは、高田馬場駅に程近い場所で30年ほど前から不動産業を営むK氏。

ミャンマー料理店や雑貨店なども増えているという。特にミャンマー人から支持されているのが、食材店が密集する駅前の雑居ビル「タックイレブン高田馬場」。このビル内の店舗を含めると、駅周辺にあるミャンマー関連のお店は合わせて20店舗以上になる。「ウチでもミャンマー人に物件を貸す機会が増えていますね」と話すK氏。店の軒先から町の変貌を見届けているだけに、ミャンマー人の増加を肌で感じている。

ミャンマーの食材を扱う店が入居する「タックイレブン高田馬場」。来日したミャンマー人にとって、日本での生活の足がかりとなっている(著者撮影)

K氏によると、ミャンマー人が日本に定住するようになったのは1990年代の後半から。国内民主化運動の激化に伴い、難民となった一部のミャンマー人が来日。行く当てもない一団は西武新宿線・中井駅近くの寺院にいたミャンマー人の僧侶を頼り、以後、その周辺に居を構えるようになったという。

2010年ごろには自国の民主化が進み、経済が急成長。通貨「チャット」の価値向上やパスポート、ビザ発給条件の緩和も手伝い、日本を目指す人々が増えるようになる。この頃から、来日組が中井駅より交通の利便性に優れた近隣の高田馬場周辺に居住するようになり、現在の「リトルヤンゴン」の原型が構築されたようだ。

新宿区の人口調査によれば、12年8月時点で1050人だったミャンマー人は19年8月時点で2009人に増加。7年間でほぼ倍近く増えた計算になる。その大多数が今、高田馬場周辺で暮らしているとK氏は言う。

加えて、駅周辺には2010年以降、日本語学校が乱立。学校側がミャンマー人留学生を積極的に受け入れたことも、ミャンマー人人口の増加を後押ししたと思われる。高田馬場のある日本語学校に勤める講師はこう話す。

「以前の高田馬場には難民申請目的のミャンマー人が多くいましたが、国内の経済発展もあり、現在は留学生が増えています。そうした学生は交通費のかかる電車通学より、自転車で通える場所にアパートを借りたい。となると、高田馬場駅周辺を好むわけです。それに高田馬場駅周辺に住めば自転車で新宿にも通える。新宿には居酒屋やコンビニなど留学生でもすぐに働けるアルバイト先が数多くありますから」

ただし、昨年から来日を希望するミャンマー人留学生が著しく増えたことを嫌ってか、日本の入国管理局がビザの発給を厳格化しているという。そのため、留学生数は以前のような増加ペースではないそうだ。

「代わりに、ミャンマー国内で日本語を学び、派遣会社を通して日本のIT企業に雇われるミャンマー人エンジニアの数が増えています。こうした事情を考えれば、これからは技術、技能ビザを持つミャンマー人の来日が増えるはずです」(前出の講師)

ミャンマー人が好む物件、傾向は?

では、彼らはどのような物件を好むのか。前出の不動産店主のK氏は「中国人や韓国人とは明らかに傾向が異なる」と実態を明かす。

「中国人、韓国人は地域の家賃相場に見合った良質な賃貸物件を探します。一方ミャンマー人は格安物件を選ぶ人が圧倒的に多い。自国経済が発展してきているとはいえ、やはり日本人や中国人、韓国人の生活水準に比べればやや遅れを取っているからでしょう。そんな背景もあり、築古物件などを中心に物件を探すのが彼らの特徴です」

高田馬場の家賃相場は駅徒歩10分圏内のワンルームでおよそ8万円前後。一方、ミャンマー人留学生が好む物件はワンルームで4~5万円程だとK氏は言う。必然的に駅近や遮音性に優れた物件ではなく、駅から最低でも徒歩10分以上、築30~40年以上の物件に需要が集中する。こうした物件は高田馬場駅前を東西に横断する早稲田通り北側、中でも早稲田通りと並行して流れる神田川沿いに物件が多いため、ミャンマー人はこのエリアを好むという。

