その連絡があったのは、2019年の春先のことだった。

「『ハエが大量発生している。臭いもあるので確認してほしい』と、今日、電話があったんです。管理会社に現地へ行ってもらったら、一人暮らしの入居者が亡くなっていたそうで…。現在、警察が現場検証中です」

編集部にそう送ってきてくれたのは、都内に区分マンションを所有する江田奈穂子さん(仮名)。初めての収益用物件として購入した区分マンションで、孤独死が発生してしまったのだという。

エレベーターが開くと、臭いが鼻をついた

数日後、記者はカメラマンとともに物件へ向かった。オーナーである江田さんとマンションの前で待ち合わせをし、一緒にエレベーターに乗り込む。該当のフロアで扉が開くと、今までに経験したことのない臭いが鼻をついた。

玄関の扉は、白いガムテープできっちりと目張りされていた。「また後で、そのテープ貼るから」。江田さんに言われ、1枚1枚丁寧にテープをはがす。閉じられていた部屋に足を踏み入れると、さらに強く臭いを感じた。油っぽいような、土っぽいような、生臭いような、表現しづらいが「重々しい」臭いだ。

遺体や残置物はすでに撤去されていたが、遺体の横たわっていた場所には濃い「染み」ができており、多数の虫がうごめいていた。

「これでも、臭いはまだ少し薄くなった方なんだけどね」と江田さんは話す。

物件の中を見て回る江田奈穂子さん。初めて購入した物件で、孤独死が発生した

一度も会話しないままだった入居者

江田さんがその区分マンションを購入したのは、2016年のこと。都内某所にある、築30年ほどの単身者向けマンションの1室で、購入価格は約800万円。管理費込みの家賃は約6万円で、7%ほどの利回りだった。

「今後のためにも、日本政策金融公庫と取引実績を作りたいと思っていて。公庫は都内の新耐震基準のマンションが引きやすいと聞いたから、価格はそこまで気にしてなかった。ターミナル駅ほどじゃないけど、複数路線が乗り入れている駅から徒歩5分ほどで…という条件で探していたかな」

江田さんは、物件探しをこう振り返る。こうして不動産会社から紹介されたのが、今回の物件だった。

無事融資を引くこともでき、江田さんはその1室を購入することになる。オーナーチェンジでの購入だ。入居者は30代前半の男性で、すでに賃貸借契約の更新を2回行っていた。職業はアルバイト。保証人の欄には彼の父親の名前が書いてあった。

「3回目の契約更新は、私が購入した後のこと。その時は、職業が無職になっていて。大丈夫なの? と思ったんだけど、管理会社は『家賃は1度も遅れたことがないんです』と話していたし、途中で無職になったからと言って、『出ていってほしい』とも言えない」

後に、この入居者男性が部屋の中で一人、亡くなってしまうことになる。書類上の情報だけで知っていた彼とは、一度も会話を交わさないままだった。

「すごく高いところに立った気分」

マンションを運営する会社から連絡を受けたその日、江田さんは仕事に出ていた。知らない番号からの電話に、最初は戸惑ったという。

「本当に初めは、『誰だお前は』って思ったよね。何を言っているのか、よく意味が分からなかった。でも、だんだん嫌な予感がしてきてね」

「何かわからないけど、臭いがしている」「虫もすごい」。そうやって隣人からの苦情が入ったのだと、担当者は説明した。「中を確認してほしい、すぐに来てくれ」とも言われたが、仕事を抜けられる状況ではなく、その代わりに、その部屋の管理を依頼している不動産管理会社に連絡を入れ、担当者に現地に向かってもらった。

だんだん状況が理解できていくにつれ、血の気が引くのを感じた。「すごく高いところに立ったみたいな、そんな気分」。仕事が手につかず、不動産投資のことを知っている同僚に「どうしよう、やばいかもしれない」と焦りをぶつけた。どこかで確信めいた予感はあったが、「せめて、『ゴミ屋敷だった』で終わりますように」とパニック状態で祈っていた。

入居者の両親への電話

現場には行けなかったが、オーナーとしてできることをしようと、入居者の両親に連絡を入れることにした。日中、何度も電話をしたが連絡がつかない。夕方になって、ようやく男性が電話に出た。保証人になっていた父親だった。

「知らない携帯番号から何度も連絡が来ていて、さぞ嫌だろうと思ったけど、でも、連絡がついた時は『昼間に出られなくてすみません』って。本当に良い人だった」

詳しい状況もわからないまま、父親に話をするのはためらわれた。だが、尋常ではない状況に何も言わないわけにもいかず、言葉を選びながら慎重に事情を話した。

息子さんの住む物件の大家であること。様子がおかしいこと。警察立ち会いのもと、管理会社が部屋を開けていること―。事実だけを述べた後、「最近、息子さんと連絡はとりましたか」と聞いた。すると、1週間ほど前に母親が電話をしたものの連絡がつかず、その後の折り返しもなく、心配していたことを話してくれた。

夜になって、管理担当者から、部屋の中で入居者が亡くなっており、遺体は病院に搬送されたことや、警察が現場検証や司法解剖を行って、事件性の有無を確認していることの報告を受けた。「ご両親にも、連絡してあげてください」と伝えて、電話を切った。

初めて部屋の中へ

翌日には、「自然死」と判断された。事件性が否定されたのだ。その判断が下される前に、入居者の両親は住まいである地方都市から、都内に出て来ていた。「まだ家にも入れないし、ご遺体にもお会いできないとは言ったけど、居ても立っても居られない様子で、待機なさっていた」と江田さんは当時のことを語る。

