PHOTO:吉野秀宏/PIXTA

税理士・牧口晴一さんが、不動産賃貸業の「事業承継と節税」について解説する本連載。今回は、民法改正によって生じた相続税の意外な「落とし穴」について取り上げます。相続した財産を、親族などに現金ではなく不動産や株式で分けた場合、相続税だけでなく譲渡所得税も課税される可能性がある、というお話です。

「ダブル課税」にご用心

毎年の税制改正も大変ですが、今年はそれに加えて40年ぶりの民法(親族編)の改正が実施されました。民法は税法の土台を担っています。その根本が変わると、上に乗っている税法にとっては激震になるのです。

その良い例が、今回お話する「ダブル課税」です。今までは相続税だけがかかると思われたケースでも、今年7月1日以降の相続では譲渡所得税を加えたダブル課税になる可能性があるので注意しなければなりません。

どういうことなのか、具体的に見ていきましょう。

たとえば今年の7月1日以降にあなたの父親が亡くなって相続が発生したとします。母親もすでに他界していて、後継者であるあなたは、亡くなった父の唯一の財産であるビル1棟(相続税評価額2億円、時価はもっと高いでしょう)を遺言により相続したとします(そのビルを法人で経営していた場合には、その法人の株式を全て貴方が相続したと考えても同じです)。

もう1人の相続人であるあなたの妹はすでに嫁いでいることもあって、形見分け程度の遺品を相続させる旨の遺言がのこされていました。

ところが、妹は夫からのアドバイスを得たのか、「私には遺産の4分の1の遺留分があるはず!」として、5000万円を請求する「遺留分侵害額請求」を、弁護士を通じてあなたの元に送りつけてきたのです。

後で詳しく説明しますが、民法改正により、今年の7月1日以降の相続では、あなたはこの遺留分5000万円を現金で妹に支払わなければならなくなりました。とはいえ、5000万円もの現金を支払える余裕はありません。

ただし、あなたと妹が話し合って互いに納得すれば、現金でなく現物の資産を渡すことを民法は禁じてはいません。そこで、あなたは仕方なく妹と話し合い、父から相続した評価額2億円のビルの4分の1(5000万円分)の共有持分を渡すことにしました。

今年の6月までの相続であれば、あなたは1億5000万円、妹は5000万円をそれぞれ相続したとして、それに応じた相続税を支払えば良かったのです。しかし、7月1日以降の相続では、あなたは相続税に加えて譲渡所得税も支払うはめになってしまうのです。

物で支払うと、それを売ったお金で払ったことになる

民法改正で、遺留分の請求の名称は「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額請求権」に変わりました。侵害「額」ですから「お金」で支払うことになったのです。

「権利の性質」も、改正前は「物権的請求権」、すなわち物で支払うことを請求する権利でした。相続の中で行われるのであれば、ビルの共有の所有権で支払ってもいいし、当事者同士が納得すればお金で支払ってもいい。あとは相続税を支払えばOKだったのです。ところが、改正後は権利の性質も「金銭的請求権」となり、相続の手続きの中ではお金で支払うことが原則になりました。

一方、先ほどお話したように、妹と話し合って「お金がないからビルの共有持分の所有権で妹に渡す」ことも可能です。ただ、これは相続の手続きとしてではなく、以前から民法で認められていた「代物弁済」という制度になります。お金での支払いに「代えて」「物で支払う」ということです。妹からの請求に対して支払うから「弁済」となるわけですね。以前は、相続の手続きのなかで同じことができましたが、改正後は相続とは関係のないこの制度を代用する必要がでてきた、というわけです。

ところが、この代物弁済を利用することで思わぬ問題が起こります。順を追ってお話しましょう。

所得税法33条には譲渡所得が規定されています。譲渡所得は、「売買所得」という言葉ではないことから分かるように、売買以外でも譲渡所得として課税されるのです。

その代表的な例が「代物弁済」です。お金で支払おうと思ったけどお金がない。そこで物での支払いに代えて弁済を果たしたわけです。あなたにすれば、物を「売って」お金に替えてそれを妹に渡したのと同じ効果があります。だから税法では、代物弁済も「譲渡」に当たり、譲渡所得税がかかるというわけです。

つまり、あなたは評価額2億円のビルの1億5000万円分に対する相続税と、5000万円の譲渡(実際には妹に渡してないのですが、渡したことによって妹からの請求に応じることができたわけですから)について譲渡所得税も納税しなければならなくなるのです。これが、冒頭でお話した「ダブル課税」です。

ダブル課税、譲渡所得税はいくらになる?

