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新型コロナウイルスの感染拡大によって、在宅で仕事をする「テレワーク」が全国的に浸透してきた。内閣府が6月に発表した調査によると、東京23区で「テレワークを経験した」と答えた人は55%で、このうち9割が「今後もテレワークを利用したい」と回答した。

テレワークが定着すれば、どこでも仕事ができるようになり、長い時間をかけて通勤する必要性がなくなる。わざわざ高い家賃を払って都心に住む意味が薄れ、地方移住が進んでいく―。コロナ問題の長期化に伴い、こんなシナリオを予想する声も多く聞かれるようになった。

しかし、住宅評論家の櫻井幸雄氏はこの「テレワークによる都心離れ」という予想に対し、懐疑的な見方を示している。テレワークの普及が、都心マンションの価値に影響を与える可能性はあるのだろうか。櫻井氏に見解を聞いた。

「完全テレワーク」に立ちはだかる壁

コロナ禍でテレワークが定着し、その結果として「都心離れ」が起きる、という予測がある。たしかに、通勤の必要性がない社会が実現すれば、都心居住に憧れる人は大幅に減り、都心マンションが価値を下げるといった事態が起きる可能性もあるだろう。

問題は、それほど劇的にテレワークが広まるのか、ということだ。

内閣府が6月に発表した調査では、東京23区のテレワーク経験者の9割が「今後もテレワークを継続したい」と回答した。このうち56%が「通勤にかかる時間が減少した」と答え、7割以上が「現在の通勤時間を今後も保ちたい」と回答。テレワークの日々を通じて、通勤に長い時間をかけることの無駄さに気付かされた就労者が多いことが分かる。

しかし、もう1つ注目すべきは、テレワークで「住居に対する意識」がどう変化したかという点だ。

この調査では、テレワーク経験者の64%が「仕事より生活を重視するようになった」と回答しているのだが、「地方移住への関心が高まった」と回答したのは24%にとどまっている。

これはなぜだろうか。

東京23区のテレワーク経験者の9割以上が「今後も利用したい」と回答したことを紹介したが、実はこのうち「ほぼ100%テレワークにしたい」という回答は14%にすぎない。それ以外は「出勤とテレワークが半々」「出勤中心で定期的にテレワーク」「基本的に出勤で不定期にテレワーク」といった働き方を希望している。

テレワークの実現に向けた課題として「社内の打ち合わせや意思決定の仕方の改善」「書類のやりとりの電子化・ペーパーレス化」「社内システムへのアクセス」などを挙げる声が目立つ。テレワーク中心の働き方だとしても、週1回、月1回程度は出勤する必要性があると考えている就労者が多いのだ。

つまり、現在の日本の労働環境を考えれば、「完全テレワーク」の実現には高い壁があり、出勤とテレワークを組み合わせた働き方が現実的といえる。完全テレワークへの移行が困難な以上、通勤にかかる時間を無視して住まいを選ぶことは難しく、「テレワーク拡大で都心離れが起きる」とは言い難い状況だと考える。

沖縄や軽井沢、あるいは過疎の村に住まいを移し、完全リモートで仕事をこなす世の中の実現は、まだ少し先の話のようだ。実際に、沖縄や軽井沢で住宅購入者が増えたという話は私のところに入ってきていない。

売れ行きが倍増した郊外マンションも

一方で、緊急事態宣言が解除され、徐々に日常を取り戻しはじめた6月以降、郊外の新築分譲マンションが好調に売れ出した、という事実がある。これを「都心離れ」の予兆と捉えることもできそうなのだが、果たしてどうだろうか。

ウエリス浦和美園(さいたま市)、グランアリーナレジデンス(神奈川県大和市)、リーフィアレジデンス橋本(東京都町田市)…。いずれも、6月以降に首都圏で売れ行きが目に見えてよくなったマンションの例だ。

共通点は「郊外大規模マンション」であること。都心マンションではなく、タワマンと呼ばれることが多くなった超高層マンションでもない。そして、都心までの通勤は決して便利ではないエリアのマンションだ。

「グランアリーナレジデンス」と「リーフィアレジデンス橋本」は、最寄り駅からバス利用となる。「ウエリス浦和美園」は埼玉高速鉄道浦和美園駅から徒歩7分なのだが、都心のオフィスまで1時間程度を見込まなければならず、通勤に便利とは言い難い。

「ウエリス浦和美園」はすでに建物が完成し、販売を継続しているが、緊急事態宣言が解除された後、6月から問い合わせが急増している。

JR横浜線や京王相模原線を利用できる橋本駅から徒歩19分の「リーフィアレジデンス橋本」は、コロナ禍が起きるまで月に10戸程度の販売を続けていたのが、この6月から売れ行きが倍増。週に5戸以上が契約成立となっている。

「3000万円台の3LDK」に注目が集まる

こういったマンションの売れ行きの好調さから、「テレワークの広がりで、郊外マンションの人気が上昇している」という見方もできそうだ。しかし、私は別の理由もあると考えている。

この3つのマンションに共通するのは、「安くて広い」という点だ。いずれも、3LDKが2800万円台〜や2500万円台〜といった価格設定で割安感がある。そして狭くても70平米程度で、大半の住戸が76平米や80平米といった広さを備えている。

ステイホームの期間、賃貸暮らしをしている人たちが、あらためて「我が家の狭さ」を痛感し、賃貸の家賃支払いと大差ないローン返済で購入できる「3000万円台の3LDK」を再評価した―というのが実際のところではないだろうか。そう考えると、郊外で60平米未満のファミリー向け賃貸は、コロナ禍で入居者集めに苦労するかもしれないのだが、それはさておき…。

首都圏では、広めの3LDKが3000万円台で購入できる郊外のマンションが人気を高めている。同様に、4000万円前後で購入できる建売住宅の売れ行きもよい。いずれも、ステイホームの時期に狭い賃貸物件暮らしに辟易した実需層が、6月から本格的に営業を再開した販売センターに詰めかけている格好といえる。

この「3000万円台で購入できる3LDKマンション」と「4000万円前後で購入できる建売住宅」は、首都圏でも2年ほど前までは見つかりやすかった。しかし、今はその数が減り、それぞれ価格が上昇。郊外部ではマンションも建売住宅もじりじり価格が上昇し、3LDKマンションが4000万円を超え、駅徒歩圏の建売住宅は5000万円を超えるケースが増えている。

残り少なくなった「家賃並み返済で購入できるマンション・建売住宅」に今、熱い視線が注がれているのだ。