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令和2年分の確定申告期間が終わりました。確定申告書を作成するために、1年分の書類を引っ張り出して集計作業をしたり、資料を取り寄せるために、走り回ったりと忙しかったという方もいることでしょう。

ところで、そんな大変な思いをして作成する確定申告書は、いったい何のために必要なのでしょうか? もちろん、納付する税金を計算するためですね。しかし、せっかく作った確定申告書を税金計算に使うだけでよいのでしょうか。

確定申告書は、1年間賃貸経営を行ってきた結果であり、言うなれば「大家さんの成績表」です。そこにはたくさんの賃貸経営の情報が詰まっています。これを使わない手はありません。そこで今回は、作成した確定申告書から収支状況を読み取り、キャッシュフロー改善など今後の賃貸経営に生かすために何をすればよいのかについてお話したいと思います。

税金計算より重要な「キャッシュフロー計算」

確定申告に使用する青色申告決算書(不動産所得用)では、不動産所得を計算します。これは、賃貸経営をしたことによりいくら稼いだのかという「儲けの金額」の計算とも言えます。

儲けの金額は、収入金額からその売り上げを得るためにかかった費用(必要経費)を差し引いて計算します。借入金の元本返済は、借りたお金を返しているだけなので、必要経費になりません(借入金の利息は、必要経費になります)。

青色申告決算書(不動産所得用)のサンプル。賃貸料から借り入れ金利息などの必要経費を差し引き、不動産所得を計算する

確定申告書の青色決算申告書は、儲けを計算して納税する税金を計算することが目的です。ここでの計算には借入金の元本返済などの支出が含まれないので、実際に手元にいくら残ったのかという「キャッシュフロー計算」とは計算結果が異なることになります。それぞれの計算方法は以下の通りです。

■確定申告書の青色申告決算書
不動産所得=家賃収入-借入金利息-減価償却費-必要経費-青色申告特別控除

■キャッシュフロー計算
手残り(CF)=家賃収入-借入金利息-借入金元本-必要経費-税金

確定申告における「手残り(CF)」と「不動産所得」にズレが生じる主な要因として、下記の4つが挙げられます。

1.お金は入ってこないが、不動産所得になるもの(家賃の滞納金)
家賃滞納があると、実際にはお金は入ってこないためCFには変化がありませんが、不動産所得としては収入に計上されます。

2.お金は入ってくるが、不動産所得にならないもの(敷金・保証金)
敷金や保証金は実際にお金が入ってくるためCFの一部となりますが、不動産所得としては収入には計上されません。敷金や保証金は一般的な契約では退去時に返還することになっているので「預かり金」扱いになるからです。

3.お金が出ていくが、必要経費にはならないもの(借入金の元本、所得税・住民税、生活費)
借入金の元本を返済するとお金が出ていきますが、経費にはならないため不動産所得の計算には含まれません。また、所得税や住民税もお金は出ていきますが、同じく経費にはなりません。生活費もお金は出ていきますが、もちろん経費にはなりません。

4.お金が出ていかないが、必要経費になるもの(減価償却費、青色申告特別控除)
減価償却費については、建物の購入時にはお金は出ていきますが、それ以後はお金は出ていきません。しかし、必要経費として計上されます。青色申告特別控除もお金の支出はありませんが、経費と同様に控除することができます。

なぜ「黒字倒産」が起こるのか

借入をして物件を購入している場合、確定申告書の所得は黒字になっているけれど、キャッシュフローは赤字になっていることがあります。「黒字倒産」という言葉がありますが、これは決算書上は利益が出ているのに、資金繰りが悪化して会社が倒産してしまうことを指します。

確定申告書の所得だけを見ていると、実際は赤字経営になっていることに気がつかないことがあるので注意が必要です。そうならないために、「キャッシュフロー表」をつくることをおすすめします。

下表は、年間の所得計算表とキャッシュフロー表を比較したものです(不動産所得のみの方の場合)。所得計算表は確定申告での所得計算、税金計算を表しています。キャッシュフロー表は、実際の収支、手残りがいくらかを計算しています。

上表の各項目は以下のように確認します。

■年間所得計算表(左表)
・収入金額、必要経費、青色申告特別控除額⇒確定申告書の青色決算書の損益計算書より
・所得控除、課税所得金額、所得税⇒確定申告書の第1表より
・住民税⇒課税所得金額×10%(概算)

■キャッシュフロー計算表(右表)
・不動産収入⇒年間所得計算表の収入金額-滞納家賃
・借入金元本⇒返済予定表の1月1日元本残高-12月31日元本残高
・経費支出、所得税・住民税⇒年間所得計算表より
・所得控除支出⇒年間所得計算表の所得控除-支出のない所得控除(基礎控除、扶養控除など)
・生活費⇒賃貸経営以外で支出している金額(概算)

