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税理士・牧口晴一さんが、不動産賃貸業の「事業承継と節税」について解説する本連載。今回は、昨年末に発表された令和2年度(2020年度)の税制改正大綱から、「海外不動産を使った節税法が封じられる」というトピックを取り上げます。
そもそもこの節税法の仕組みはどのようなもので、税制改正でどのように封じられるのか、また現在進行系で実行中の場合はどのように対応すればよいのか。基本から実践的な内容まで解説してもらいました。
ついに規制が入った海外不動産節税スキーム
2020年度の税制改正で、海外の不動産を使った節税法が封じられることになりました。ハワイやアメリカ本土の中古不動産を購入して多額の減価償却費を計上し、「損益通算」(2つ以上の所得のうち、黒字の所得から赤字の所得を控除できる制度)によって節税するというものです。所得が高いほど節税効果も高いことから、主に富裕層の間で広まっていました。
実は会計検査院はこの節税スキームをかねてから問題視していました。平成30年度(2018年度)の税制改正で規制することも検討はしたのですが、見送りとなっていたのです。したがって今回の封じ込めは、専門家や投資家からすれば「いつかは来るだろう」と予測していたものだと言えるでしょう。
そもそもどんな仕組みなの?
この節税法の仕組みを理解するために、押さえておきたいポイントが2つあります。1つ目が、中古物件の耐用年数を「簡便法」と呼ばれる方法を使って計算するという点です。
日本の木造建物の法定耐用年数は22年で、減価償却費も22年間にわたって計上できます。では、築22年を超えた木造建物を購入した場合はどうなるのかというと、先に述べた「簡便法」を使用して計算することができます。築22年を超えた木造建物であれば、22(年)×20%=4(小数点以下は切り捨て)なので、耐用年数は4年、したがって減価償却期間も4年となります。
例として築30年の木造建物を1億円で購入した場合を考えてみましょう。仮に減価償却費を計上する前の「純利回り」(1億円の投資額に対する純利益の割合)を4%とすると、毎年400万円の純利益になりますね。
一方、減価償却費は1億円を4年で償却するわけですから、年に2500万円もの多額の経費を計上できることになります。購入から4年間の不動産所得は、400万円-2500万円=-2100万円と大赤字です。この不動産所得の赤字を給与所得等と損益通算し、富裕層ほど高額となる所得金額を圧縮するというわけです。
そしてこの簡便法は、外国の木造建物にも適用することができます。これが2つ目のポイントです。
たとえば米国の木造建物は日本に比べて寿命が長く、築22年を経過しても価値・家賃ともに下がりにくくなっています。つまり、耐用年数を超えた米国などの中古木造物件を購入すれば、短期間で高額の減価償却費を計上して節税できるうえ、償却後も購入時に近い価格で売却できるというわけです。
この節税スキームは、建物寿命の長い外国の木造建物だからこそ、もっと言えば、外国の中古不動産の流通市場だからこそ実現可能なものだと言えるでしょう。
譲渡所得税を差し引いても節税効果がある
さて、4年経過後に減価償却費がほとんど計上できなくなったら、その物件は売却することになります。先述した通り、アメリカの不動産は価値が下がりにくいため、償却後にも購入時に近い価格で売却ができることが多いのですが、その際には譲渡所得税がかかります。
長期譲渡所得となる6年後に売却した場合でも、売った価額に譲渡所得税(約20%)などがかかってしまいます。しかし富裕層の場合、所得税(住民税を含む)の税率が最大で55%にもなりますから、売却時にかかる譲渡所得税を差し引いても節税が有利な場合が多いのです。
現在進行系で実行している場合は?
ここまで、海外不動産を使った節税の仕組みについて紹介しましたが、今回の税制改正でこのスキームはどのように封じられるのでしょうか。昨年末に発表された税制改正大綱には次のように書かれています。
個人が、令和3年以降の各年において、国外中古建物から生ずる不動産所得を有する場合においてその年分の不動産所得の金額の計算上国外不動産所得の損失の金額があるときは、その国外不動産所得の損失の金額のうち国外中古建物の償却費に相当する部分の金額は、所得税に関する法令の規定の適用については、生じなかったものとみなす。
(令和2年度税制改正大綱 P33より抜粋)
要するに、海外不動産による所得を計算する際、建物の減価償却費を経費として計上できなくなり、これまでのように損益通算ができなくなる、ということですね。これは2021年(令和3年)以降の不動産所得から適用となります。

海外不動産による赤字(ここでは2100万円)について、改正前は損益通算によってマイナス計上ができ、給与所得等を圧縮=節税することができた。改正以降はこれができなくなる
では、すでにこの海外不動産による節税を実行済みの場合、どう対策すればよいでしょうか?
まず、今回の改正は個人が対象なので、このスキームが使えなくなる2021年直前に、海外不動産をあなたの経営する同族法人に売却するという方法があります。譲渡が購入から5年以内であれば「短期譲渡所得」となり約40%の税率が適用されますが、個人の最高税率は55%ですから、それでもメリットはあります。
また法人なら、引き続きこのスキームは適用できますから、節税を継続できます。法人の場合は長期譲渡と短期譲渡の区別はありませんから、4年で売っても通常の法人税率で済むのです。
ところで、今回の改正ではこの譲渡所得の計算方法にも変更が加わっています。まず、譲渡所得の計算方法をおさらいしておきましょう。前回の記事でも触れましたが、譲渡所得の金額は以下の計算式で算出されるのでしたね。
譲渡所得=収入金額-(取得費+譲渡費用)
上記の「取得費」が大きいほど譲渡所得も少なくなるわけですが、これまでは取得費から減価償却によるマイナスを差し引いて計算していました。
しかし今度の改正で「生じなかった」とみなされる減価償却費については、取得費から差し引かなくてよいことになりました。つまり、取得費が大きくなるので、譲渡所得も小さくなります。また、外国の複数不動産を譲渡した場合の、外国不動産同士の通算は引き続き可能です。
◇
今年度の税制改正は、大きな改正後のいわば「裏年」にあたると言われていましたが、不動産投資の観点からは注目すべき改正がいくつかありました。この記事では触れていませんが、消費税還付スキームを封じる改正もありました。
さて、4月からは改正民法が施行され、「配偶者居住権」が認められることになります。配偶者居住権とは、相続人が亡くなった後、その配偶者が引き続き自宅に居住できる権利のこと。もともとは、婚外子など配偶者と子供との間に血縁関係がない(仲が良くない)場合を想定したものです。しかし、通常の血縁のある親子(仲が良い場合)でも、この制度を活用して節税できる可能性があります。次回はこれについてお伝えしようと思います。
(牧口晴一)
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大家さんが知っておきたい「事業承継と税金」の話をゼロから学べる連載! 解説は、中小企業の経営者に向けた会社法、事業承継などの分野を専門とする税理士・牧口晴一さん。難しいテーマを分かりやすく、楽しく学べます!
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「海外不動産で節税」はこうして封じられる
2020.1.17
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