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日本における中国人投資家といえば、数年前までは「タワマン投資」が典型的だった。東京五輪に向けた物件の値上がりを見据え、都心部のタワマン上層階を買い占めるといった方法だ。

そうした中国人によるタワマン投資ブームも「今となっては昔のこと」と話すのは、外国人不動産アドバイザーの佐野真広氏。現在、彼らは首都圏での高級分譲マンションの購入や、戸建て物件、小規模マンションの一棟買いに動いているという。なぜ、彼らは東京の一棟モノ物件に照準を合わせ始めたのか。

タワマン投資から首都圏の一棟モノへ

「いわゆるタワマン投資は、魅力がなくなりつつありますから。税制改正で節税効果が見込めなくなり、日本人の買い手が付かない。物件数も増えています。もう多くの中国人は手を引いていますよ」

こう話すのは、東京・新宿で長年、外国人投資家らを相手に不動産売買を手掛けるM氏。顧客は中国人投資家が8割で、残り2割が欧米、東南アジアの富裕層だという。

「数年前、北海道・ニセコ周辺の土地が中国人を中心とした外国人によって買い占められたことが話題になりました。この動きはまだ続いていますが、ピークは過ぎた感じです。何せ彼らが買い占めたおかげで、周辺エリアの土地価格はここ数年で2~3倍に跳ね上がりましたから。そこで彼らはいま、次の一手として東京に狙いを定めています」

M氏によると、彼らはとりわけ23区内の高級分譲マンションや戸建て、小規模の一棟マンションを買い占める傾向にあるという。「北海道の買い占めより資金は必要ですが、これらの物件はタワマンよりも資産価値が安定していますから。大金をつぎ込んでも十分ペイができると判断しているのでしょう」

中国人投資家や富裕層は、東京都心の一棟マンションや戸建てに狙いを定めているという(PHOTO: t.sakai/PIXTA)

東京都内の地価は今も上昇傾向にある。都が2019年3月に公表した東京都全域の地価公示価格では、住宅地、商業地、工業地とも対前年平均変動率が6年連続でプラスとなっている。

また先日、民間調査会社「不動産経済研究所」が発表したデータによると、2020年1月の東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県で発売された新築マンションの平均価格は前年同月に比べ47.9%上昇。1戸あたり平均8360万円となり、バブル期(1990年11月)の価格を上回っている。こうした数字の後押しもあり、中国人投資家は日本の地方都市ではなく都心物件への投資へと舵を切り始めたのだろう。

中国人投資家が好む物件は

前出のM氏によれば、中国人投資家に特に人気が高い都内のエリアは、山手線沿線とその内側地域。分譲マンションや戸建てであれば3LDK程度のファミリータイプで、価格帯が1億~2億円、一棟マンションであれば部屋数が10部屋以下で5億円以下の物件が好まれるという。

購入後は即賃貸に出すケースが大半で、入居者も日本在住の中国人を中心とした外国人に絞りたいという希望が多いという。これは転売や再売却するケースがあるためで、住人が日本人であればトラブルになる可能性が高いからだ。中国人投資家が賃貸に出す物件の多くが契約期間2~3年の「定期借家」であるのも、トラブル防止の意味合いが強いとM氏は話す。

「基本的に都心での動きを強める中国人投資家の多くは日本に住んでいない。日本、中国を行き来しているので、管理会社に物件管理を一任しています。一定額の家賃収入を得られれば口出しをすることもないので、管理会社としては物件を扱いやすいようです。日本人オーナーは外国籍の人に部屋を貸すことを渋る方が多いですが、中国人投資家の物件は家賃が入りさえすればいいので入居者の国籍も問わない。これが追い風のようで空室率もかなり低いのが特徴です」(M氏)

日本に移住する中国人投資家、その背景は

もっとも、昨年末頃からこうした中国人投資家の動向にも微妙な変化が出始めている。これまで賃貸に出していた物件に、オーナー自身が移り住むようになっているのだ。

東京・港区に高級分譲マンションを複数所有する中国人投資家の周さん(仮名)もその1人。長年、貿易関連の仕事で日中間を行き来していたが、昨年から所有物件を拠点とする生活を始めた。理由は未だ共産党の一党支配が続く中国政府への不信感が強いからだと言う。

「物件は4年ほど前に購入して賃貸に出していました。高値が付いたら売却をと考えていましたが、結局自分で住むことにしたんです。最近の中国は本当に息苦しいというか、政府のさじ加減1つで簡単に法律や条例のルールが変えられてしまう。それに耐えられませんでした」

政府批判をしようものなら、警察に目を付けられ、仕事ができなくなる恐れもあると話す周さん。「テレビやSNSなどのメディアも未だに政権にとって悪い話は消され、表に出せば処罰の対象になります。母国ではありますが、そのような国で人生を終える、という気にはなれない。海外生活を知る中国人の中には、私と同じ考えの人も少なくないと思います」

しかも最近の中国経済は減速気味で、中国元の暴落や現金の持ち出しなどが一層厳格化される可能性もあると周さんは話す。「そうなる前に、資産を持っている中国人たちは中国から逃げ出すかもしれません。必然的に、中国人が持つ資産も今以上に東京都心の不動産などに集まってくると思います」

さらに新型コロナウイルスの拡大も「今の流れに拍車をかける可能性が高い」と周さんは続ける。

「中国政府は今回のウイルス感染に関して、世界に悪い印象を与えないよう、感染者数や被害を隠ぺいしようとしているように感じます。このような状況が続くと、中国人投資家は中国を捨て、今後も日本の不動産、特に安定的な収益が見込める東京都心の物件への投資を加速させるかもしれない。日本の首都圏の不動産価格が下がらないのは、こうした中国からの投資が活況になっているのも一因かもしれません」

東京五輪後の首都圏における不動産価格について下落を予想する向きもある一方、中国人投資家や富裕層らは今も密かに「買い気配」を強める。中国発の都心への投資活動がさらに活発化すれば、不動産価格の高止まりは今後も続く恐れがある。新型コロナウイルスの災禍で小康状態に見える中国人の投資活動だが、その裏では着々と東京への人と資産の流れが進んでいるのかもしれない。

(佐野真広)