※写真はイメージです(PHOTO: iStock.com/iam555man)

長崎市青山町の住宅団地内を通る私道をめぐり、所有する福岡県の不動産管理会社が道路の一部を封鎖して「通行料」を求め、大きな話題となっている。

報道によると、住民側は「日常生活に困る」などとして、封鎖解除などを求める仮処分を長崎地裁に申し立てたと発表。業者と住民側の対立が深まっている。

そもそも、「私道」とはどのような扱いなのか。今回の問題はどのように終息すると考えられるのか。「不動産執行」を生業とし、私道をめぐるトラブルにもたびたび出くわすというニポポさんに意見を聞いた。

住民側は「通行権」を主張

団地に接道する主たる道路が私道。そんな私道の権利者がある日突然、「車両通行を認めない」とした場合、陸の孤島に取り残された団地住民の文化的生活はどうなってしまうのか。このような「思考実験」や「禅問答」にも似たトラブルが実際に発生してしまった。

1960年代後半以降を中心に開発され、100世帯以上が住む団地。この団地に接道する私道の権利者である民間の不動産管理会社が、団地住民1世帯あたりに対して月額数千円~1万円程度の「通行料」を求め、応じない場合は緊急車両以外の車両通行を封鎖するとしたのだ。もちろん、住民側からは不満が噴出することになり、「通行権」があると主張しているようだ。

私道を接道とする住民にとっては「不動産価値の暴落」という背筋が凍るような恐怖の事例だが、不動産投資の観点からは「新たな投資の形」という好機と捉える向きもある。今回はこの問題について考えてみたい。

私道の「私」性とは

「私道」と一言で言っても、実際には私道ランクのようなものがいくつか存在する。

私道には所有者のみが使用しているケースもあれば、地域住民の多くが使用しているケースもあり、大まかに言うと、どれだけの人が利用しているかで私道の「私」性が薄まっていく形となる。

今回の場合、団地に住む100世帯以上の住民が生活する上で日常利用する「生活道路」であるため、私道の全体或いは一部が「建築基準法上の道路」とみなされている可能性が高い。

となれば、公的に道路と考えられている私道であるため、権利者とはいえ通行を一概に封鎖することは困難だ。

対して、団地住民側の主張する「車の通行権」という法的解釈はあまり聞いたことがない。

「通行権」はあくまでも、人が暮らす上で、道路に出るため隣地を通行する最低限の権利とされている。複数人の往来を考慮しても、横幅で言えば半間(約91センチ)程度でしか考えられていない。仮に「車の通行権」というものを認めるとなってしまえば、日本全国で突然、横幅2メートル、或いは道路として4メートルを明け渡さなければならない―という事例が頻発することにもなりかねない。

私道単体の価値は

では、市場価値・土地価格という側面から私道を眺めてみるとどうだろう。

競売でも、私道が単体で出てくるという珍物件は極めて珍しいながらも、ないことはない。

値付けの立ち位置から言わせてもらうと、ハッキリ言って価格はゼロ円に近い。私道の権利を持っているということ自体は重要なのだが、あくまでも接道する不動産ありきの話であるため、単独価値は低く転用も難しい。おまけに今回のような強い権利主張が認められる可能性も低く、利用用途が見出せないからだ。おそらく今回の私道も固定資産税の対象となっていない可能性があり、対象であったとしても少額の支払いしか求められていないだろう。

それでも、私道単体に値段を付けなければならないという場面では、大抵近隣の宅地価格の5~10%程度という、消費税増税のキャッシュレスポイント還元程度の価格に収まる。そうなると、私道権利者が求める「1世帯あたり月額数千円~1万円程度」という通行料は、私道の価値から考えてもやはり割高感が否めない。

電力会社が個人の敷地に電柱を建てているケースでは、年間数百円~数千円が土地権利者に支払われているが、これらと同等の額が、維持管理費を除いた団地住民全体として支払うべき通行料の引き合いに出されてもよいレベルではないだろうか。

今回の事例では私道の補修や整備といった費用は団地住民側が負担していたとの情報もあるため、やはり通行料は少額なものとなる可能性が濃厚だ。