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オフィスやホテルの需要が高まり、活況を呈している不動産市場。東京オリンピックが開催される来年以降も好調が続くとみる専門家も多い。一方、こうした活況の裏に「死角」が潜んでいると指摘するのは牧野知弘氏だ。3つの問題点を取り上げつつ、2020年以降の業界を占ってもらった。
都心部でホテル、オフィスが建設ラッシュ
地価はここにきて上昇傾向が顕著になってきている。銀座の山野楽器前の公示地価は平米あたりで5720万円となり、平成バブル期の水準を上回る状態になった。地価の上昇は東京、大阪、名古屋の三大都市圏のみならず、地方四市と呼ばれる札幌、仙台、広島、福岡などの都市にも波及している。
地価が上昇する中、不動産投資はどうなっているだろうか。都市未来総合研究所によれば、2017年度の不動産取引額(上場企業やJ-REITなどが、日本国内の不動産を売買した総額)は4兆9763億円と、前年度比で20.9%の伸びを示したが、2018年度は3兆6101億円と27.4%も減少した。地価の急激な値上がりに対する警戒心が出始めているのかもしれない。
都心5区(千代田、中央、港、新宿、渋谷)の主要オフィスビルの空室率はとうとう過去最低水準の1%台に突入。森ビルの予測によれば、2019年から2023年までの間に、都内では年間平均102万平米もの新築オフィスビルが竣工を予定しているという。
また「都心居住」のニーズが高まる中、都心部のマンションの値段は急上昇している。不動産経済研究所によると、2018年に首都圏(1都3県)で供給された新築マンションの平均価格は5871万円、もはや庶民にはマンションは買えないレベルとまで言われるようになっている。
都心部でオフィスと覇を競うように建設ラッシュとなっているのが、ホテルだ。インバウンド(訪日外国人)の需要増を当て込んだホテル業界には、他業態からの新規参入も陸続して大変な活況となっている。
活況の裏に「死角」も
不動産業界には、この活況が2020年まで続くのではないかとみてきた関係者もいたが、いよいよ2020年へのカウントダウンが始まった。実はこの一見して好調に見える不動産マーケットにはいくつかの死角が存在する。順にみてみよう。
1.郊外の地価を下落させる「大量相続」と「生産緑地問題」
大都市圏は戦後一貫して地方から大量の人を集めてきた。大都市圏にやってきた地方の若者の多くが勤労者となり、そのまま家族を持ち大都市圏に定住した。その際、彼らが買い求めたのが郊外の戸建て住宅だ。国や自治体、民間業者はこうした住宅の受け皿として、都市郊外にニュータウンを建設した。
2020年を迎え、郊外に住宅を構えた多くの世帯で生じるのが高齢化問題である。世帯主の多くが戦中世代から団塊世代。2025年になると、1947年から49年に生まれた団塊世代すべてが後期高齢者に突入する。「多死・大量相続」時代の到来である。

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高齢者が今後10年間で現在の平均余命(男性81.25歳、女性87.32歳)を保つ場合でも、首都圏では約480万人の相続が発生することが見込まれる。
一方で、郊外住宅地で育ったジュニアたちの多くが都心居住者である。夫婦共働きが当たり前の現代にあって、郊外から都心のオフィスまで1時間以上をかけて通勤するのは現実的ではなくなっている。相続が発生しても、相続人がそのまま相続した家には「住まない」、あるいは「住めない」構図に陥っているのだ。
多くの相続物件が「賃貸」や「売却」案件としてマーケットに出回るこということは当然だが、郊外部の地価に対して「下げ圧力」が強まるものと予測される。
さらにこれに追い打ちをかけそうなのが、生産緑地制度の期限満了問題である。生産緑地とは、本来は宅地並みの固定資産税を課すべき農地に対し、農地並みの課税となっている土地のこと。大都市圏の郊外などに存在する。1992年に法律の一部が改正されて30年間の営農を条件に課税の軽減が認められた。この期限が2023年以降続々とやってくるのだ。この面積は東京都内だけでも約3300ヘクタール、東京ディズニーリゾート33個分にも相当するのだ。
相続や事業承継を控えた都市農家の多くが、営農期限の終了とともに農業をやめ、土地を宅地として売却・有効活用に乗り出す可能性が高い。賃貸アパートやマンション用地として売り出す先が増えれば、この動きも地価を下落させる圧力となる可能性が高い。国では10年の期間延長を柱とした「激変緩和措置」を取っているが、都市農家の担い手の多くが今や80代90代になる中でどこまでが営農を続けるのかは不透明だ。
多死・大量相続問題と生産緑地期限到来問題は大都市郊外の地価に大きな下落圧力をかける恐れがあることは明らかなのである。
2.需要なきオフィスビルでテナント争奪戦が起こる
先述したように、都心のオフィスビルの空室率は1%台とかなり好調だ。今後オフィスは大量供給が続くものの、その多くが老朽化した既存ビルの建て替えであるから、オフィス床が大量に余ることはなく、オフィスマーケットは安定的であるという予測がある。しかし注意深く見ると、あまり楽観はできないようだ。
ポイントは「今後供給される予定のビルの多くが既存ビルの建て替え」であることだ。都内のビルの多くが現在、建物の老朽化問題を抱えている。建て替えるにあたっては当然、今入居しているテナントに対して立退料を支払って退去してもらうことになる。ここ数年で、都内の既存オフィスビル建て替えにあたって、大量の「テナント難民」が生じているのだ。

