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不動産投資にまつわるさまざまなトラブルを、弁護士の阿部栄一郎氏が実際の事例をもとに解説していくこの連載。今回は、楽待読者の皆様にはおなじみの「サブリース」をめぐるトラブルです。
これまで、サブリースをめぐっては数多くのトラブル事例が報告され、国も対策に本格的に乗り出していますが、その根は深いもの。
「不動産投資を勉強し始めたばかり」「これから賃貸経営をしてみたいと思っている」という皆さんに向けて、改めて注意喚起を行いたいと思います。
10年後に賃料減額を告げられ…
賃貸経営に興味のあったX氏は、不動産会社Y社の営業担当者から、「Y社でアパートを建築してくれれば、Y社がそのアパートを30年間一括借り上げする」「アパートの管理もY社で行うので、X氏は土地と建物を提供してくれればいい」などと話をされました。その説明を受けたX氏は、土地を購入し、アパートを建築すれば、あとはY社が全部やってくれ、不労所得を得られると思い込んでしまいました。
Y社の営業担当は、建築予定のアパートは木造2階建てで、購入予定の土地とアパートの建築費は合わせて1億500万円、月額家賃は1部屋7万円(10室)を見込めるので、利回りは8%となると話していました。ただし、サブリース賃料は月額6万円となるため利回りは7%弱となるが、十分に元は取れると考えられるという話でした。
その後、Y社の営業担当者の言うとおりに、X氏は、Y社との間でアパートの建築契約、ならびに建った後のアパートのサブリース契約を締結しました。Y社がX氏に対して支払う賃料は、先般の話通り、月額6万円の10室分で60万円(正確には、当時はまだアパートが建っていないため、サブリースの予約契約)となっていました。
しばらくしてアパートが建ち、X氏とY社との間のサブリース契約がスタートしました。サブリース契約開始後10年間は、Y社から問題なく賃料月額60万円が入ってきていました。
しかし、10年が経過した時、Y社からX氏に対して、サブリースの賃料を月額40万円(月額4万円の10室分)に減額したいとの申し入れがありました。X氏がY社からの賃料減額の申し入れを断ると、Y社は「賃料の減額に応じてもらえないのであれば、サブリース契約を解除する」と主張し始めました。
なお、X氏とY社との間のサブリース契約には、10年間は契約当初の賃料を維持する旨の条項がありましたが、その後の賃料については、契約当初の賃料を維持する旨の条項はありませんでした。また、Y社にはサブリース契約の中途解約権があったのに対し、X氏にはサブリース契約の中途解約権はありませんでした。
今すぐにサブリース契約が解除されても、X氏はアパートを適切に管理することができません。
かといって、月額40万円の賃料減額に応じたとしても、X氏としては採算がとれません。そこでX氏は、弁護士にY社との交渉を依頼することにしました。
サブリース解除か、賃料減額か
弁護士がY社の担当者と話をしたところ、Y社の担当者は、X氏のアパートは新築当初は入居者の入りも良かったものの、周囲にも競争相手となる新築物件が建ったため、競争力を失ってしまったという話をしていました。
つまりY社としては、今後月額60万円の賃料では採算がとれないと考えており、そのため、月額40万円の賃料に下げてほしいということでした。
弁護士はX氏と相談のうえ、Y社に対して、「Y社の請求している賃料の減額請求は、月額6万円の賃料が周辺の賃料相場と比較して高額とはいえないので、賃料減額は認められない」「Y社の主張する賃料の減額割合(約33%)が大きいため、そのような大幅な賃料減額は認められない」と主張しました。
しかしながら、Y社は反論には耳を傾けず、月額40万円を振り込むかサブリース契約の解除かを迫るだけで、実際、Y社が賃料の減額を主張してきた翌月には賃料は40万円しか振り込まれませんでした。
このままでは、アパートの管理自体も危なくなると感じたため、やむなく弁護士はX氏と相談し、Y社に対して、
・Y社とのサブリース契約を解除すること
・1カ月以内にアパートの管理をX氏またはX氏の指定する管理会社に移行すること
・サブリース契約の解除に当たって、Y社が現在の入居者を他の物件に誘導しないこと
を提案し、Y社も同提案を受け入れたため、同提案を内容とする合意書を交わしました。
また、弁護士はX氏に対し、金利の高い金融機関から金利の低い金融機関に借り換えをすることや、今後のアパート管理のために、管理会社による管理にするか自主管理にするかを決めるように話しました。
弁護士から助言を受けたX氏は、ただちにアパートの管理をY社からX氏に移行させました。採算を重視したため、管理会社は入れずに自主管理とし、また、融資の借り換えもうまくいきました。
X氏とY社との間のサブリース契約は合意解約となりましたが、X氏は、借り換えや自主管理によって経費を抑えることができたため、アパートの採算もとれ、借入金を遅れずに返すことができています。
賃料増減請求を定めた「借地借家法32条1項」は強行法規
借地借家法32条1項は「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う」と定めています。
これは一般に、賃料の増減額の請求権を定めていると理解されています。
当然、賃料は、減額すれば不動産会社に有利ですし、増額すればアパートオーナーに有利です。
借地借家法32条1項は強行法規と解されており、同項に反する合意をしたとしても合意は無効とされ、同項の内容が適用されます。
つまり、賃料の減額請求を一切認めないという契約をしたとしても、同契約の内容は無効となり、賃借人は賃貸人に対して賃料の減額請求をすることができます。
