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新型コロナウイルスをめぐり、不動産投資業界においてもさまざまな問題が起きることが予想される。今回は起こり得る、あるいはすでに発生していると思われる4つのケースについて、阿部栄一郎弁護士に法的な観点から解説をしてもらった。

起こり得る4つの問題

先月、新型コロナウイルスの流行により、政府が緊急事態宣言を出しました。そして、5月4日に政府が発表した緊急事態宣言の延長により、休業要請も延長されました。この緊急事態宣言及び緊急事態措置によって、休業要請をされている業種のみならず、個々人の自粛によって休業要請を受けていない業種も売上の減少など、さまざまな影響を受けています。

当然、影響を受けている業種の中には店舗を賃借している業種も数多くあり、不動産オーナーにも多大な影響が出ています。

本コラムでは、1)賃料減額請求への対応方法、2)工事の遅延に関する損害賠償請求、3)買い主や入居希望者への新型コロナウイルスに関する告知義務、4)新型コロナウイルス感染対策の必要性―という、不動産オーナーが直面するであろう問題についてコメントをしたいと思っています。

ケース1.賃料の減額を要求されたら

一部インターネット上では、「新型コロナウイルスの影響によって会社の売上減少、収入の減少などが起きたのであるから、賃料は当然に支払わなくても良い」などといわれているようです。

しかしながら、新型コロナウイルスによる影響、自治体からの休業要請や自粛をしなければならないとしても、そのことによって、不動産オーナー(賃貸人)と賃借人の契約に影響を与えるということはありません。

3月末に国土交通省は各種不動産団体を通じて、不動産オーナーらに対して、飲食店などのテナントの賃料の支払猶予などの柔軟な措置をとるように要請しました。しかしながら、国土交通省からの要請はあくまでお願いという位置付けであり、個別の賃貸借契約に法的な影響を与えるということはありません。

つまり、賃借人は、契約どおりに賃料を支払わなくてはなりません。

賃料減額要請には必ずしも応じる必要はない

賃貸借契約における賃料を変更する方法は、大きく2つです。賃貸借契約の当事者である不動産オーナー(賃貸人)と賃借人が合意する方法と、賃料増減額請求をする方法です。

以下では、賃料増減額請求にも触れつつ、交渉の場面である不動産オーナー(賃貸人)と賃借人との合意について述べていくことにします。

賃貸借契約の多くは、賃料の増減額について定めています。手元にある賃貸借契約書の「賃料増減額の事由」について確認をしてください。多くの場合、借地借家法32条1項に定める土地建物の税金、土地建物の価値、近傍物件の賃料との比較といったことを賃料の増減額の事由として記載していると思います。

契約書に、賃料の減額事由として賃借人の収入・売上の減少といった文言がなければ、賃料減額請求の対象となるということはないと理解してもらって構いません。

ただし、今後新型コロナウイルスの影響によって、物件の受給バランスが崩れて土地建物の税金が下がる、土地建物の価値が下がる、近隣物件の賃料が下がるといった事情が生じた場合、これらの事情は、賃料減額の事由となりえます。

賃借人の収入・売上の減少が賃料減額請求の事由とならないということを確認したうえで、不動産オーナー(賃貸人)は、売上の下がった店舗のオーナーや収入の下がった賃借人からの賃料の減免要望に対して、どのように対応すれば良いでしょうか。

賃料減額請求の対象とならない場合、一方の言い分のみで賃貸借契約の賃料を変更することはできません。つまり、不動産オーナー(賃貸人)は、賃借人からの賃料の減免要望に対して、応じるか応じないかを選べる立場にあります。

もちろん、不動産オーナー(賃貸人)に資金的な余裕がある場合には、一律に賃料を減額するなどの対応をとっても良いと思います。例えば、大手の不動産会社のグループ会社は、子会社が管理する物件において希望者に支払猶予措置を実施することとしたようです。また、長年、賃借してくれていて、過去に1度も賃貸借契約の違反がないなど、信用のできる賃借人からの賃料の減免要望には応じても良いと思います。

それに対し、資金的な余裕がない不動産オーナー(賃貸人)は、無理に賃料の減免要望に応じる必要はありません。また、過去に賃貸借契約違反を繰り返していたり、今後も賃貸借契約違反を繰り返したりということが予想される不誠実な賃借人からの賃料の減免要望にも応じる必要はないと思います。

賃借人にも視点を変えてもらう必要がある

賃借人からすれば、不動産オーナー(賃貸人)は、資産を有していて経済的な余裕があるように見えるかもしれません。

しかしながら、不動産オーナーも、不動産ローンの返済をし、さまざまな経費を支払い、また、日々の生活にお金を要しています。経済的な余裕がある不動産オーナーばかりとは限りません。新型コロナウイルスによる損害を一方的に不動産オーナー(賃貸人)に押し付けることができないということを賃借人にも理解してもらいたいと思います。

