
PHOTO:Mugimaki/PIXTA
一部メディアなどで、金地金売買による「消費税還付スキーム」が、今度の税制改正で封じられることになりそうだと報じられた。法の抜け穴を突くこうした手法は以前から国税庁も問題視しており、ついに政府も動き出すことになりそうだ。詳細は税制改正大綱の発表後に改めてお伝えしたい。
さて、前回の記事では、そうした「消費税還付スキーム」について、その変遷をたどりながら仕組みを紹介した。今回はさらにもう一歩踏み込んで、消費税の計算方法や還付の仕組みについて、税理士の大野晃男さんに詳しく紹介してもらう。
大家さんが消費税還付を受けられない理由
まずは基本中の基本として、消費税の仕組みをもう一度簡単におさらいしておきましょう。
消費税とは、商品やサービスなどに代金を支払う際、その金額の10%を消費者が支払うものです。買い物などの際、消費者はお店(事業者)に消費税を渡しますが、消費税の納付先はあくまで「国」です。事業者は消費者から消費税を「預かっている」にすぎず、最終的には事業者が消費者に代わって国に納めなければなりません。
ただし、事業者は売り上げを得るために仕入れなどを行い、その際に消費税を支払っています。ですから事業者は、消費税の納付にあたり、消費者から受け取った消費税から、仕入れのために支払った消費税を差し引くことができます。式にすると以下のようになります。
このとき、受け取った消費税よりも支払った消費税の方が多ければ、税務署から差額分の還付が受けられます。これが消費税還付ですね。
ただし、受け取った消費税から差し引くことができるのは「課税」の売上を得るのに貢献した支払い(課税仕入れ)だけです。
では、大家さんの場合はどうでしょうか。大家さんが得ている住宅の家賃収入は、社会政策上の理由から「非課税」となっています。したがって、家賃収入を得るために物件を購入(仕入れ)して多額の消費税を支払ったとしても、上記の式に当てはめて差し引くことはできません。
まとめると、家賃収入は課税売上ではないため、その仕入れに当たる物件購入にかかった消費税は差し引けない─。これが、大家さんがいくら消費税を支払っても還付が受けられない理由の1つなのです。
大家さんは「免税事業者」?
大家さんが消費税還付を受けられない理由はもう1つあります。それは、大家さんは消費税を納めなければならない「納税義務者(課税事業者)」ではなく、消費税を納める必要がない「免税事業者」であることが多いからです。
では、納税義務者になるか免税事業者になるかはどうやって決まるのでしょうか? 消費税の納税義務者となるのは、「基準期間」の課税売上が1000万円を超えた場合です。基準期間とは、個人事業者の場合はその年の2年前、法人の場合は2期前の年度のことを指します。
住宅の家賃収入は非課税売上ですから、大家さんの課税売上が1000万円を超えることはまれですよね。ですから、ほとんどの大家さんが「免税事業者」になるのです。
免税事業者は消費税の納税義務がないのでそれ自体はうれしいことなのですが、残念な面もあります。課税事業者にならなければ消費税の申告ができませんから、納付だけでなく、還付も受けることができないのです。平成3年(1991年)の税制改正で家賃収入が非課税となったとき、大家さんは免税事業者になりました。しかしその陰で、実は消費税の還付までふさがれていた、というわけです。
不動産賃貸業でも「課税売上」になるもの
先述の通り、住宅の家賃は社会政策上の配慮から非課税となっています。ただ、すべての建物の家賃が非課税になるわけではありません。たとえば店舗や事務所は住宅ではないので、その家賃収入は課税の売り上げになります。また、駐車場は施設の貸付けとなるのでこれも課税の売り上げです。
ほかにも、大家さんが得ている収入で課税の売り上げになるものがいくつかあります。たとえば入居者さんから電気・ガス・水道の使用料を徴収している場合です。これは入居者さんに代わって各種料金を支払うという「サービスの提供」に当たるため、課税となります。
その他、間違いやすいケースとして、退去時の原状回復工事代を敷金から差し引いて精算した場合があります。入居者さんには原状回復義務がありますので、大家さんが入居者さんの代わりに工事をしてあげた=「サービスの提供」とみなされて課税となるのです。敷金から消費税分も一緒に差し引かないと、大家さんだけが消費税を負担することになってしまうので注意が必要です。
似たようなケースで非課税となるものも紹介しておきましょう。
たとえば礼金や敷金のうち入居者に返還しないものは非課税となります。法人に社宅として貸付けた場合でも、あくまでも住宅の貸付けですので非課税となります。法人相手に貸す場合には使用目的に注意が必要ですね。
なお、入居者に返還するものは単なる「預かり金」であり、対価ではないため消費税は関係しません。礼金・敷金は「家を借りる権利」を設定するための対価と見なされますが、住宅の貸し付けにかかるものであるという理由から非課税となっています。
また先ほど電気・ガス・水道の使用料を徴収していた場合はサービスと見なされて課税になるとお話しましたが、これらを共益費として徴収していた場合は話が別です。実際の使用料にかかわらず一律の金額で徴収していた場合は、家賃と同様とみなされ非課税となります。
不動産賃貸業で還付を受けるには
ここまで、大家さんが消費税還付を受けられない主な理由を2つお話しました。しかし、これらを回避する方法が存在します。順番に説明していきましょう。
まず、以下の計算式において、「支払った消費税」は課税売上に貢献したものでなければならないというお話から。
アパートなどを購入しても、そこから得られる売り上げ(家賃収入)は非課税となるため、アパートなどの購入費用にかかった消費税は差し引けない、と説明しましたね。