サブリース契約にも借地借家法32条1項の適用がある
以前は、サブリース契約に借地借家法32条1項の適用があるか否かといった点が争われていました。この争点が生まれた背景には、社会的に強者ともいえる不動産会社が借地借家法で保護され、他方で個人のオーナーが不利益を負担するのは不公平ではないかという問題意識がありました。
もう少し具体的にいうと、不動産会社はアパートオーナーに対して、家賃保証を謳い文句としてアパートを建てさせておきながら、後から賃料減額を請求するのは不当だ(賃料減額請求を認めるべきではない)といった問題意識があったというわけです。
しかしながら、上記については、最高裁平成15年10月21日第三小法廷判決が明確に「サブリース契約においても借地借家法32条1項の適用はある」と述べています。
つまり、サブリース契約においても不動産業者から賃料減額請求が認められるということです。
ただし、不動産会社からの賃料減額請求が借地借家法32条1項の要件を満たさなければ認められないのは、他の賃貸借契約と同様です。
また最高裁も、賃料の減額を認めるか否かを判断する際に、サブリース契約を締結した経緯なども考慮することを述べています。例えば、個人のオーナーが不動産会社の提示するサブリース契約における賃料を信用してアパートを建築したといった事情がある場合には、不動産会社による賃料減額請求は認められにくくなります。
オーナーからの解約は困難がつきまとう
サブリース契約には借地借家法の適用があります。つまり、サブリース契約においては、社会的強者であることの多い不動産会社が、賃借人として保護されてしまうということです。
さらにサブリース契約では、不動産会社は中途解約権を留保していることが多く、それに対して、アパートオーナーに中途解約権が認められないといったケースが散見されます。
この場合、不動産会社はある程度緩やかにサブリース契約を解約できることになります。それに対し、アパートオーナーがサブリース契約を解約するためには、不動産会社の債務不履行、信頼関係の破壊といった事情が必要となり、解約が難しいのです(アパートオーナー側から一般的な賃貸借契約を解約しづらいのと同様の規制がかかります)。
こういった事情から、アパートオーナーが不動産会社との間のサブリース契約を解約しようしても解約できず、トラブルが発生するということもあります。
不動産会社にとってサブリースは「営利事業」
当然のことながら、不動産会社も営利事業としてサブリースを行っています。採算がとれないのであれば、採算がとれるように経費負担を少なくするなどの調整をするか、撤退するかのどちらかでしょう。
不動産会社の営業担当者は、さもアパートのオーナーのためにサブリース契約をした方が良いような勧誘をすることがあります。ですが、実際には、不動産会社からすればアパート建築である程度の利益を得ることが重要で、サブリース契約はアパートオーナーにアパート建築をしてもらうための道具と位置付けていることもありますので、注意が必要です。
賃貸経営に興味のある方へ
一番大切なのは、サブリース契約ありきで賃貸経営をしないことです。サブリース契約があって家賃保証があるから、立地が多少悪くても大丈夫、金銭消費貸借契約の金利が多少高くても大丈夫、という考えは大変危険です。
経験豊富な皆さんは当然ご理解されていると思いますが、物件を建築する際には、サブリース契約がなかったとしても、採算がとれるという物件を建築しなくてはなりません。
次に、サブリース契約の文言をきちんと確認することです。賃貸借期間はどの程度か、賃料が保証される期間はどの程度か、修繕の負担や修繕の際の指定業者はどのようになっているか、中途解約権は留保されているのか、中途解約をした際の違約金の定めはあるかなど、注意することは多いです。
本件のトラブルのように、30年間家賃保証があると思い込んでいたら、賃料の減額請求をされたり、解約の申し入れをされてトラブルに発展したりということもあり得ますので、そのようなことにならないように注意したいところです。
中には、当初のサブリース契約における賃料の見込みが甘すぎてアパートオーナーに支払う賃料を滞納するといったトラブルも発生しています。
そのほか、不動産会社に管理を任せていたら、不動産会社が経費を抑えるために、アパートの管理が全く行き届いていなかった…といったトラブルや、サブリース契約の解約の際に不動産会社が入居させた入居者を他の物件に誘導する(アパートオーナーの物件の入居者を退去させてしまう)といったトラブルも発生しています。
サブリース契約の契約相手が信用できる業者であるか否か、確認することは極めて難しいですが、少しでも疑問が生じた場合には、サブリース契約を締結しないことを考えた方が良いかもしれません。
◇
こうしたトラブルに万が一巻き込まれてしまった場合には、まずは、不動産会社と話し合いをして落としどころを見つけるのが一番良いと思います。不動産会社としても、営利事業としてサブリースをしていますので、経済的合理性に従って動くはずです。
また、不動産会社の経営状況が悪化している場合などは、アパートオーナーから不動産会社に対してサブリース契約を解約するようにし、早急にアパートの管理を自分の手に戻すことが重要かと思います。
サブリース契約の解約自体は、上記のとおり要件が厳しいことが多いですが、不動産会社から入るはずの賃料が入っていないこと(債務不履行及び信頼関係の破壊)を理由として解除するということができる場合があります。
(阿部栄一郎)
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