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入居者と大家との間に起こるトラブルは、不動産投資の歴史を振り返っても枚挙にいとまがない。だが近年のインターネットの普及とともに、新たなトラブルも起きている。

「ネットで見た」と、自らが読んだインターネット上の情報を盾に、原状回復費用の支払いを拒否したり、減額を要求してきたりということがあるという。その背景にあるのは、悪質な管理会社などによる「ボッタクリ請求」が行われている現実と、それに対抗する形での入居者側の情報発信。しかし、これが新たなトラブルの種となっている。

壁一面に子供の落書き

都内に所有するファミリー向けの一棟マンションでトラブルとなったのは、不動産投資家のKさん。入居者の故意や過失で汚れた部屋の原状回復費を請求したところ、「5年も住んでいるんだから、壁紙などの価値はほとんどゼロになっているはず。支払う必要はない」と主張してきたという。

「2014年ごろに入居した、小さな子供がいる家族でした。退去は2019年の夏。退去時に立ち会った管理会社から『ちょっとひどい状態です』と報告を受けて、翌日自分でも確認しに行きました」

そこでKさんが見たのは、子供が描いたと思われる壁一面の落書きや、フローリングにフェルトペンで引かれた複数の線などだった。扉にはキャラクターのシールがべったりと貼られていたほか、風呂場には何かを置きっぱなしにしていたらしい、プラスチックが溶けてこびりついたような跡もあったそうだ。この部屋の家賃は12万円。敷金も同額預かっていたが、これだけでは賄いきれないのは一目瞭然だったという。

結局、バリューアップ分なども含めてかけた総額は100万円超。そのうち、原状回復費として30万円ほどを入居者に請求した。敷金を差し引き、実際に支払ってもらうのは20万円弱だ。

ところが、入居者側は「5年も暮らしていたのだから、壁や床は償却され、価値はほとんど無くなっている。こんなに高額を払う必要はない」と主張してきた。

ネットで見て「支払わなくてもよい」と勘違い

この入居者の主張に対して、当然Kさんは真っ向から反論する。「彼らは、インターネットで調べて、『支払わなくても良い』と思っているんだと思います。確かに5年住んで償却もされてはいます。何もしていなければその通りですが、このケースの場合はそうではなく、落書きや、通常使用の範囲を超えた汚損がある。入居者は勘違いをしています」

昨今はインターネット上で、ありとあらゆる立場の人が自由に情報を発信することができる。例えば、SNSでは「賃貸物件には6年住めば壁紙の価値は0円。引っ越すときに原状回復費用を支払う必要はない」という趣旨の書き込みも散見される。

このように発信する側が耳当たりの良い部分だけを強調したり、あるいは正しい情報を目にした人でも、自分の立場に都合の良い部分だけを覚えていたりするなど、誤解をした結果トラブルとなってしまうケースは珍しくない。

「当然、落書きなどがなければ、クリーニングだけ行うという選択肢もありました。ちょっと汚れているくらいであれば、『仕方ない』で私がお金を出して綺麗にすればいい。ですが、明らかに故意的、あるいは通常生活している範囲ではあり得ない汚れについては、そうではありません。しなくても良かった修繕をする羽目になる」と話すKさん。

管理会社を通して入居者と交渉を重ねたが、「らちが明かなかった」。自身の主張が正しいと思い込んでいるのか、11月に入り、弁護士名で敷金返還の要求まで届いたという。現在、管理会社が弁護士を通して、さらに交渉を進めている。

「落書き自体は子供のかわいらしいものでした。しかし、その後の両親の態度、対応はあり得ない。手間もお金も使うことにはなりますが、絶対にごね得、逃げ得は許しません」(Kさん)

インターネットへの書き込みやそれに対する共感の声について、「通常損耗や経年劣化による部分まで請求している大家さんや管理会社は実際にいて、それに対抗する形でネットの記事や投稿につながっているんでしょう」とKさんは見ている。

原状回復義務については、来年4月に改正民法が施行され、原状回復義務について明記された621条が新設される。それには、「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う」などと記載がある。

つまり、故意や過失による汚損は、入居者側に修繕義務が認められる可能性が高いのだ。

はびこるボッタクリ請求で、誠実なオーナーが割を食う

敷金トラブルなどをめぐり、相談受付や査定業務などを請け負う日本敷金診断士協会の土川保常務理事は、「あくどい管理会社やオーナーがボッタクリ請求をすることで、正直にやっているオーナーが割を食っている」と指摘する。

敷金診断士とは、入居者やオーナーらから相談を受け、提示された原状回復費が適正であるか査定を行う民間資格所有者のこと。その内訳としては、宅建業者や管理会社勤務者、行政書士らが多いという。

これまで数々の原状回復トラブルを見てきた土川氏。「例えば、20年以上住んでいた入居者が退去する時に、『20年も住んでいたんだから、当然、原状回復費は全額入居者が支払う義務がある』などと、何の理解もなく決めつけて入居者に告げてきたオーナーもいました」と明かす。このほかにも、拭き取るだけで良い汚れに対してクロスの全面貼り替え費用を請求してきたり、最新式のシャワーヘッドの独立洗面台に交換した費用を全額請求してきたりという事例もあったそうだ。

一方で、ネットやSNSの書き込みの一部だけを盲信し、全容を理解せずに誤解したまま「こんなに高額なはずがないから、査定をし直してほしい」と入居者側が相談の電話をかけてくることもあると述べる。

物件を貸す側、借りる側の双方が正しい知識を欠いていることでトラブルになるケースはやはり多そうだ。だが、悪意を持って法外な金額をせしめようとする事例が発生し、こうしたケースが大きく取り上げられるのも事実。これによって国土交通省の公表するガイドラインなどに則って誠実に事業を行っているオーナーや管理会社がトラブルに見舞われるとしたら、問題である。

土壇場で支払い拒否した元入居者

Kさんと同じような事例はほかにもある。「ネットで見たが、こんな金額のはずがない」という態度を貫く元入居者とのトラブルが起きたと話すのは、不動産投資家のAさん。2500万円ほどで購入し、20%弱の利回りで運営していた築古一棟アパートでの話だ。

約5年間、家賃3万円で部屋を利用し、インターネット関連の仕事をしていたという元入居者。退去の際に室内を確認してみると、壁全体がひどく汚れており、ひっかき傷やえぐれ、カビもあったとAさんは話す。

「それと仕事用なのか、大型のコンピューターを床に設置していたようで…。高温のものを直置きしていた時に起こるフローリングの白化や、動かした際の引きずった跡、表面がザクザク削れた跡も確認できました。床は全面張り替え必須の状態でした」

リフォームにかかる総額は、100万円弱との見積もり。だが、これではあまりに高すぎるとAさんは壁紙などを安くできるものに変更した上で、経年劣化などを除いた原状回復費として、約40万円に抑えて元入居者に請求した。だが、元入居者は、「インターネットで(相場を)見たが、こんな値段ではなかった。適正ではないので、30万円ぐらいしか払いません」と返答。困ったAさんはさらに安い材料などに替え、35万円程度まで提示額を下げたという。

その金額に、元入居者も了承。ところが、管理会社と覚書を交わすために最後にやり取りをする段になって、「やっぱりこの金額は嫌だ」と支払いを拒否してきた。