実は、この支払った消費税を計算する方法には「個別対応方式」と「一括比例配分方式」の2種類があり、どちらかを選ぶ事ができるのです。個別対応方式は仕入れにかかる消費税を個別に計算する方法、一括比例配分方式は、支払った消費税の合計額に対して「課税売上割合」(すべての売上の中に、課税の売上がどれだけ含まれているかを示す割合)を乗じるという、より簡便な方法です。
一般的な企業では課税売上が多く、支払った消費税もそれに貢献するものであることが多くなります。そのため、個別対応方式とした方が差し引ける額が増えることになります。
一方、一括比例配分方式はすべての支払った消費税が対象ですので、物件購入時に支払った消費税も、課税売上割合分だけは差し引くことができます。
ということは、売上に占める課税売上の比率を高めれば、たくさん還付を受けられることになります。店舗や事務所を貸していなければ課税売上がほとんど発生しませんので、それを補うために利用されているのが、前回紹介した「金地金の売買」なのです。単価が高いうえ、必ず売れるので流通性が高いことから、課税売上割合を高めるのに適している、というのが理由です。
なお、前回のコラムの中で、「物件を購入した年の課税売上割合が100%の場合、物件購入時に支払った消費税も100%還付される」と説明しましたが、実は課税売上割合が95%以上あれば、100%の還付を受けられる仕組みになっています。95%以上=ほぼ100%とみなしてくれます。ですから、消費税還付を受ける1年目は、金の売上の比率を95%まで上げれば全額還付されます。
大家さんが課税事業者になるためには
次に、大家さんは「免税事業者」であるというお話について。非課税売上しか発生しない大家さんが課税事業者となるためにはどうしたらよいのでしょう?
実は税務署に「消費税課税事業者選択届出書」を提出することにより、自ら課税事業者となることができます。今年度から適用を受けたいときは、前年度中に提出していれば適用されます。新たに法人を設立した場合には、設立年度中に提出すれば1年目から適用されます。
ここでもう1つ、「法人」についても触れておきましょう。よく「消費税還付は法人が有利」と言われますが、それはなぜなのでしょうか。
消費税還付は個人でも法人でも受けることが可能ですが、消費税の課税売上となるための要件の中に、「事業者が事業として行うもの」というものがあります。個人的な趣味で行うものは消費税の課税対象とはならないという意味ですね。
現在、「金地金の売買」が課税売上割合を維持する手法として主流となっていますが、個人が金の売買を行った場合、「単なる趣味にすぎない」とみなされ、消費税の課税売上とは認められない恐れがあります。そこで、消費税還付を受けるためには、通常、法人を設立して行います。法人はすべて事業者とみなされるからです。
ただし、すでに不動産賃貸業を行っている既存の法人を使おうとすると、すでに家賃収入(非課税売上)が発生しているため、還付を受ける年の課税売上割合が低くなってしまいます。
課税売上割合を100%に近づけた方が還付額が大きくなるため、非課税売上が発生していない新設の法人で消費税還付を受けるのが効率的です。非課税売上を発生させないためには、下記のような方法があります。
・中古物件なら日割り家賃を放棄する
・新築物件ならフリーレントをつける
・礼金をゼロにする
このとき特に気をつけなければならないのは、売上に計上するタイミングです。たとえば12月決算の法人で、12月分の日割り家賃を翌期の1月に受け取ったとしても、12月に売上計上する必要があります。
また、礼金は賃貸契約の効力発生日に売上計上する必要がありますので、12月中に契約した場合、やはり12月に売上計上する必要があります。還付の年に非課税売上はないと思っていたのに、管理会社さんから受け取った1月入金分の家賃明細を見たら、実は12月分が発生していて還付額が大幅に減少してしまうことがあります。
また、消費税還付を受けた法人では、3年以内に他の物件は買わないようにする必要があります。これは、3年間通算で、課税売上の割合が大きく(50%以上)減少した場合、還付を受けた消費税を税務署へ返納しなければならないという制度があるためです。他の物件を購入して家賃収入が増えてしまうと、課税売上割合を維持するために金の売上が多額に必要となってしまい、金売買の手数料を余計に支払うことになってしまいます。
消費税還付を受ける事業者に対しては、税務署が目を光らせています。還付申告に不備がないか賃貸借契約書や家賃明細の提出を求められることもあります。3年経過後、たとえ1%でも課税売上割合が足りなければ、すぐに税務調査にやってきて指摘を受けます。
◇
来年度の税制改正で「金地金の売買」による売上は、課税売上とは認められないことになりそうです。ただ税法には、納税者が予知できない法律をさかのぼって適用することはできない、という原則があります。そのため、改正される前の金の売買について否認することは難しいと考えられます。もし今後、金の売買を行うのであれば年内に行うのがよろしいと思います。
今回は消費税還付のスキームを通じて、大家さんが知っておくべき消費税の基本的な仕組み紹介しました。次回はこれからの消費税還付と税制改正での注意点をお話したいと思います。
(大野晃男)
この連載について
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大家さん専門税理士、渡邊浩滋総合事務所副所長の大野氏が、大家さんが知っておくべき税金の知識を「これ以上はムリ!」というくらいやさしく解説。小手先のテクニックではなく、「節税に必要な正しい知識」をイチから学ぶことができる連載です。
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