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退去を余儀なくされたテナントは別のビルの空室を探して、そこに引っ越すことになる。テナント難民の多くが既存ビルの空室に収まったがゆえに、既存ビルの空室率が大幅に改善する。このシナリオで計算すると、実は、ここ数年における空室率の改善は、ほぼ説明ができてしまうのだ。こうしたことが、実は都心部のオフィスビルの空室率の改善の「本当の理由」であることは、あまり知られていない。
壊されたビルの多くは、都心部の容積率割り増しの恩恵を受けて巨大なオフィスビルに生まれ変わる。2020年を迎える頃には、東京の都心部で巨大ビルが林立する。ワンフロアの貸付面積も500坪程度は当たり前、中には1000坪を超える航空母艦のようなビルまで誕生する。都心3区であれば賃料はおおむね月額坪当たり4万円を超える条件となってくる。
都心5区の平均賃料が坪当たり2万2010円(2019年10月時点、三鬼商事)であるなか、月坪4万円以上の賃料を負担できるテナントは、外資系金融機関、国際法律事務所、一部の上場グローバル企業などほんの一握りにすぎない。マーケットにどんなに超高級物件を並べても、提示された条件を負担できるテナントはごく少数なのだ。
これからのオフィスビルマーケットでは、巨大航空母艦ビルは、テナントを求めて既存の大型ビルのテナントを引っこ抜く。引っこ抜かれた大型ビルは中型ビルのテナントに手を付ける。中型ビルは小型ビルのテナントへ襲い掛かる。実はこれからオフィスマーケットでおこることはこうしたテナント「ドミノ倒し」ともいえる壮絶な生き残り競争なのである。
3.実需層と投資家不在で消えるマンションマーケット
米国や欧州などの諸外国との金利差の調整などにより今後予測される金利の上昇は、借入金に頼る不動産投資の世界には確実に響く効果的なパンチとなる。
都内のマンション用地取得で、ホテルとの壮絶な取得競争に負けたデベロッパー各社は、千葉や埼玉といった郊外部での供給を増やしている。これは2つの理由でデベロッパーにとっては厳しい結果となるだろう。

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建設費がうなぎ上りの中、全体価格に占める建物代の割合が80%程度を占めるマンションビジネスで、土地代が安い郊外に戦線を拡大しても、全体の価格は建設費に引っ張られて高くなってしまい、郊外のマンションを買わざるを得ない実需層には「お高い買い物」となってしまうのが第1の理由。
そして第2の理由が、そもそもこれだけ都心居住が進む中で、郊外部のマンション需要はすぼまるばかりだということだ。首都圏での人口が完全に東京一極集中に向かう中の千葉、埼玉侵攻は、太平洋戦争のインパール作戦を彷彿とさせる。
都心部のマンションも「都心居住」の浸透と言いながら実はその多くの需要はインバウンドマネーと富裕層のもの。今後金利が上がると言われる中で、借入金に頼るマンション購入者は実需層、投資家層に関係なく大きな影響を及ぼす可能性が高い。
2020年以降、不動産にとっては新しい課題に直面する時代になりそうだ。一部の優良不動産は別として、多くの不動産で日本人が苦しむ時代の到来が懸念される。
(牧野知弘)
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