では、上記の場合の譲渡所得税額はいくらになるのかと言うと、これがけっこう複雑です。まず、譲渡所得は以下のように計算します。

譲渡所得=収入金額-(取得費+譲渡費用)

相続税法上の時価2億円のうち、遺留分請求額に応じた4分の1(5000万円)の共有持分をあなたが妹に渡した場合、前述したとおり、物を売ってお金に替えてそれを妹に渡した、と見なされることから、あなたの収入金額は5000万円になります。

次に「取得費」はいくらか? を考えることになります。通常、取得費は被相続人の取得費+相続税の取得費加算額(支払った相続税の一部をこの取得費に加算できる特例がある)で求められますが、今回のように相続で取得した中古のビルでは、下手をすると元の取得費が分からない場合もあります。

そんな時には、収入金額の5%を取得費とすることもできます。その5%を差し引き、収入金額のおよそ95%(その他に譲渡費用なども引くことができる)が課税されることになります。譲渡所得にかかる税率は20%(所得税15%+住民税5%)ですから、ざっと900万円ほどの所得税・住民税が課税されてしまいます。

共有持分を避けるには?

このように不動産で代物弁済とすると共有持分となり、後日売却する場合に共有者全員の同意が必要となって面倒です。なるべく単有にしたいと考えるでしょう。

そこで、別のパターンも考えてみたいと思います。あなたは相続したビルが共有になることを避けるために、父の遺産ではなく自分の財産である、相続税評価額7000万円の不動産で、遺留分の5000万円を妹に支払うことを考えました。この場合、あなたの譲渡所得の収入金額は7000万円とはならず、先ほどと同じ5000万円になります。なぜなら、あなたは本来なら7000万円の不動産を5000万円で渋々売ったことになるからです。

このとき、妹の方は7000万円の評価額のものを5000万円で取得したことになります。家族間の譲渡となるため、差額の2000万円については妹があなたから贈与を受けたことになり、妹は贈与税が課税される可能性が高いのですが、妹としても得する話ですから仕方がないでしょうね。

次に、より高額な財産を相続し、妹からの請求額が1億円であった場合を考えてみましょう。あなたは1億円に相当するお金も不動産も持っていなかったため、相続した評価額2億円のビルのうち、5000万円あるいは7000万円の不動産共有持分で支払い、金額は足りなくてもそれで納得してもらうことにしました。この場合、いずれもあなたの譲渡所得の収入金額は1億円となります。これは、5000万円なり7000万円の評価の物が1億円で売れたことになるからです。

さらにもう一度、5000万円の請求の場合に戻して考えてみましょう。あなたの個人財産では5000万円は支払えませんが、たまたま妹の家の隣に、評価額1000万円の土地を持っていたとします。請求額には満たないものの、妹も隣地が手に入るなら便利だからと合意したとすると、1000万円の土地が5000万円で売れたことになるので、あなたの譲渡所得の収入金額は5000万円となります。つまり、ここは交渉どころということですね。

もっと良い手段はないのか?

要するに、「遺留分侵害額請求」がなされないようにすれば良いのです。そうすればダブル課税の心配はなくなります。

先のような父の遺言があったとして、妹から5000万円の請求が出てきそうであれば、遺言を相続人全員で無視して、全員で「遺産分割協議書」にあなたが1億5000万円、妹が5000万円の共有とするとすれば、譲渡所得課税がなくなります。

ただ、共有は回避したいというケースも多いでしょう。その場合は、「遺産分割協議書」に、あなたが2億円相続し、あなたは妹にその代償として5000万円を現金で支払うとします。もちろんお金がなければこれは成り立たないので、あなたを受取人とし、父を被保険者・保険料負担者とした生命保険をかけておくことが最適な方法となります。したがって、従前よりも期限内申告と生命保険の重要性が高まることになります。

譲渡で「納税猶予の取消し」も

父が法人経営をしていて、あなたがその株式を相続したとしましょう。その株式が納税猶予の対象株式であった場合、事業が円滑に承継できるように、相続税の納税が猶予されるという特例があります。

ただし、妹の請求を受けて遺留分の自社株を渡してしまうと「譲渡」に該当し、納税猶予が取消しされるという憂き目にあう可能性があります。これは大変です。納税猶予対象の株式以外からの交付や、先ほどお話しした保険により現金で支払えるようにして、納税猶予の取消しリスクを回避することが大切です。

次回は12月ごろになることから、税制改正大綱が発表される時期にもよりますが、間に合えば改正項目のうち、不動産経営に関係するものがあれば、それを優先的お話ししたく思います。

そうでない場合は、民法改正の内の不動産経営にとって重要な登記の問題を取り上げようと考えています。具体的には、今までは遺言で取得すれば登記を忘れていても問題が無かったのですが、ボォ~っとしていて登記を忘れていると、他人(金融機関等含む)に取られてしまう可能性が出てきたのです。

そして、それは自社株の株式を事業承継する場合にも影響が出てきて、最悪乗っ取られるのです。乞うご期待!

(牧口晴一)