不動産賃貸に詳しい丸の内ソレイユ法律事務所の阿部栄一郎弁護士が、実際に起きたトラブルをもとに、不動産投資にまつわる法律を解説。
今回は、サブリース業者がテナントから預かった敷金をめぐるトラブルです。サブリース業者に預けられた敷金…もしこの業者との契約が終了しているとき、オーナーはどのような対応をしなくてはならないのでしょうか?
過去に契約していたサブリース業者が破産して…
サブリース業者との契約が終了している時、サブリース業者が入居者から預かった敷金について、オーナーの返還義務はあるのか、という点について、法律の観点から解説いたします。
まずは、今回のトラブルの経緯をお話ししましょう。
ある時、X氏は資産整理のため、所有していた鉄筋コンクリート造の4階建マンション(総戸数15戸、1階に飲食店のテナントが入っています)をY氏に売却しました。
マンションの所有権移転登記手続きも済ませ、X氏とY氏の連名で入居者及び1階の飲食店のテナントに賃貸人が交代した旨の通知を出したところ、1階の飲食店オーナーZ氏(賃借人)から、Y氏に対し、オーナーが交代するのはいいが、退去の際にY氏からきちんと敷金(保証金)を返してもらえるか確認したいとの連絡がありました。
Y氏の手元にあるX氏とZ氏との間の賃貸借契約書では、敷金は0円となっています。そしてX氏にもZ氏との賃貸借契約を確認してもらったところ、X氏もZ氏からは敷金は差し入れてもらっていないとのことでした。それに対し、Z氏は過去、不動産会社に対して500万円の敷金を預けたと主張しています。
再度、Y氏がX氏に確認をしたところ、X氏の父がマンションを所有していたころに、不動産会社(サブリース業者でした)と契約をしていたことがあったとのことでした。そして、Z氏は確かに、このサブリース業者に対して500万円の敷金を預けていたことがわかったのです。ところが、今から15年ほど前にそのサブリース業者は破産してしまっていました。
契約書を確認して判明した事実
サブリース業者が破産してしまった後もZ氏はテナントを利用し続けていたので、X氏の父はZ氏と賃貸借契約を締結し直し、その際に、敷金を差し入れないこととしていたようです。おそらく、X氏の父としてもZ氏から再度500万円を差し入れてもらうのは忍びないと考え、敷金を差し入れさせなかったと思われます。そして、この賃貸借契約をX氏が父から相続し、その後、マンションの売買に伴ってX氏からY氏に賃貸人としての地位が移転したということでした。
Z氏は、サブリース業者に差し入れた敷金500万円は賃貸人(X氏の父→X氏)に引き継がれるはずだと主張しており、それに対し、X氏はZ氏からは敷金を差し入れてもらっていないと主張しています。Y氏は、X氏に対し、Z氏との間の敷金の問題を解決するように話をしました。X氏もそのことを了承し、弁護士に相談しました。
弁護士が過去の賃貸借契約書などを確認したところ、次のことが分かりました。
1.X氏の父がマンションを所有していたころに、Z氏がサブリース業者に確かに敷金500万円を差し入れたこと
2.Z氏がサブリース業者に預けた敷金をX氏の父が預かっていなかったこと
3.X氏の父とサブリース業者との間のマスターリース契約(サブリース業者が物件を一括で借り上げる契約)においては、サブリース業者と入居者との間のサブリース契約が終了したとしても、X氏の父が、サブリース契約の賃貸人としての地位(同じ契約内容で、サブリース業者と同じ立場になること)を引き継ぐ旨の条項がないこと
4.サブリース業者が破産したと考えられる時期の後に、X氏の父とZ氏との間で賃貸借契約を交わしており、同契約における敷金は0円とされていること
入居者への敷金返還債務は負っていないが…
前述の内容を確認した弁護士はZ氏に対し、過去の賃貸借契約書の写しなどを送り、次の事項を説明しました。
1. サブリース業者の破産によって、サブリース業者の法人格はなくなったため(法人格がなくなると、契約の主体となることができません)、サブリース業者とZ氏との間の賃貸借契約は消滅してしまったこと
2. サブリース業者がZ氏から預かっていた敷金は実質的になくなってしまったと考えられ(破産の前に使い果たしたか、債権者に分配されたと考えられる)、X氏は、預かった敷金を引き継いでいるわけではないこと
3. Z氏からX氏に対して敷金は差し入れられていないため、X氏はZ氏に対して敷金返還債務を負っていないこと。そして、X氏の賃貸人としての地位を承継しているY氏も同様であること
当初Z氏は納得しなかったものの、他の弁護士にも意見を聞いて確認し、最終的には状況を理解したようでした。しかし、Z氏としてはできれば何らかの解決金が欲しいといいます。X氏としても、マンションを既にY氏に対して売却しているので、これ以上揉めるのを避けたい、できる限り早期に解決したいという要望がありました。
もしZ氏が解決金などを要求しないのであれば良いのですが、今回のように合意がとれなかった場合には、X氏はZ氏に対して、「敷金返還債務がないことを確認する訴訟」を提起しなくてはなりません。訴訟になれば、時間と労力がかかります。
そこで弁護士は、X氏に対し、X氏が200万円を負担してY氏にZ氏の敷金として差し入れる形としてはどうかという話をして双方の了承を取り付けました。Z氏も合意し、解決となりました。X氏としては、お金で時間を買うという決断をしたことになります。
