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新型コロナウイルス感染拡大の影響で、都心に拠点を構える大手企業などの「オフィス離れ」が進むのでは、と指摘する声が上がっている。一部企業でテレワークが定着し始めていることなどから、オフィスの必要性が改めて問われているのだろう。

この動きを「好機」と捉えて動き出しているのが、ベトナム企業や実業家だ。都内の自粛要請が緩和された6月中旬以降、彼らはコロナ禍によって空いた都心・駅近のオフィスや店舗物件を物色し始めているという。彼らはどのような思惑で、どのように動いているのだろうか。

コロナ禍を機に「好立地物件」の問い合わせが増加

「外国人の方々からの、事務所や店舗に関する賃貸の問い合わせは確実に増えています。中でも数が伸びているのがベトナム人からの問い合わせ。コロナの影響が日本よりも少なかったようですし、自国の景気がいいみたいですからね」

こう話すのは、新宿区の不動産会社に勤務する佐藤氏(仮名)。都内を中心に店舗やオフィス物件の管理に携わっている。佐藤氏によれば、まだ入国制限が続いているため実際の契約件数はわずかではあるものの、6月中旬以降、ベトナム人を中心とした外国人から「物件を借りたい」という問い合わせが増え始めたという。彼らが狙うのは、都心・駅近の事務所や飲食店。半年前なら絶対に空きが出なかった好立地の物件だ。

これまで利便性が高い駅近のオフィスは「なるべく意思疎通が取りやすい日本企業に」というオーナー側の意向もあり、外国人や外国企業が借りることは容易ではなかった。店舗物件も同様で、集客効果の高い好立地物件は、たとえ空きが出ても大手居酒屋チェーンやファーストフード店が優先され、よほどの人脈や資金力がない限り、外国人が賃貸することは困難だった。

ところが、都心にオフィスを構える企業や飲食店が「業務のリモート化や業績悪化を理由に、賃貸契約を解除するケースが増加している」と佐藤氏は言う。この動きを好機とばかりに、ベトナム企業や実業家らが都心に拠点を構えようとしているというのだ。特に多いのは人材派遣業だが、貿易会社や雑貨輸入会社なども増えているという。

最近日本で売られている衣料品や雑貨は「メイド・イン・チャイナ」が減り、ベトナム製が増えている。100円ショップの商品も、多くがベトナム製かカンボジア製だ。そういった需要に合わせて、雑貨関連のベトナム企業が日本に増えているということのようだ。

「物件を保有するオーナーや管理会社も、できれば日本企業に借りてほしいのが本音。でもコロナの影響で、今後家賃の高い都心にオフィスを借りたり、店舗を出したりしようとする日本企業は少なくなることも考えられます。外国の企業や投資家が物件に興味を示してくれるのは、管理会社としてもありがたいわけです。空室のままでは何の利益も生みませんから」(佐藤氏)

コロナの死者「ゼロ」のベトナム

ここ数年、都心物件の賃貸・売買と言えば必ずと言っていいほど潤沢な資金を誇る中国人投資家や実業家が関わってきた。なぜ今、ベトナム人が存在感を増しつつあるのか。これには複数の事情が絡んでいる。

最も大きな要因は、コロナによる政治的・経済的事情だ。世界中の国々が影響を受けた新型コロナ感染拡大の発端は、中国政府の初動の遅れや隠蔽が原因とする声は以前から上がっている。その責任を追及しようと、世界各国が中国に対しての賠償を請求する動きもある。

フランスや香港などの複数メディアによれば、4月末時点でイギリス、ドイツ、イタリアなど世界で提起されている中国への賠償請求総額は100兆ドルを越えているとされる。こうした流れを受け、中国人や中国企業に物件を提供したくない、と考えるオーナーが増えているのかもしれない。

他方、ベトナムは世界が新型コロナで混乱する中、国内の感染者数は7月中旬時点でわずか370人程度に過ぎず、死者に至っては本校執筆時点(7月16日)で「ゼロ」である。背景には、2月上旬から始まったベトナム政府の徹底した国内での感染者隔離政策があると言われている。当初、ベトナム国内では「厳しすぎる」と批判の声も上がったが、今では「政府主導の厳格な対策のおかげでコロナ被害を最小限にとどめられた」と、国民の多くは政府の下した強硬政策を支持している。

こうした「コロナ封じ込め」を、関係各国は高く評価。人材と物流の両面において、ベトナムは中国より先に経済活動再開の土壌ができあがりつつある。日本政府も先月19日、経済と外交分野で相互依存が高まるベトナムとの間で、出入国制限の緩和に合意。ビジネス関係者や技能実習生らの入国もできる限り早い段階で許可する方針を明らかにした。

外務省が先月発表した、2019年のビザ発給数と国別の割合。中国人、フィリピン人に次いでベトナム人が多い

また、近年の米中関係悪化や中国における工場労働者の人件費高騰により、中国国内にあった各国企業の工場が次々にベトナムに移転している。この結果、中国に代わりベトナムの企業ニーズが年々高まりつつある。

「今後、海外で事業拡大を図る国・地域」について、日本貿易振興機構(JETORO)が約1万社を対象に行ったアンケート調査の回答結果。2019年にはベトナムが大きく割合を伸ばしている

ベトナム経済は数年前から急成長を遂げ、日本を含めた諸外国との積極的な人材派遣や相互投資を開始している。資金を調達したベトナム企業や実業家らがその拠点を構えるべく、アジア経済の中心地の1つである東京進出に意欲を燃やしている。この一団が、現在解約ドミノが続く都心のオフィス需要や駅近店舗物件などに照準を絞り、日本進出を狙っているのである。

都心の駅近物件に「ベトナム人特需」

都内を中心に複数の飲食店を営むベトナム人実業家のホアン氏(仮名)は、今後のベトナム人による日本での経済活動についてこう語る。

「ベトナム人の多くは今も日本、特に東京に憧れを抱いています。洗練された都市ですし、ビジネスの環境も整っているからです。実際、コロナの影響で経済活動の自粛を強いられた今年4~5月ですら、私のところにはベトナム企業から東京のオフィス賃貸や店舗に関する問い合わせが数多くありました」

7月中旬に入り、感染者数が再び増加している東京。しかし、日本人が想像している以上に東京の評価は世界的に見ても高いようだ。ホアン氏は続ける。

「今後もベトナム人の流入は増えるでしょう。日本企業もベトナム人を必要としていますから、両国の繋がりも強まるはずです。今年中に日本政府のベトナム人への出入国制限は解除される予定なので、我々としてはその後訪れるであろう、ベトナム人特需を想定して動き出しています。東京にベトナム人が増えればその分、都心のオフィスや店舗需要は確実に増える。だから日本人、日本企業の都心離れは我々にとってビジネスチャンスなのです」

ホアン氏は今後、ベトナム―日本間で人の往来が戻ってきたら、ベトナム人向けの賃貸、売買仲介業を始めたいと考えている。ただし、コロナの収束時期が見通せない今は、とりあえず様子見をしている状況だ。

都心離れが進む日本企業を尻目に、着々と東京進出を狙うベトナム人―。こうした流れが今後、加速するならば、「アフターコロナ」は中国人ではなくベトナム人の動向に注視した方がいいのかもしれない。

(佐野真広)