大家業が生活の一部にあり、幼い頃には漠然と「きっと自分もやるんだろうな」と考えていた―。そう語るのは、「投資自由人 テリー隊長」(以下テリー隊長)さん。不動産投資家だった祖父からの教えをベースに、自身も約20年前から不動産投資を実践。現在は都内にマンション4棟やアパート2棟など、多数の物件を所有している。

楽待新聞では、「初心者が失敗することのないように」コラムを書き始めたという。祖父の教えとはどのようなものなのか。初心者に伝えたい考え方とは。テリー隊長自身の物件選定基準とは。

戦後に賃貸業を始めた祖父、日常が「大家業」だった

―テリー隊長さんのおじい様が不動産投資家だったそうですね

私が幼い頃から家業として「大家業」という存在があったので、いずれは自分も大家になるのだろうと漠然と考えていました。ただ、コラムでも述べていますが地主とはまた違った感覚だと思います。祖父自身も戦後、土地を借りてアパートなどを建て、賃貸業を始めた不動産投資家でした。

―先祖代々の土地を守り続けるという感覚とは異なるということでしょうか

そうですね。祖父の築いてきた資産も、私を含めた子孫たちで分けていますし、土地に対するしがらみなどもありません。祖父の築いたものの価値を利用して、家族がお金で困ることのないように、という相続の形だと思います。

―戦後に自身で不動産投資を始める、大変行動的なおじい様のようですが、実際どのような方だったのでしょうか

町内会長もやっていた祖父ですが、なるべくしてなった、というタイプです。リーダーシップがあり、自分にかかわる人たちの面倒を一生懸命見るような、そんな人でした。近所の子供たちからは、「頑固じじい」と思われていたと感じています(笑)。野球ボールがもしうちの庭に入ってしまったら、祖父が怖くて取りに行けないような…。

―そんなおじい様からいろいろと教えを受けたそうですが、仲は良かったんですか?

良かったです。小さい頃は3世帯住居だったんですが、居間であぐらをかいて座っている祖父の、その足の間に座って一緒にテレビを見ながらおやつを食べていました。「ちょっとお散歩に行くか」と駄菓子屋に連れて行ってもらって、お菓子を買ってもらう、そんな関係でしたね。

―何歳ごろから「大家業」についての話をされていたのでしょうか?

はっきりしたものがあるわけではなく、本当に日々の生活だったと思います。私たちが住んでいる敷地内にアパートもあったんですが、例えば私が子供の頃は、私たち大家の家に、入居者さんの実家から電話がかかってくることもあったんです。当時は、単身者で自宅に電話がない人も多かったですから。電話がかかってくると「呼び出し」と言って、何号室の何さんを私が呼びに行き、その人はうちの玄関に座って電話をしている。そんなことは日常茶飯事でした。

それから、当時のアパートは、電気や水道のメーターも各戸になかった。まとめて請求されるのを、私の母が使用量と金額をノートに書いて、部屋数で割って、いくら支払うのかというメモを毎月配りに行っていたのも覚えています。

―昔ながらの大家さんのイメージですね

田舎に帰るという入居者さんを、アパートの人や私たち家族みんなで見送ったこともありました。台風でアパートの瓦が全部飛んでしまって、雨漏りしているのをみんなで慌てて直したり、入居者同士のトラブルを、祖父が仲裁しに行くのを見に行ったり…。

今の大家さんではなかなか考えにくいですが、そういうことが日常的に起こっていたんです。そんな風に、日々が「大家業」だったので、OJT(On the Job Training、職場内訓練)で覚えたようなものですね。

「わからないものには手を出さない」、物件はすべて23区内

―実際にテリー隊長さんが「大家」になったのはアメリカへの転勤がきっかけなんですよね

そうです。私が結婚し、子供が生まれたときに建てた家ですが、完成して1年ほど過ぎたときに、アメリカへの転勤が決まったんです。建てたばかりで少し辛い思いもありましたが、結局貸し出すことにして、そこから15年間同じ家族に借りてもらいました。結果的にはいい投資だったと思います。

―「大家デビュー」は自宅からだったんですね。その後帰国してから、規模を拡大されたんですか?

そうです。アメリカに5年住んだ後2006年に帰国しまして、すぐに物件探しを始めました。ちょうど三井住友銀行が収益物件への融資をかなり出していた時期とも重なったので、その波に乗った形です。

―どんな物件を購入されたんですか?

2006年10月に1棟、12月に1棟と立て続けに鉄骨造マンションを購入しました。1つ目は築14年ほど、2つ目は築4年ほどだったと思います。どちらも東京23区内にあり、それぞれ1億円ずつくらいです。

2006年に購入した物件のうちの1つ

2006年に購入した物件のうちの1つ

―テリー隊長さんは、すべて23区内に所有されていると伺いました。23区内に限った物件探しをしているのでしょうか

今所有しているマンション4棟、アパート2棟、戸建てや区分マンション、駐車場などすべて23区内に所有しています。自分のポリシーとして、「わからないものには手を出してはいけない」という考え方があります。土地勘がある場所にもこだわりたいですね。私が住んでいるのは都内の城南地区なので、神奈川県川崎市、横浜市にも土地勘はあり、範囲を広げることはできると思っています。

でも、ほかの地方の大家業についてはどうやっていいのか、経験がないので検討もつかない。安易に手を出すことはしたくないと思っています。

―自分がよく知っている場所に購入していきたいという考えなんですね

とは言え、実は先に話した2006年に購入した2つの物件は、それまで訪れたことのなかった城東エリアにある物件なんです。自分なりにシミュレーションをしてみると、このエリアの物件の方が利回りが良く、有利だと感じて探し出しました。23区内であれば勝手もある程度わかりますからね。