それでは、このトラブルについて詳しくみていきましょう。
前提1.サブリースとは
サブリースは多くの場合、建物のオーナーがサブリース業者との間で転貸借を認める内容の賃貸借契約を締結し、サブリース業者が一般の入居者を募集して賃貸借契約(建物オーナーとの関係では転貸借契約)を締結するという形態をとります。
建物オーナーとサブリース業者との間の賃貸借契約をマスターリース契約、サブリース業者と入居者(転借人)との間の賃貸借契約をサブリース契約と呼んでいます。
なお2020年6月19日に「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」が成立し、今後、施行されることとなります。同法によって、サブリース業者は、マスターリース契約を締結する際に、建物オーナーに対して賃料や家賃保証期間、契約解除の条件など、一定の重要事項を説明する義務が課されています。
前提2.敷金とは
賃貸借契約を締結する際に敷金や保証金といった名目で、入居者は金銭を差し入れている場合があります。これは広く知られた慣行ですが、2020年4月1日の改正民法が施行されるまでは、法律上、敷金の明確な定義はありませんでした。
そして、改正民法622条の2第1項によって、敷金は、次のとおり定義されています。
「敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃借人に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう)」(改正民法622条の2第1項抜粋)
つまり敷金は、未払い賃料、原状回復費用、その他の損害賠償などに充てられる金銭ということで、皆さんが持っているイメージと違いはないかと思います。
マスターリース契約解約で、サブリース契約はどうなる
サブリースにおいては通常、マスターリース契約を解約した場合において、サブリース契約がどのようになるのか、ひいては入居者をどのように保護すべきかといったことが問題となることが多いです。
サブリース契約は、マスターリース契約を前提としているため、仮にマスターリース契約の解約などがされた場合、親亀がこけると親亀の上の子亀もこけるといった感じで、サブリース契約も効力を失います。法的には入居者も賃借する権原を失うこととなり、退去せざるを得ないといった結論になりかねません。
そこで裁判所の過去の判例では、入居者(転借人)を保護しており、また改正民法においても、転貸借における賃貸人(建物オーナー)と転借人(入居者)との関係について定めています。
これによると、
1. 賃貸人(建物オーナー)が、サブリース業者を飛び越えて、入居者(転借人)に対して直接、賃料を請求でき、入居者(転借人)も賃貸人(建物オーナー)に対して直接、賃料を支払う義務を負うこと
2. ただし、賃貸人(建物オーナー)が入居者(転借人)に対して請求できる賃料はマスターリース契約とサブリース契約で定めている賃料のいずれか少額であること
3. 賃貸人(建物オーナー)とサブリース業者がマスターリース契約を合意解除したとしても、賃貸人(建物オーナー)は入居者(転借人)を追い出すことができないこと
4. ただし、マスターリースの解約の理由がサブリース業者の債務不履行であったり、債務不履行を原因とした合意解約だったりした場合には、マスターリース契約を解除した賃貸人(建物オーナー)は入居者(転借人)を追い出すことができること
がポイントになってきます。
【改正民法613条】
1 賃借人が適法に賃借物を転貸したときは、転借人は、賃貸人と賃借人との間の賃貸借契約に基づく賃借人の債務の範囲を限度として、賃貸人に対して転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負う。この場合においては、賃料の前払いをもって賃貸人に対抗することができない。
2 前項の規定は、賃貸人が賃借人に対してその権利を行使することを妨げない。
3 賃借人が適法に賃借物を転貸した場合には、賃貸人は、賃借人との間の賃貸借を合意により解除したことをもって転借人に対抗することができない。ただし、その解除の当時、賃貸人が賃借人の債務不履行により解除権を有していたときはこの限りではない。
一方本件では、マスターリース契約が解約などされたわけではなく、間に入っているサブリース業者の法人格が消滅(破産)してしまったために、マスターリース契約もサブリース契約も消滅しています。
つまりここでは、サブリース業者の破産によって、マスターリース契約もサブリース契約も消滅した場合に、建物オーナーは入居者に対して、サブリース業者が入居者に対して負っていた敷金返還義務を承継するのかということが問題となっているのです。
今回はテナントでしたが、通常の賃貸住宅の入居者でも同じ問題が起こり得ます。
なお、破産前のサブリース業者は、賃料の滞納といった債務不履行をしていることが多いため、仮に、本件で改正民法613条の適用があると考えたとしても、建物オーナーは入居者を追い出すことができるという結論になると考えられます。
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