年間所得計算表では課税所得金額が685万円の黒字となっていますが、キャッシュフロー表では手残りがマイナス15万円です。700万円もの差が生まれる理由は下記の違いによるものです。

1. 家賃収入の金額(所得計算では滞納分の家賃も収入として計算)
2. 所得計算にのみ減価償却費を計上
3. キャシュフロー計算にのみ借入金の元本を計上
4. キャッシュフロー計算では、所得税・住民税・生活費を控除

この4つの差があるため、所得計算だけを見ていると赤字経営に気がつかないことがあるのです。そうならないために、先ほどの「キャッシュフロー表を作成」して数字を分析します。キャシュフローが赤字になっている場合は、何が原因なのかを分析することで対応策が見えてくるはずです。

また、前年と今年とを比較して、各項目の増減理由を分析するのも有効です。下記は、所得計算とキャッシュフロー計算をそれぞれ前年と比較して、項目ごとに増減額を記載したものです。

所得計算表で見てみると、今年は前年より不動産所得が200万円少なかったため、税金が60万円少なくなっていることがわかります。その原因を考えてみると、前年より修繕費が200万円多かったことが主な原因だと分かります。

さらにキャッシュフロー表でも見てみます。最終的な手残りが前年は194万円の黒字だったのに、今年は15万円の赤字に転落していることが分かります。前年より税金が減っているにもかかわらず赤字です。やはり主な原因は修繕費の増加ということになります。経費が増えれば税金は減りますが、支出自体は増えていることになりますので、キャッシュは減ってしまいます。

今年はたまたま修繕費が多かっただけなのか、それとも来年以降も同じ水準で修繕費が発生するかによって対応が変わってくると思います。

今年たまたま大規模修繕したのであるなら、大規模修繕を行うとすぐに赤字になってしまう体質だということが分かりますので、次の大規模修繕に備えて、毎年の手残りのうちから積み立てていく必要があります。

また、来年以降も経費が同じ水準で発生する見込みであるなら、今後は恒常的に赤字が発生する体質だと分かりますので、家賃収入の減少を食い止め、生活費への支出を見直すなど対策が必要になります。

税金だけに目を向けていると、今年は良かったという評価で終わってしまいます。ただ、経営はキャシュをいかに残せたかが重要ですので、キャッシュフローで見てみると、今年の成績は悪かったという評価になり、今後の対策につなげることができます。

長期的視点で考える

下記の例は、20年間、家賃収入が変わらず、減価償却費も諸経費も変わらなかった場合の2年目と21年目を比較したものです。

21年目では所得計算で所得税・住民税が大きくなり、そのせいでキャッシュフロー計算の支出が増え、手残りがマイナスになってしまっています。理由は何でしょう? 借入金の返済方法が元利均等返済のため、借入金の利息が減ってしまったことですね。

ご存じの通り、元利均等返済とは、元金と利息の合計を一定額にする返済方法です。返済額を一定にする代わりに、毎回の返済金額の元金と利息の内訳が変化していきます。

当初は利息の割合が多く、元金の割合が少なくなります。返済を重ねるほど、利息の割合が小さく、元金の割合が多くなっていきます。そうすると、経費である利息が減って、税金が増えることになりますが、返済額自体は変わらないため、資金繰りは苦しくなります。満室経営を続けたとしても、年々キャッシュフローが悪くなることをあらかじめ見込んでおく必要があります。

まとめ

確定申告書から所得計算の金額を拾い、そこからキャッシュフロー表を作成して手残りを計算して、まずは赤字経営になっていないかを確認する必要があります。そのうえで、キャッシュの増減理由を分析してみましょう。増減理由から、今後の対策が見えてくると思います。

また、できれば10年くらい先までの事業計画表(所得計算、キャッシュフロー計算を上下に比較して、将来の所得とキャッシュフローの推移がどのように変化していくのかを数字にしたもの)を作成してみましょう。現在から数年後の予測を立てて、手残りがマイナスにならないかを把握し、マイナスになりそうであれば早期に発見し、手を打つことができます。

確定申告の分析なくして、賃貸経営を成功させることは難しいと思っています。ただ、キャッシュフロー表や事業計画表は、あまり細かく作りすぎないことがポイントです。目的は、数字の推移を見て、どんな対策をしなければならないかを判断することです。表を完成させることが目的ではありませんので、お気をつけください。

(大野晃男)

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