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10月に東日本を直撃した台風19号は、列島各地に大きな被害をもたらした。特に、高級タワーマンションや大型商業施設が立ち並ぶ武蔵小杉(川崎市)で、広範囲にわたって浸水被害や停電、断水が発生したことは盛んに報道された。

そんな中、排水不能となった武蔵小杉のあるタワマンで「トイレ使用禁止」の張り紙が掲出されたことがネット上で話題に。ここ数年でブランドイメージが一気に高まった武蔵小杉の住民を揶揄するような書き込みも相次ぐ事態となった。

「住みたい街」ランキング上位常連の人気エリア・武蔵小杉を襲った水害。その影響でタワマンの資産価値が暴落するのでは、といった見方もあるが、実際はどうなのだろうか。「不動産執行」を生業とするニポポさんに見解を聞いた。

もともと「浸水想定エリア」だった

今回の台風19号の首都圏直撃で大きな注目を浴びた武蔵小杉駅周辺地域。すでに「資産価値が大暴落する」といったネット記事なども散見されるが、不動産差し押さえ・不動産執行の現場で「不動産の値付け」に携わる立場から、この話題に触れてみたい。

まず2004年に作成、2018年3月に改定された武蔵小杉駅周辺地域の洪水ハザードマップを見てみる。多摩川水系の洪水があった場合、武蔵小杉駅がある川崎市中原区はほぼ全域が「浸水深の目安0.5~3.0メートル未満」の区域とされており、「浸水継続時間(多摩川水系)」には「12時間未満」との色分けがある。

また2016年5月に国土交通省が新たな基準で発表した、多摩川洪水浸水想定区域「多摩川水系多摩川、浅川、大栗川洪水浸水想定区域図(想定最大規模)」でも、中原区のほぼ全域が「最大浸水深0.5~3.0メートル未満」とされている。

つまり、武蔵小杉はそもそも「浸水被害がいつ発生してもおかしくない土地」であり、その上での値付けが行われているのだ。だから「浸水被害で不動産の価値はどれくらい下がるか」という問いへの答えとしては、大抵の場合「すでに浸水被害が発生する可能性を考慮した値段になっているため、ここから大きく下がることはない」が妥当となる。

「神話」は崩れても

とはいえ、このエリアはすでに飽和状態のバブル価格であったため、これまでの「武蔵小杉神話」が崩れていくことにはなるだろう。ただ首都圏への通勤利便性が高く周辺環境の良い地域であることにかわりはないため、一時的に価格が大きく落ち込んだとしても、早いタイミングで見直しが入ると推測する。

今後、同規模の水害が多発するのでは、という懸念についてだが、地下排水設備を含む諸々の治水対策は人口密集地域から優先的に行われることが多く、これだけの人口を抱える武蔵小杉駅周辺は対策も急がれることになるはず。一部のマンションでは電源設備が喪失する被害もあったようだが、この対策は治水対策以上に早い進行があるのではないだろうか。

物件を襲った汚水

今回の武蔵小杉駅周辺地域が受けた被害には、「汚水浸水」という側面もある。多摩川の水位が高くなったため下水管に逆流し、汚水と雨水が一緒になって武蔵小杉の街にあふれたからだ。

「染み付いた臭いは落ちない」

こういった主張を耳にする機会も少なくないのだが、我々は物件の外まで臭気を放つ腐乱死体が放置された物件と向き合うこともある。これらの物件が何事もなかったかのように転売されていく事例を見ても分かる通り、清掃と換気を怠りさえしなければ、臭気は気にならないレベルに落ち着くことになる。

ちなみに、事件や事故、人の死亡があった心理的瑕疵物件―いわゆる「事故物件」は、ある種「気の持ちよう」で乗り切れるのに対し、浸水被害や破損といった物理的な瑕疵の発生は、今後の暮らしに対する不安や実害も大きい。

ところが、値付けの立場から考える割引率には、心理的瑕疵物件と物理的瑕疵物件に明確な割引率の差が生じないケースも多く、不動産取引業者の間にある「心理的瑕疵物件はお得」という認識も間違ってはいないのだろう。

浸水被害を「隠す」住民

現在のような高度情報化社会においては、浸水被害の深刻さや発生地域、被害物件の情報がある程度蓄積・共有されることになるが、つい数年前までは、浸水被害を住民が隠してしまうというケースも多かった。

明らかに浸水被害の痕跡があるのだが、現地で尋ねてみると「隣の家までは大変だったがうちは無事だった」「大掃除をしていただけで浸水被害はない」などと一向に認めない。

その理由は単純、「不動産価値を下げたくない」という思惑からくるものだ。

戦後急速に広がった資本主義社会と、それに伴って広まった「土地神話」によって、ここ日本では「土地に価値をもたせる」「土地を高値で売る」という考え方が、多くのものを見えなくしてしまった。