築古の物件が多い神田川沿いのエリア。安い物件を探すミャンマー人に人気だという

同時に、このエリアに住めば、前述したビルに入居するミャンマー食料品店で自国食材の調達も容易だ。倹約家が多く、自炊中心の生活を送るミャンマー人。彼らの胃袋を満たすこれらの店の存在も忘れてはならない。

ミャンマー食料品店が連なる「タックイレブン高田馬場」の8階

このビルで店舗を営むミャンマー人店主に聞くと、こんな事情を説明してくれた。

「地元の不動産会社を通して部屋を借りられる人は日本語レベルが高く、ある程度の収入がある人ばかり。留学生を中心に初来日する人はまず、このビルに来て色々な人から情報を得て、ミャンマー人でも住めるアパートを探すのが一般的です。それにこのビルの8、9階の大半はミャンマー雑貨店や食材店。エレベーターを降りて一歩足を踏み出せば、ミャンマーを思い出す食材の香りや雰囲気が漂う。日本で母国を感じられる数少ない場所の1つと言ってもいいですから」

トラブル回避のために知っておきたいこと

自国の民主化が進み、経済活動も拡大の一途を辿るミャンマー。今後も来日する人々は増える可能性があるが、部屋を貸す側である日本人投資家が覚えておくべき点は何か。筆者の見解を述べておきたい。

ミャンマー人には信心深い仏教徒が多く、親を大事にする民族である。また、勤勉で真面目なため、他のアジア人と比べても隣人や周辺住民に迷惑行為を及ぼす人は少ないと言われる。ただ、大家族で育った人たちが多いためか、1人での生活を好まず、友人、知人を自室に誘うことが珍しくない。トラブルを避けるため、貸主側は入居前だけでなく入居後も複数入居の禁止や文化の違いを説明する必要があるだろう。

特に気をつけたいのは、入居時の重要事項やルールの説明だ。こうした説明の場で多くの管理会社は、外国人に対して日本人入居者と同じように話をしてしまう。本来であれば、ゆっくりと話すよう心がけたり、ひらがなで書かれた資料を使うなどして、より丁寧に説明をすべきである。来日するミャンマー人の多くははひらがなを読むことができるし、簡単な言葉で、ゆっくりと話をすればその内容をちゃんと理解できる。

手間暇はかかるが、こうした細かな対応がトラブル回避には欠かせない。「話せないから説明しない」では、いつまで経っても外国人はルールを理解できず、トラブルを引き起こしてしまうだろう。

拡がるミャンマー人の居住エリア

裕福になりつつあるミャンマー人の中には、日本の高い教育水準や治安面を好み、家族と共に日本で自宅購入を検討する人も増え始めている。こうした層は高田馬場ではなく、埼玉、千葉郊外で売り出されている1000万円前後の格安物件に狙いを定めている。「家賃を払い続けるぐらいなら、築古の安い物件を買った方がお得」と考えているためだ。

前出のK氏はここ数年、ミャンマー人の居住エリアが拡がってきていると見る。

「ミャンマー女性が履くスカート風の民族衣装『ロンジー』を扱う日暮里の生地店『ミハマクロス』が、ミャンマー人観光客に大人気なんです。それもあり、日暮里駅周辺にもミャンマー人が住み始めています。高田馬場に比べればまだ少ないですが、日暮里も複数の路線が乗り入れる便利な街ですから。一部ミャンマー人の中にはこの沿線にある割安物件の購入を検討している人もいます。将来的には高田馬場だけでなく、日本在住のミャンマー人は広範囲に散らばるかもしれません」

ミャンマーの民族衣装「ロンジー」。スカートのような筒状をしている(PHOTO: vasyow/PIXTA)

少子高齢化が進む日本は現在、首都圏郊外に空き家戸建てが目立つ。数年後はそうした物件をミャンマー人が購入し、家族と共に定住する可能性もある。中古住宅市場の買い手としても、今後注目される日は近い。

(佐野真広)