
PHOTO:クニボ/PIXTA
人口減少が続き、日本における在留外国人の重要度も高まりつつある。外国人を入居者として「受け入れる側」である投資家も、彼らのことを理解しておくに越したことはない。
本連載では、フリーライターとして活動する傍ら、外国人不動産アドバイザーとして100人以上の外国人の内見に立ち会ってきた佐野真広氏が、日本で暮らす外国人の実態をレポートする。今回は埼玉県の蕨エリアを取り上げる。
クルド人はなぜ埼玉に集まるのか
埼玉県南東部に位置する東京のベッドタウン・蕨市。人口7万5000人程のこの街は、戦前から小さな町工場が点在していたこともあり、古くから外国人労働者が大勢暮らしている。
市が公開する統計によると、今年10月時点で外国人の人口は7125人。およそ10人に1人が外国人という計算になる。そんな外国人比率の高い街に集住しているのが、祖国を持たない世界最大の民族と呼ばれる「クルド人」である。
トルコやシリアを中心とした中東地域に暮らす彼らがこの地に定住し始めたのは1990年代のこと。トルコ政府などによる迫害から逃れるため、一部が観光ビザなどで来日。その後仲間を頼りにクルド人難民が次々と同地周辺に押し寄せた。
市名に、ペルシャ語の「スタン」(国や地方を意味する)を合わせ、蕨周辺が「ワラビスタン」と呼ばれ始めたのも同時期と言われる。その後、クルド人は年々増え続け、現在では蕨市や隣市・川口市を含めた埼玉県南部だけで1000人以上が暮らしているとされる。
在日クルド人の多くは観光ビザで来日している。その後、難民認定申請をすることで一時的に日本での居住が認められる。だが、日本は親日国であるトルコとの関係悪化を懸念。難民自体を受け入れる環境が整っていないことを理由にクルド人を難民として認めない。このため彼らの大半はビザがなく、身分は不安定のまま。この影響で、難民認定申請中に日本人と結婚したり、その他方法で永住権を取得したりした人以外は部屋を借りたくても借りられないと言う。
生活苦しくても「ワラビスタン」にとどまる理由
蕨市内で不動産業に携わるT氏は実情をこう話す。「うち(地元不動産屋)にも部屋を借りたいというクルド人は来ますが、仮に気に入った物件を見つけても家賃保証会社の審査が通らない場合がほとんど。だからなのか、永住権を持つクルド人がいったん部屋を借り、そこをオーナーや管理会社に内緒で別のクルド人に又貸ししているようです。本来なら違法なのでしょうが、そうでもしない限りクルド人の多くは住む場所がないのが現実のようです」
実際の街はどんな状況なのか。蕨駅西口、東口ともに、一見すればどこにでもある郊外の街に見える。外国人が特に目立つわけでもなく、新大久保の「コリアンタウン」や西葛西の「リトルインディア」が持つ異国の雰囲気も感じられない。

蕨駅東口から伸びる大通り(著者撮影)
クルド人が大勢暮らしているという東口から続く大通りは、日系の一般的な商店が整然と軒を構える。駅から10分程歩き続け、ようやくトルコアイスやケバブを扱う飲食店や食材店が数軒見受けられるほどだ。

住宅街の中にあるケバブ店(著者撮影)
蕨駅周辺で暮らすクルド人に街の現状を聞くと、神妙な面持ちでこう話してくれた。「この周辺には多くのクルド人が住んでいるが、1カ所に集中しているわけではない。(居住区が)広範囲にわたっているから目立たないのでしょう。週末になるとイオンモール(川口前川店、蕨駅東口からバスで10分程)にはクルド人が大勢買い物にやってくるけれど、ここでも一団で歩き回ったりすることはあまりないんじゃないかな。むしろなるべく目立たないようにしているはず」
クルド人の多くは難民として認定されていないため、いつ入管(入国管理局)から呼び出されて収容、強制帰国させられてもおかしくない。そのため「永住権を持っている人以外はみな不安」なのだという。
在日クルド人難民の多くは、一定の就労資格手続きを経て、永住権を持つ同胞が営む飲食店、建設業でのアルバイトで生計を立てている。給与は人にもよるが1カ月10万~20万円程のようで、単身者でもギリギリの生活だ。もちろん、永住権のない人に健康保険などの社会保障は与えられない。他地域で暮らす外国人と比べると劣悪な環境に置かれているようにも見えるが、それでも彼らは生涯、この地域で暮らし続けたいのだという。
「日本人はあまり知らないだろうが、クルド人はどの国でも差別を受ける。クルド人居住区周辺地域は紛争も絶えず、常に生命の危機にさらされる。でも、日本は治安もいいし差別も少ない。生活は苦しいけど、これは我々にとって素晴らしいこと。難民認定が今以上に認められるようになれば、もっと多くの仲間が日本に来ると思う。日本政府、日本人がどういう印象をもって我々を受け入れてくれるかは難しいところでしょうけどね」(前出のクルド人)
ワラビスタンで中国化が進む
トルコ、シリア、イラン、イラクにまたがる中東クルド人居住区では、2014年ごろからイスラム国(IS)が台頭。その排除のため、クルド人の多くはアメリカ軍に協力しIS掃討作戦に駆り出された。
ところが、ISの弱体化が進むにつれ、居住区だったシリア北部でのクルド人の存在感が強まっていく。トルコはこれを「国家樹立の動き」と警戒。今年10月、アメリカ軍の撤退宣言を機にクルド人地域へ侵攻した。現在は停戦状態だが、一触即発の危機に変わりはない。今後もクルド人難民は増え続けることが予想されている。日本を目指すクルド人が急増する可能性も否めない。
蕨市を中心とした埼玉南部の戸建てやマンションは、都内へのアクセスの良さや住みやすさもあり、日本人のファミリー層や外国人投資家にも人気が高い。外国人への偏見が少ない土地柄でもあるため、今後もクルド人を含め在留外国人の割合は増加していくと思われる。
近年は蕨駅西口から徒歩圏内に位置する川口市芝園町にある芝園団地に2000人以上とも言われる大量の在留中国人が集住。この影響で蕨市周辺も「中国化」が進んでいる。今後このエリアに居を構える人やアパート経営などを担う物件オーナーらはこうした傾向を注視していくべきだろう。

蕨駅周辺にあるアジア食料品店(著者撮影)
◇
少子高齢化社会と多文化共生が叫ばれる日本では今、外国人との共存は避けられない。近い将来、今以上に移民、難民が日本に押し寄せてくることも十分考えられる。そうなった場合、住民はいかにして異国文化で育った外国人とコミュニケーションを取りながら生活していくのか。蕨はそんな近未来の日本が直面する地域社会の在り方を投影し始めているのかもしれない。
(佐野真広)
プロフィール画像を登録