さらに1日経って、ようやく物件に入れることになった。江田さんが物件に到着したのは昼ごろだったが、すでに朝から両親は部屋の中に入り、残された荷物を片付けていた。

「とてもじゃないけど、気軽に入れるような状況じゃなかった。臭いがすごくて」

だが、窓もドアも開けることなく、一時の換気もせずに部屋を片付けていた両親のことを考えれば、自分だけ物件に入らないという選択肢はなかった。

遺体が運び出されただけの部屋はいわゆる「ゴミ屋敷」の状態で、部屋中に段ボールが積み上がっていた。そのわずかな隙間を縫うように布団が敷かれており、入居者男性はそこで寝起きしていたように見えた。

キッチンも風呂もまるで使える様子ではなく、両親は「リフォームのための費用は、すべてお支払いします」と江田さんに告げたという。

風呂場はひどくよごれていた

「もし、これが自分の子に起きたことだったら」

投資家としての自身は、「この後、どういう風に動こう」「入居をつけるためにはどうしたらいいんだろう」「隣の部屋から、損害賠償請求されたらどうするか」「リフォームはどのくらいかかるだろうか…。ざっと見積もって400~500万円くらいかもしれない」などと考えていた。

だが、それよりも憔悴しきった入居者の両親、特に母親の姿に、気の毒に思う気持ちの方が強かった。

「万が一入居がつかなくなったら、マイナスが出てくるようになったら、きっと投資家としては悔しいと思うんだよね。でも、その時はとにかくお母さんがかわいそうで、かわいそうで。野球をやっていたんだとか、元気な子だったんだとか、そういう話を聞きながら、もしこれが自分の子供に起きたことだったら、と思ったら…。喫茶店でご両親と話しながら、お母さんと2人で泣いちゃったよ」

江田さんは涙を浮かべながら、震える声で当時のことを振り返る。遺体は、裸に下着だけを身に着けた状態で布団に横たわっていたらしい。風呂には着替えが準備されていた。

「きっとお風呂に入ろうと思ってたんだろうな。それで、ちょっと疲れたから、って横になってそのまま…。物件を買ってから結局一度もお会いしないままだったけど、でも、ご両親から偲ばれる彼は、きっといい人だったんだろうなって。1年も2年も連絡を取らないような、そんな家族でもなかったみたいだし。自分の物件で悲しいことが起きたのはわかっていて、なんで私の物件なんだろう、っていう気持ちもあったけど、でも腹が立つとかそういうのは全くなくて、ただただ、お気の毒だった」

それから1カ月ほどたって、内装を取り払い、骨組みだけにするスケルトン工事が開始となった。工事が始まるより前に、「おはらい」をどうするか、江田さんのもとに管理会社から確認の連絡が入った。江田さんは「おはらい」ではなく「ご供養」という形で執り行い、両親にも声をかけるよう担当者に指示した。

「この部屋の工事が始まっちゃったら、ご両親がこの部屋に入ることもできなくなるし、花を手向ける場所も無くなっちゃうじゃない? それだったら最後に、ご両親が供養できる場として提供したいなと思って」

両親も同席のもと「ご供養」が行われ、ようやく着工した。事件の一報から3カ月近くが過ぎ、すでに季節は夏に差し掛かっていた。

リフォーム工事に向けて

特殊清掃や原状回復といった工事に向けて、管理会社からの見積もりも送られてきていたが、江田さんは自分で見つけてきた数社の会社に相見積もりを依頼した。本心は、一刻も早く工事を始め、リフォームし、入居付けをしたい。しかし、完全に他人任せにはしたくなかった。

「施工内容と金額に納得できるところに依頼したかったんです。それぞれ全然違う施工内容だったし、でも金額が一緒とか、格安とか、いろいろあったから。ご遺族が支払ってくださるとは言うけど、ただでさえ気落ちしているところに無駄なお金も払わせたくなかったし、ちゃんと吟味してから依頼したくて」

窓台は塗装で修繕するか、それとも交換するか。臭いの除去の仕方は。施工内容を1つ1つ確認した。不動産にかかわる仕事をしている江田さんには内装材の知識もあったため、それも確認事項の1つだった。「クロスをAとBのどちらかから選んでください、みたいなパッケージは嫌だったんだよね。無難なクッションフロア敷いて終わり、とか。大変なのは知っているけど、全部自分で決めたかった」

さまざまな検討を重ね、依頼する1社を決めた。工費はすべて込みで約450万円。物件にかけていた損害保険が100万円下りた。残りは、入居者遺族に支払ってもらえた。

工事初日

2019年夏。記者が午前10時ごろに工事初日の物件に出向くと、防護服を着た5~6人の作業員がいた。作業の前に部屋の前で祈りを捧げ、入室する。

前回訪れたときと、状況はほぼ同じだった。壁紙に浮いた奇妙な模様も、そのまま残されている。工事を請け負った遺品整理・特殊清掃業「絆」の峰本和彦代表は「人が亡くなった物件には、こんな模様がよくある」と説明してくれた。湧いた虫が体液に触れ、壁を這うからではないか、と推測していた。

部屋中の壁に、カビとも違う、独特の模様が浮き上がっていた

作業は、部屋全体に消臭薬を散布するところから始まった。同時に、床のカーペットをカッターで切り取りながらはがしていく。壁の石膏ボードがハンマーやバールで破壊されると、白い粉塵が舞った。壁とカーペットを撤去したからなのか、臭いが少し薄れたような気がした。

カーペットをはがす様子。右中央部が、遺体の横たわっていた場所

カーペットの下にも、染みはできていた

その後も休憩を挟みながら作業は続き、夕方には終了。その頃には、すでに部屋はスケルトンの状態になっており、もはや「孤独死があった部屋」という印象は消え失せていた。消臭作業は、リフォーム工事と併せて継続するとのことだった。