ケース2.コロナの影響で工事が中断・遅延したら

アパートの建築工事やリフォーム工事を請け負った建築業者が請負契約を中断したり、請負契約に沿った期間に工事を完了させられなかったりした場合、原則として、建築業者に責任があると判断されます。

さらに建築工事の中断や遅延によって、発注者(不動産オーナー)に損害が生じた場合、建築業者は、建築工事の中断や遅延と因果関係のある損害を賠償しなければなりません(民法415条)。

しかしながら、新型コロナウイルスの流行は、発注者(不動産オーナー)にも建築業者のいずれにも責任はなさそうに思えます。そのような場合、不可抗力または無過失として建築業者は損害賠償責任を負わなくても良いのでしょうか。

不可抗力と無過失とは

○不可抗力

「不可抗力」とは、天災地変のように人力ではどうすることのできないこと、外部から生じた障害で通常必要と認められる注意や予防方法を尽くしても、なお、防止し得ないものなどといわれています。

契約においても、天災などを例として契約における不可抗力がどのようなものかということを定めていることが多いです。

○無過失

契約当事者の一方に債務不履行の責任があることを「帰責事由がある」といいます。帰責事由とは一般的に、債務者の故意・過失による事由、またはこれと同視される事由のことを指すと考えられています。過失は、予見可能性の有無(債務不履行の原因となった事由を予測できたか否か)と結果回避可能性の有無(予見可能性があることを前提として、債務不履行となることを回避できたか否か)とで判断されます。

「無過失」は、予見可能性がないことや、予見可能性があったとしても結果回避可能性がないことを意味します。なお、過失がなければ(無過失)、当然「故意」もありません。

不可抗力にあたるか

契約で不可抗力を定めることがあるときは、不可抗力の例として、一定の事情を挙げることが多いです。

ほとんどの契約で天災(地震や水害など)は不可抗力の例として挙がっています。それに対して、「疫病」は不可抗力の例として挙がっている場合もあれば、挙がっていない場合もあります。仮に、契約上「疫病」が不可抗力の例として挙がっていれば、新型コロナウイルスの流行は不可抗力に当たると判断される可能性が高そうです。

契約で「疫病」が不可抗力の例として挙がっていない場合であっても、すでに述べた不可抗力の定義からすると、新型コロナウイルスの流行は、不可抗力に当たる可能性が高そうです。新型コロナウイルスは人力ではどうしようもないこと(人力でどうにかできれば、既に終息していると思われます)でしょうし、一会社の注意や予防方法によってどうにかなるものでもないと考えられます。

以上のことからすると、新型コロナウイルスの流行は不可抗力と判断される可能性は高いといえます。ただし、現時点では確定的なことはいえず、今後、新型コロナウイルスの流行が不可抗力と判断されるかは、裁判例の集積を待つしかありません。

無過失に当たるか

では、新型コロナウイルスの流行によって債務不履行をした場合、無過失といえるのでしょうか。

過失の有無を判断するに当たっては、契約の内容、債務不履行の態様のほか、契約の性質、契約の目的、契約締結に至った経緯、社会通念などを考慮に入れます。つまりは、予見可能性や結果回避可能性の有無を検討するに当たって、上記の事情を考慮したうえで結論を出すということになります。

今般の新型コロナウイルスの流行は、未曽有の事態といえ、予見可能性を肯定するのは難しそうです。そのことからすれば、新型コロナウイルスの流行によって債務不履行をした場合、無過失といえる可能性が高そうです。

ただし、不可抗力の場合と同様に、現時点では確定的なことはいえず、今後、新型コロナウイルスの流行による債務不履行が無過失と判断されるかは、裁判例の集積を待つしかありません。

新型コロナウイルスの流行が不可抗力、新型コロナウイルスの流行による債務不履行が無過失といえる可能性が高いといっても、債務不履行をした契約当事者の債務不履行が新型コロナウイルスの流行に起因するものでなければ、責任は免れません。

例えば建築業者がアパート建築を受注したものの、当初から部材を仕入れることができなかったにもかかわらず、「新型コロナウイルスが流行したためにアパート建築ができない」といった場合、それは不可抗力、無過失と判断することはできません。

つまり、債務不履行がどのような事情で発生したのか、新型コロナウイルスの流行によって債務不履行となったのかといった事情を、債務不履行をした契約当事者が立証しなければならないのです。

この点は、損害賠償請求において、非常に重要な点となってきます。