でも、いざ物件を購入するとなった時に、それを相談していた父に大反対されたんです。私はそれまでその街を訪れたことはなかったのですが、にぎわっているという噂は聞いていました。ですが、父にとって城東エリアは「下町」のイメージで、あまりいい印象を持っていないと。どうしようか悩んで、最終的に父と実際に最寄り駅から物件まで一緒に歩くことにしました。そうしてみると、父も自分が思っていたイメージとは異なることを理解してくれて、「まあいいんじゃないか」と言ってくれたんですが、そんなこともありましたね。

物件選定は「数字」と「数字以外」を総合的に考える

―おじい様の教えで一番覚えていらっしゃるのは、「減価償却が終わるといいことがある」ということだそうですね

はい。つまり、ローンと減価償却の終わりを合わせると、その時以降は一気にキャッシュフローが増えるから、それまでは頑張れ、という教えです。その教えに従い、私も必ず耐用年数内でローンを組んでいます。その上でキャッシュフローを計算してみて、月々の利益が出るように物件を選んでいます。私の方法だと、例えば木造で耐用年数オーバーであれば償却期間が4年しかないので、ちょっと厳しいですね。

私は、物件を購入し、中間でキャッシュフローを出し、そして最後に売却をするまででトータルの投資だと考えています。途中のキャッシュフローが良くても、最後にボロボロで売れなくなってしまう、土地値ですら売却が難しいという危険な不動産も存在します。だからこそ、20年、30年という期間で収益がプラスになり、さらにお客さんが常に入ってくれるバリューのある不動産を探していくというのを基本にしていきたいですね。

―例えば利回りで○%以上、という条件は決めていますか?

一概にこれが良いというわけではありませんが、表面で最低8%、と考えてはいます。ただ、今話したように、数字でしっかりと見る部分と、それ以外の部分と、総合的に考えるようにしています。

―実践大家コラムでは、「シミュレーション日記」というタイトルで、シミュレーション方法を説くコラムも書かれています

もともと理系なので、趣味のような形ではありつつ、きちんと数字は見るようにしています。投資である以上、数字抜きに語ってはいけないと思っています。ただ、数字だけがすべてでもない。それに、シミュレーションをしても管理費や修繕費なども変動するし、その通りになるとは限りませんからね。ある程度までシミュレーションをしたら、その先は覚悟を決めてやるしかないんじゃないでしょうか。

―数字以外の部分で大切にされていることはなんですか

中古物件を買うにしても、新築を建てるにしても、一番大切だと思っているのは、その物件に「人が住みたくなるかどうか」ということです。これは数字ではなかなか表せません。間取り、設備、部屋の色や雰囲気…。同じ利回り8%の物件でも、自分がこの部屋の内見に来て、借りたいと思える部屋かどうかという点を考えて物件を選ぶようにしています。この点では、妻を頼りにしている部分が大きいです。

―物件選びでも奥様に相談をされますか?

もちろんします。あと、家賃設定でも「このくらいだったら借りる」「これはちょっと高い」という妻の意見は、精度が高いので頼りにしているところがあります。

部屋の内装でも、最近はアクセントクロスが流行っていますが、妻に話を聞くと「部屋の壁は真っ白い方が家具は置きやすい」と言います。もちろんこういう話に正解はないのですが、自分自身の方向性としては、納得感がありましたね。

「無難でいいんだよ、無難で」と口癖のように言っていた祖父の影響もあり、変に凝った施設や設備を導入するよりは、万人受けする、無難な形に落ち着かせるというのが、自分の軸なのかな、と考えています。

旗竿地の物件で実現した小さな街づくり

―先ほど、「売却までトータルで投資」とおっしゃっていました。いわゆる「出口戦略」についてのお考えをお聞かせください

考え方としては、先ほど話した通り、売却までを考慮に入れた上で物件を購入するべきだと思います。ただ、私の投資スタイルは祖父に似ていて、売却して最終的な利益を出すよりも、返済を終わらせ、価値のある地面を手に入れて、それを自分の資産としたい。自分が死んだ後も子供や孫が豊かに暮らせるような、自分の人生よりも長いスパンで価値を持つ不動産が良いと考えています。

―これまでで印象深い物件のエピソードはありますか?

2年前に、祖父から父、そして私が引き継いだ土地に、アパートを2棟建てました。土地の地形は悪くて、いわゆる旗竿地。相談した不動産投資コンサルタントには1Kが20戸ほどという重層長屋を提案されました。確かに利回りを追求できる良い案なのかもしれません。ですが、玄関が20も並ぶような無機質な建物を建てたくない、と思い、3LDK+ロフトが7戸という縦割りのファミリー向け物件を建てることにしたんです。

―どうしてその間取りにしたんでしょうか

この場所は、もともと私や祖父が暮らした敷地の一角です。私が子供の頃、敷地内に建っていたアパートや借家に住む友達もいて、敷地内でかくれんぼや虫取りもした思い出があります。そんな子供だった自分が経験したような、賑わいのある「小さな街」をつくることはできないだろうか、という思いはありました。

それに、競争率の高い1Kではなく、この地区には少ないファミリータイプの物件は希少価値もあり入退去も少ないなど、投資家目線で考えても悪い投資ではないと考えたんです。

結果的に、狙い通りの入居者に入ってもらうことができ、地元の小学校に入学した入居者の子供たちは、私の卒業した小学校の後輩になりました。広く作った物件の通路は子供たちの良い遊び場になっています。

ファミリータイプを作ることで競合を減らし、また「街づくり」も叶えた